第8話 召喚

 早朝。


 迎えの馬車に揺られながら父母と共に神殿へと辿り着き、久しぶりに会った巫女先生から奥の召還の間へと案内されると、体育館程の広さの部屋のなかには、一緒に卒業した元同級生達とその親、それ以外の村の大人も集まっていた。


「それでは最後の馬車便が到着しましたので、これより召還の儀式を始めます」


 部屋の奥にいる白い法衣を身に纏った神官はそう宣言すると、床に描かれた魔法陣の中に配置されている蝋燭に火を灯し、聖句を唱えだした。


 後、何百年かしたら、これらの煩雑な作業は全てコンピュータのプログラムに代行されるのかな、等と妄想している間に準備は済んだらしい。


「では、名前を呼ばれた者から前に出て、召還の儀式を行って下さい」


 名簿を開いた神官が名を読み上げると、呼ばれた少年は緊張した面持ちで進み出て、魔法陣の前に立ち、詠唱を始めた。


 やがて光る魔法陣の上に水滴が集まり、女性の像を形作った。


「ウンディーネですね、では筒を向けて回収して下さい」


 彼は少し不満そうだったが、渋々と手渡された筒を向け、魔物を懐に収めた。


 それからも風の精霊シルフや土の精霊ノームといった四大精霊の召喚が続き、呼び出した彼等は落胆した様子だったが、儀式が無事に終了したことに安堵もしていたようだ。


「次、テオくん。こちらへ」


 ついに来た。


 皆の注目が集まるなか、どうにか足を踏み出して魔法陣の前に立つ。


 深呼吸をし、気持ちを落ち着かせ、口を開く。


「われは、あらたに、うまれし、いだいなる――」


 早速、忍び笑いが背中の後ろから聞こえ始めた。


 こうなることはわかっていても、気分のいいものではない。


 それでも、どうにか呪文を唱え終わったのだが、魔法陣の上には何も現れなかった。


 それからも繰り返し、何度も呪文を唱えたのだが結果は変わらず、神聖な儀式ということで遠慮がちだった皆の嘲笑が段々と大きくなり、神官も失望した様子で下がらせようと声を掛けてきた。


 胸がむかむかとしてきた。


 訳もわからず、この地に生まれ落ちて、不安を押し殺しながら必死になって言葉を覚えたのに、皆からは笑われ、両親からは心配される。


 この世界に対する怒りと自棄糞な気持ちから、いつしか言葉は本当の故郷の言葉となった。


「我は新たに生まれし、偉大なる魔術師の王ソロモンの民の一人なり。その恩恵に賜らんことを」


 昔、この国を治めたという王に語りかける。


 俺は、この国の人間なんだろう?


 だったら、恩恵とやらを賜ってくれよ。


「我が魔を従えしは神の威光なり。魂を対価とした汚れし契約に非ず!」


 世界から音が消えた。


 いつの間にか、目の前にある魔法陣と自分だけがこの世に存在するかのように錯覚し、全身の血が沸騰するように熱くなる。


「あらゆる誘惑に打ち勝ち、その力を正しく用いんことをここに誓わん」


 やがて魔法陣は脈を打つように明滅し、その中空には輝く人の形をした輪郭が現れた。


「出でよ我がしもべ。この命尽きるまで我に仕えよ!」


 最後の句を唱え終えたとき、かすかに甘い匂いがした。




 魔法陣の上に浮かんでいるのは、一人の少女だった。



 年の頃は十四、五歳ぐらいだろうか。

 

 黒い髪と瞳、黄色い肌は前世で見慣れた東洋系の人種に見える。


 しかし、背中から生えた蝙蝠の羽や頭に生えた山羊の角、蛇の様に長い尻尾が、彼女は人ではないことを表していた。


 胸や腰に黒い布を巻き付けただけの格好をしているので、小柄なわりに、やけにはっきりとした身体の起伏がよくわかる。


 やがて彼女は、その幼くも整った顔立ちから想像される通りの、鈴の音の様な声を漏らした。


「ここ……どこですか?」

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