夜明けの花が咲く年に、災厄の娘は涙を流した。

泡沫 希生

彼女の名は、災厄の娘。

 自らの前に食事が並べられ、従者が去ると、娘は小さく息を吐いた。手編みの模様で飾られた桃色の洋服の長い裾が、わずかに揺れる。

 彼女はゆっくりと椅子に座った。


「いつもと、おんなじね」


 彼女の前には、見事な食事が並んでいた。

 白い布が敷かれた丸机の上に、ほどよく焼かれた肉がのる皿、飾り切りされた野菜が盛られた鉢、小麦粉を練って焼いた主食の入る籠が置かれている。

 野菜にかける調味料や果汁の飲み物はいくつも種類があり、一人で食べるにはやや豪華なその食事は、娘にとっていつもの食事だった。

 丸机の向こう側に娘は目を向けた。この部屋には彼女以外、誰もいない。

 娘は、二つ結びにされた黒髪を左右に揺らした。一人で食べるのはつまらない、などと思ってはいけないのだ。この国の多くの人はこんな食事を毎日食べることはできないのだから。それに、彼女はそんな暗い感情をあまり抱いてはならない。


 この国の王城の敷地内、その外れにある礼拝堂。今は礼拝が行われることはないその古ぼけた建物が、娘の居場所だった。

 窓から見える空が晴れだとしても、木々に花が咲いていても、娘の居るここにはいつも寂しい空気が漂っている。かつて礼拝が行われていたこの部屋は、一人だけでいるには広すぎる。

 不意に、コツコツと扉を叩く音がした。

 娘が返事をすると、扉が開き、城の従者が一人滑り込んできた。彼女は顔まで覆う黒の長衣をまとい、目元しか見えない。従者の目が直接娘を見ることはない。

 従者は丸机の反対側に、紅茶と焼菓子の用意を始めた。その様子を見て、娘のあどけなさが残る顔に赤みが差す。


「誰か来るのね」


 従者は黙って頷くと、娘の反対側にある椅子を引いた。入口に戻ってから、従者は誰かを中に招き入れる。


「どうぞ。私は外におりますので何かあればお呼びください」


 入ってきた男に高い声で告げると、従者はそこから去っていった。パタンと扉が閉まる音が響く。

 娘は椅子から立ち上がると、洋服の裾を持って礼をした。男もそれを見て、小さく会釈する。

 彼の服装は動きやすそうな軽装で、腰には短剣が結び付けられている。手袋や革靴は厚く、丈夫なものであることが窺えた。


「こんにちは。昨日この国に来た旅の者です。グラントと呼んでください。もし時間が許すようなら、君に話をしてほしいと言われて来ました」


 成人ほどと思われる男は背も高く、体つきもしっかりとしているが、それに不釣り合いなほど人懐こい笑顔を浮かべている。

 娘の目には、とても優しそうな人に見えた。


「ただ、恥ずかしいことに、俺はまだ君が誰なのかよく知らないのです。名前を伺ってもよいですか」

「私は、災厄の娘です」

「いえ、それは聞きました。俺が聞いたのは」

「災厄の娘。それが生まれた時からの、私の名前です。他に名はありません」


 驚きの表情を浮かべるグラントに、災厄の娘は椅子に座るよう勧めた。



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