プラス・エッセンス(短編集その8)

渡貫とゐち

異常事態が渋滞中!!

 朝、目が覚めて体を起こすと、視線が変わらないまま体が動いていた。


 布団から立ち上がった体を見つめる…………はっっ!?


「首っ、体っ! から、だと……首が繋がってない!?」


 慌てて踵を返し、両手で頭を掴む。

 頭が外れていても、体は俺の思い通りに動かせるらしい。


 変な感覚だ……、監視カメラを見ているような感覚(ただし上からではなく、下から見上げる形だが)で、自分の体を自分の意思で動かしている――というか首はどうなっているんだ!?


 頭を抱えたまま、鏡の前へ……、だけど鏡が遠く――あ、そうか。

 頭を鏡の前へ持っていかないと、見たいところが見られないのか。


 不便な体である……。

 肩に乗せるように顔を持ち上げ、鏡を見る。

 バストアップまでしか見ることができないが、今は充分だ。


 首の部分、断面は綺麗になっている……。平らで、指で触った感覚も他の肌と変わらない。

 頭が取れても痛みがなければ違和感もない。

 最初からこうだったように、不思議な感じがあるだけで、体に害はなさそうだった。


 それは良いのだが……、でも、なにもないのに頭が落ちることはないはずだ……、なにがどうなれば、急に頭が取れるのだ?


 こんな状況、生まれて初めてだ……そりゃ当たり前なんだけどさ。


「首無しデュラハン、だっけ……?」


 首がない、妖怪? でいいんだっけ? ……妖精だったかもな。

 ともかく、人外の存在になっていた。


 やはり、これは然るべきところに相談をするしかないのだろうか……。


 警察? 病院? それとも研究所……?


 研究所はちょっと怖いな……、実験台にされそうな気もするし――偏見だけど。


「とりあえず、落ち着くためにも風呂に浸かろう……、幸い、休日だし……」


 こんな状況じゃあ、どうせ学校も休むしかなかった。

 熱はないけどこれはこれで、やっぱり病気だと思うし……。




 スイッチを押して、お湯がたまるのを待つ。


 その間に朝食を済ませてしまおうと思ったが、脇に頭を抱えたままで、調理は難しい……なので手軽に食パンを焼くだけにしよう。


 世界のどこかに、俺と同じような、突発的な『デュラハン』がいるのだとすれば、どんな生活をしているのか気になった。まさかずっと、頭を脇に抱えているわけでもないだろうし。


「テーブルの上に置いても、不安定なんだよな……、すぐに転がる……」


 うーむ、と悩む。後頭部を支えてくれるようなものがあればいいんだけど……、スマホスタンドみたいに、頭部を支えてくれるものが欲しい……需要が限定的過ぎるか。


 とりあえず間に合わせで、深く沈むクッションをテーブルの上に乗せ、その上に頭を沈み込ませる。これで前後左右に転がることもないだろう。


 朝食を作り、セルフ「あーん」をして朝食を食べる(食べさせている?)。


 視点が一つしかないので食べにくかったが、これも慣れか……慣れる前には解決したいけど。



「あ、お湯がたまったか」


 正直、寝起きのパニックは治まった。

 思考も冷静にはなってきているが……、冷静になったところで、持っていない知識は引き出しからは出てこない。

 なので俺の中にある知識ではなく、やはり人に訊ねるしかないわけだ。


 然るべき機関に相談する……前に、親友には打ち明けておこう。

 あいつが解決のためになにをしてくれるかと言えば、なにもしてくれないし、どうにもならないだろうけど、今の状況を共有してくれるとなれば、心労もぐっと減る。


 さすがに一人で抱え込むにはキャパオーバーだ。


 熱々の湯舟に浸かる……、いつもよりも二度ほど高く設定しているのは、刺激が欲しかったからだ。刺激で忘れたい欲もあるが……。


 まあ、忘れられないよな。



 のぼせる前に上がる。火照った体をクールダウンさせ……している間にスマホをいじり、検索をかけてみる……が、やはり朝、目が覚めたら首が落ちていた、なんて人はいなかった。


 相談者がいると思ったんだけど……なにもなく。


 仮に質問があったところで、回答者がいるとも思えないが。



「あー、もしもし、俺だ。お前、今日は暇か?」


『あん? ……誰だ? 勇人はやとの彼女か?』


「は? なに言ってんだよ、俺がその勇人だよ」


 親友に電話をかけると、なぜか俺であることが伝わっていないらしい。

 相手を間違えた? 登録している番号と一段、ずれていたとか……、だけど俺のことを『勇人』だと分かっているなら、間違えてはいないはず……、というか、彼女?


