ストーカーorジャーナリスト【後編】

 路地の先に道はなく、道のように見えて、すぐそこには壁があった。


 当然、少女の姿はない。


「どこに、」


 見上げても、見えるのは空だ。

 ……前みたいに、飛んでいったのか……?

 つまり、俺の尾行がばれていて、逃げられた……?


「……人通りが少ないってことは、視線も足音も、はっきり伝わるってことだもんな……そりゃ、こういう道を通っていれば警戒する、よな――」


 背負っていたリュックを下ろし、詰め込んでいた彼女のジャージを取り出す。


「返したかったんだけどな、これ……」



「それ、どこで拾ったんですか?

 そしてなぜ私のものだとお分かりで?」



 背後。


 後頭部に突きつけられた硬い感触は……、


 なるほど、やはり彼女は、普通じゃない。


 咄嗟に両手を上げて、降参を示す。

 迂闊な言動で引き金を引かれたくはない。


 ……突きつけられているそれが『拳銃』だと決まったわけではないが……。


「廃ビル。君の姿を見たからだ」


 嘘は吐かない。吐く意味がない。

 俺は確かに、ジャーナリストの精神を持って彼女を追ってはいるが、しかし金のため、記事を書くためではない。これは趣味みたいなものだ……。

 貯金を切り崩しながら生活しているからこそできる娯楽である。


 今ほど、昔に必死に稼いでいて良かったと思ったことはない。


「空を飛んだ君を見た。君は一体……、あれはなんだったんだ?」


「なんのことですか? 私にはさっぱり分かりません。とにかく、そのジャージは私のですので、返してもらいますね……――ストーカーさん? それとも、盗人さん?」


「どちらでもないよ。強いて言うなら……、袋を温めようとした、君のファンだ」


「っ、あの時の……っ」


 俺のことを思い出してくれたようだ。

 顔は見えないが、きっと彼女は顔を真っ赤にしているのだろう。……別に、あれくらいのミス、気にしないのに。

 こっちがそう思っていても、彼女はより気にしてしまうのかもしれない。


「ファンなら尚更、ジャージを渡すわけにはいきませんね……!」


「ファンになったのはジャージを受け取った後で……って、あまり変わらないか」


 彼女のジャージを持っているファンがいることを嫌がっているのだ……ファンになった時とジャージを拾った日が前後しようが関係ない。


 貴重な手がかりだったが、仕方ない。これは彼女に返そう。


「返すから、頭の後ろのそれ、やめてくれ……。

 世間と切り離されたみたいな狭い路地でやられると、めちゃくちゃ怖いから」


「安心してください。全て、


 恐怖体験も含めて……か。


 やはりこの子は、人に言えないようなことをしていて、目撃者の口封じができる手段を持っている。それは、人間の科学技術で再現できるようなものではなく……、


 きっと、漫画や映画の世界で描かれるようなことをしている。



「君は、なにに巻き込まれている?」


「巻き込まれてはいません。私が巻き起こしたんです」



 ―

 ――

 ―――



 そこから先は、記憶を失った俺が、ジャケットの懐にしまっていたボイスレコーダーを見つけたことで判明した――。

 用意周到に、複数の手がかりを残しておく……、もしも彼女が気づいて証拠を隠滅したとしても、どれか一つは残っているだろうと。


 彼女も詰めが甘い。

 服に仕込んでいた手がかり、全てが残っていた。


 ボイスレコーダーによって、彼女と俺の会話は全て記録されており、手帳に書いておいたおかげで、なぜ俺が彼女を追っているのかも思い出すことができた。


 ……それは正確じゃないか。


 記憶は消えているから、思い出すことはできない。そうではなく、見えた事実を『過去にあったこと』だと理解し、自分の記憶であると思い込んだことで、思い出したようにしただけだ。


 疑おうと思えばいくらでも疑えるが、手帳のメモ、ボイスレコーダー、写真、などなど……、証拠が揃えば、疑う以上に信じたい欲も出てくる。


 手がかりさえあれば、いくら記憶を消されようとも、俺は止まらない――止まれない。

 目に見えている謎を残したまま生活できるか!!


 ジャーナリストをなめるなよ。




「ッ、またあなたですか!?

 どうして記憶を消しても消しても――ッッ、しつこいストーカーですね!?」


「誤解しているなら言っておくが、俺は決してストーカーなんかじゃない!! 君が巻き込まれて――いや、巻き起こしたのだとしても、子供が困っているなら大人は助ける! 君が手を出してくれれば、俺たちはその手を掴めるんだ!

 他人を危険な目に遭わせたくない君の考えも分かるが……俺はこうして、もう巻き込まれている!! だったらいっそのこと、中心に引き込んでしまった方が安全なんじゃないか!?」


 竜巻の中心部分まで進んでしまえば、意外と安全だったりするのだ。


 ただし、引き返すことはできない。


 竜巻そのものを止めなければ――この渦中からは逃れられない。



「頼れ!」


「嫌です!!」


「いくらでも袋、温めていいから!」


「いつまで擦るんですかそれぇ!!」


 お前も引きずり過ぎだけどな……。

 自分が思っているミスは、他人からすれば大したことないもんだ……だからさ。


「君が抱えている問題は、君が思っているよりも重要じゃない――、少なくとも君だけでなんとかするべきことではないだろう」


「私のミスなんですっ、だから……っっ!」


「ミスをした君が――君だけが原因で起きたと思うな。君にミスをさせた大人も、世界も、悪い……、連帯責任だ。君だけが背負うことじゃない」


 逃げる彼女が段差につまづき、よろけたところを、なんとか追いついて腕を掴む。


 走り続けたことによる疲労か……、

 それとも肩にかかっていた重圧が、彼女の足を重くしたのか……。


「俺は巻き込まれることを嬉しく思う! 君に信用されることよりも、手がかりを見つけて答えを追い、謎に立ち向かうジャーナリストだ――俺に役目を与えてくれ!!」


 きっと、いや絶対に、君の力になれる!!


「………………はぁ、まあ、何度、記憶を消してもしつこく追ってきた人、ですもんね……」


 少女が溜息を吐いて……諦めたように言った。


「もういいです、好きにしてください。

 ……あなたを守りたかったから遠ざけていたことを、ゆめゆめ忘れないように」



 そして。


 俺と彼女の――、世界を救う冒険が始まった。





 ―― 完? ――

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