第12話 ロペス商会
「毎度あり〜」
「はい。いつもありがとね〜」
お客さんが商品を受け取って帰っていくと、おじさんは黒い板と私の顔を何度も交互に見つめてから口を開いた。
「本当にさっきは、板も使わずに計算したのか?」
「うん。合ってたでしょ?」
「ああ……お嬢ちゃんはスラムの生まれだよな? どこで計算なんて習ったんだ?」
「まあそれは……スラムにはいろんな人がいるから。たまたま計算できる人が教えてくれたの」
私が咄嗟に考えたその理由を信じたのか、おじさんは何度も頷いてゴミ溜めに宝石とはよく言ったものだな〜と頷いている。
なんかそれすっごく失礼な気がするんだけど……まあスラムがゴミ溜めっていうのは否定できないし、今はおじさんからの好印象が大切なので突っ込むのはやめておく。
「それで、私を雇ってくれない?」
「お嬢ちゃんは俺の店で働きたいのか?」
「おじさんのお店でというか、街の中に住んでる人のお店で働きたいの。スラムから抜け出せるチャンスができるだけ多い場所にいたいだけ」
「あぁ……そういうことか。確かにスラムの中じゃ市場の店が唯一街中と繋がってるもんな。嬢ちゃんよく考えてんだな」
おじさんは感心したようにそう呟くと、難しい表情で考え込んでしまった。……やっぱり私を雇うのは難しいのかな。スラムの子供なんて身分も証明できないからね……
「難しい?」
「いや、俺だと判断できないんだ。嬢ちゃんほどの能力があればスラムの子供ってことを差し置いても……もしかしたら許可が降りるかもしれねぇが」
「え、このお店っておじさんのお店じゃないの!?」
てっきり市場のお店は全て店主の個人店だと思っていたので、さらに雇い主がいるような発言に驚いて声を上げてしまった。するとおじさんはすぐに頷く。
「俺の店ではないな。ここはロペス商会のスラム街支店だ。そして俺はロペス商会の下っ端だ」
「そうなんだ……」
下っ端じゃ現地で人を雇って良いのかなんて判断できないよね……声をかける人を間違えたかも。個人店の方が絶対に雇ってくれる可能性は高いだろう。
「なんだ嬢ちゃん、急に勢いがなくなったな」
「だっておじさん下っ端なら、私を雇えないと思って」
「ああ〜、まあ、そうだけどよ。でも今日帰ったら聞いてみるぐらいはできるぜ。ギャスパー様は懐の深いお方だからな、可能性はあるかもしれない。有能なやつなら身分は気にしないお方なんだ」
「ギャスパー様って、商会の偉い人?」
「おう、商会長だ」
おお〜、商会長。ということは、このおじさんは商会長に直談判できるぐらいには地位があるってこと? いや、でもさっき下っ端って言ってたから、ロペス商会は下っ端も商会長と話ができる程度の規模なのかもしれない。まだ新しい商会なのかな。
「じゃあ話をしてみてくれない? 計算がめちゃくちゃ得意なスラムの子供がいますって。給料は安くても良いから。なんなら現物支給でも良いよ。一日でポーツ一個とか」
まずは給料なんてもらえなくても繋がりを作ることが大事だと思ってそう告げると、おじさんはあり得ないと思ったのか怪訝な表情を浮かべた。
「それはさすがに安すぎるだろ」
「うーん、でもポーツを一つもらえれば、スラムに住む私達にとってはかなりありがたいよ?」
お父さんが一日働いて稼げる金額だって、ポーツをいくつかの時もあるらしいからね。たまに良い木が取れると、ラスート一袋ぐらいの収入になったりするみたいだけど。
「そうなのか……? まあ、分かった。一応その通りに伝えてみる。期待はするなよ」
「分かってる。明日もここにお店を出してるよね?」
「ああ、いつでもいいから結果を聞きに来い」
「うん。おじさん、よろしくね」
「任せとけ。あと俺はおじさんじゃなくてお兄さんな? それと名前はジャックだ」
おじさんは……いや、ジャックさんはムッとしたように私に名前を教えてくれた。お兄さんって強調するってことは意外と若いのかな。三十代前半だと思ってたんだけど。
「ジャックさんね。私はレーナだよ。十歳。ジャックさんは二十代後半ぐらい?」
そんなに若くは全く見えないけどお兄さんを強調するぐらいだしと思ってそう聞いてみたら、まさかのそれでもまだ実際より年上に見ていたらしい。
「俺は二十四歳だ。まだまだ若いんだからな」
「二十四歳……本当?」
「本当だ。なんで俺はいつも老けてみられるんだ」
いや、この見た目は老けて見えるよ……でも確かに言われてみれば、顔の肌艶は悪くないのかも。老けて見える原因はボサボサの髪型と、全く手入れをしてなくて乾燥し切った指先。それからヨレヨレの服装かな。一番は何よりも髪型だと思う。
「髪の毛をさっぱり切ったらいいんじゃない?」
「やっぱりそうなのか? 面倒で二年ぐらいほったらかしなんだよな」
ジャックさんは濃い青色の髪を後ろで適当にまとめている髪型だ。別に長髪が悪いわけじゃないんだけど……うん、やっぱり手入れをしてなさすぎるのが悪いと思う。なんかモサモサパサパサしてる。私も手入れなんてできないから、あんまり人のことは言えないんだけどね。
「とりあえず櫛を持ってるなら明日持って来て。私が梳かしてあげる」
あわよくば私も櫛を使わせてもらえないかなと思ってそう提案すると、ジャックさんは素直に頷いて安い櫛を買ってくると約束してくれた。
やっぱり街中に住んでると違うね。スラム街じゃ櫛なんて欲しくても手に入らないもん。お父さんに頼めば作ってくれるのかもしれないけど……そこまで細かいものは作るのがかなり大変だろうし、嗜好品にそんな労力はかけられない。
「じゃあまた明日な。いい結果を期待してろよ」
「うん。私の将来はジャックさんにかかってるから!」
「そう言われるとプレッシャーだな」
「大丈夫大丈夫。ダメでも私が数日落ち込むぐらいだから」
「それは大丈夫なのか……? まあいいや、とにかく頑張ってみる。じゃあレーナ、また明日な」
「うん! またね」
そうして私はとりあえずの成果をあげて、スラム街の市場を後にした。この世界で初めて聞いた街中の話にテンションが上がり、帰りの足取りは凄く軽かった。
〜あとがき〜
ここまで読んでくださってありがとうございます。面白いと思ってくださいましたら、☆での評価をしていただけると嬉しいです。コメントなどもお待ちしております!
それからレビューコメントをくださった皆様、本当に本当にありがとうございます。とっても嬉しくてもっと頑張ろうとやる気が湧いています。
レビューコメントには返信できませんのでこちらでお礼を述べさせていただきます。改めて、ありがとうございます!
この先も楽しんでいただけたら幸いです。これからもよろしくお願いいたします。
蒼井美紗
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