ライフ・イズ・カードゲーム

渡貫とゐち

ライフ・イズ・カードゲーム

「君は、自分の苦手を克服しようとは思わないのかな?」


 ティータイムにしよう、と言われ、出されたコーヒーに「ん?」と顔をしかめたものの、わざわざ指摘することでもないかと思って、出されたそれを手に取る。


 ティータイムと言ったからと言って『茶』をたしなまないといけないわけじゃない。

 重要なのはタイムの方だ……小休憩をしよう、というだけだ。


『茶』ではなく『コーヒー』でも構わないだろう。


 言った側がコーヒーを出したのだ、僕に文句はない。


「克服、ですか……する気はないですね」

「なぜだい?」


 テーブルを挟んだ向こう側に座った年上の女性が、スマホを片手に、コーヒーを飲みながら聞いてきた。


 片手間からはみ出ている姿勢の質問だが、さすがにこのまま無視していたら彼女も気が付くだろう……、三分の一の意識で『聞いて』はいるのだ……、一割でもいいから耳を傾けていれば、答えないことはできない。


「自分の得意分野、苦手分野っていうのは、カードゲームの手札だと思うんです」


 トランプでも、トレーディングカードでもいいが……、技術や才能、それを活かすための『機会』がカードになっていると考えればいい。


「昔の人は少ないカードで戦っていたと思うんですよ……『たばこ』、『お酒』、『車』とかね……そして、それらとは別に『コミュニケーション能力』だったり――

『パソコンのことが分かる』とか、『スポーツができる/詳しい』とかも手札になりますか」


 その手札を使いながら、人生や社会を生きてきた――使えるカードが少なければ、苦手を克服することも考えるべきだろう……、少ないカードの中で、使えないカードがあれば不利になる。

 だから全体を底上げし、それぞれのカードの『強さ』を上げた方が、他人よりも優位に立てるのは自明の理だ……だが比べて今はどうだ?


 人が持つ手札の数は、ゆうに百を越えているのではないか?


「一枚に統合されたカードがあれば、細分化されたカードもあるでしょうね。不必要なカードもある……それでも、多様な才能が多彩な分野で輝くフィールドが増えてきているんです。

『テレビ』があれば『ネット』がある、『舞台』に立てば『本』を出すでもいい……、表現者が力を発揮する場が増えているように、普通の人にだって、輝ける場は一つじゃない。

 適材適所ですからね、弱点を克服するよりも得意分野を伸ばした方がいいでしょう」


 五枚の手札のレベルを底上げするならやった方がいいが、百枚もある手札の底上げをしても、半分以上は使わないだろう……、使わない手札を底上げしても無駄になる。

 レベルを上げるのだって時間と労力がかかるのだから――強化するカードはやはり選別する。


 自分が苦手とするカードを強化し、克服するくらいなら、そのカードは捨てた方がいい。

 別のカードを強化する方へ舵を切る……それが今の社会の戦い方だ。


「だからこそ先輩も、こうして研究室にこもっているのでしょう?」


 僕だけを助手にして……人との繋がりは最小限にしている。

 それは先輩が、『コミュニケーション』を苦手としているから。


 先輩はそのカードを強化しようとは思わなかった……ということでしょう?


「先輩こそ、その弱点の克服、しないんですか?」


「しないかなあ。でもなかなか捨てられないカードなのは……そうね。

 ということは、私自身も心の底では必要なものだと思っているのかもしれないわね……」


 それは僕も。


 ……意識して強化しようとは思わないけど、

 それでも手札からなくなってもいいカードではない。



 ―― 完 ――

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