 俺を別の誰かと間違えるのは、まあ百歩譲って分かるが、性別まで間違えることはないだろう。それとも俺の声が女に聞こえるくらいに高かったのか?


『勇人なわけないだろ。……中学生くらいか? 君、女の子の声じゃないか』


 妹? 親戚の子か? なんて言ってくる。

 あいつはまだ俺のことを女だと思って……――いや。


 今、俺はテーブルの上のクッションに頭を乗せており、スマホを手で持って、耳に近づけている。対面する首のない俺の体が目の前にいて……、だからこそ気付けた。


 ……Vネックのシャツの、隙間から見える、膨らんだその胸は、なんだ?



「……緊急事態だ。

 ――とにかくなにも聞かずに俺んちにこい! 今すぐにッッ!!」


『は? 勇、』


 すぐに通話を切り、片手でパンツの中をまさぐる……――ない。なかった。


 風呂に浸かっていたさっきまではあった。

 ……俺の、男の大事な部分が……綺麗さっぱり、なくなっている。


 風呂に浸かって気分さっぱりしたと一緒に、ち〇こまでさっぱりしちゃったのか!?


 頭を掴み、鏡の前へ。


 気づけば髪の長さも変わってるし……っ! 確かに声も高くなっている。

 自分の声だから気付けなかったが、指摘されると一気に理解できる。


 体も顔も、女の子だ。

 ……性転換。頭が取れて、加えて性別も変わったのか……!?


「やべえ、なんだこれ、意味が分かんねえ……っっ!!」


 原因不明。

 意図も分からない。


 自然現象なら理由などないのだろうけど、誰かの仕業だとしたら、こうも俺の体をいじって、なにを目的としているのか……。

 仮に誰かの仕業だとしたら、どっちかでいいはずだ。


 首無しデュラハンか……TSか……二つを合わせる理由こそ分からねえ……!


 落ち着くために、意味もなくスマホで今の状況を検索してみるが、当然ながらヒットするわけもなく、類似した前例を辿っていく内に、まったく別のページに飛んでいた……なんて日常を取り戻していると――ピンポーン、とチャイムが鳴った。


 家には俺一人。


 親とは別居中。最も頼りになる親が不在なのは、良いのか悪いのか……。

 だが、俺よりもパニックになりやすい母さんのことだ、いなくて良かったかもしれない。

 後々、これをどう説明するべきか、頭を抱えることになる……脇ではなく、だ。



 チャイムが鳴り、俺はすぐに玄関へ向かって扉を開ける。


 呼べばすぐに駆け付けてくれる親友がそこにいて――あ、しまった。

 今、俺は女の子の姿なのだった……、

 中身が『俺』であることを、どう信じさせるのか――



「は? なんで扉が勝手に……?

 おーい、勇人、お前んち、ドッキリハウスに変わったのか?」


「いや、目の前にいるじゃん」


「っ!? 誰、だ……? 女の子の声……?

 やべえな、ドッキリハウスじゃなくて、ホラーハウスだったってことかよ」


 こいつはなにを言ってんだ。確かに、今の俺の見た目は、頭を脇に抱えた首無しデュラハン、そのものだけ……ど――いや待て、おかしい。

 俺を見て、まず悲鳴を上げてもおかしくないはずなのに、こいつは先に俺の『女の子の声』に反応した……、最初に反応するの、そこか?


 違うだろう……。

 まずは姿に驚くべき、はずなのに――。


「……俺のこと、見えてないのか……?」


「勇人か? もしかして、そこにいる?」


 おそるおそる、手を伸ばした親友の手が、偶然、俺の胸に当たる――ぷに、と。


 ………………、やば、変な声が出た……。


「……勇人、で、いいんだよな……?(でも確実に女の子のあれだよなあ……)」

「あ、ああ! 俺だよ、俺で合ってる! 絶対に俺は男だからな!?」


 女の子の体になったらそういう反応をしてしまう。

 もしも、女の子の体のまま、長くい続けてしまえば……、

 心まで、女の子になってしまうことも――。


 理性を保て。


 俺は男で――普通の人間だ。


 首無しデュラハンでも女の子でもない!!



「首無しデュラハンで、性転換しちゃったってことか?

 でも今のお前……『透明人間』も追加されたんじゃねえ? だって、見えねえもん」



 スマホで写真を撮られると……、

 保存されている画像に、俺は写っていなかった。


 ……透明人間。


 首無しデュラハンで、性転換して、しかも透明人間(ここ追加)……。



「異常事態が、渋滞中だ……っ!

 なにからまず手をつけたらいいんだよぉっっ!!」


「そうだなあ、じゃあ……――この前に貸した二千円をまず返せ。

 来る途中で思い出した……、返さないんだったら今のお前を放置して帰るからな」




 ―― ……おわり? ――

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