第44話 女王と剣聖①
「エレオノーラ女王陛下、オスカー・ベルグマイスター様をお連れ致しました」
『うむ、通せ』
王都近衛兵が警備する、司令官用執務室の前。
ルティスさんがドアをノックすると、声が返ってきた。
てっきり客間に向かうものと思っていたが、どうやら彼女はこの中にいるらしい。
俺はやや緊張しつつ、ピッと背筋を伸ばした。
ルティスさんが丁寧にドアを開け、
「どうぞオスカー様、お入りください」
「し、失礼致します」
促されるまま、俺は中へと入っていく。
すると――
「よく来たな、オスカー・ベルグマイスター」
そこには、やんごとなき女性の姿があった。
エレオノーラ・アンネ・ルーベンス女王陛下。
いざこうして目の前で向かい合うと、最初に持つ感想は〝美しい〟。
髪、肌、唇、その有り様全てがまさに宝石であり王冠のよう。
だがそんな姿に見惚れるのはほんの一瞬。
次の瞬間には〝恐ろしい〟という印象に代わる。
彼女の蒼い瞳に宿る、厳格さと冷たさ。
それに見つめられると、途方もないプレッシャーが両肩にのしかかる。
女王は窓から外の様子を眺めていたらしく、兜こそ脱いでいるが鎧はまだ着たまま。
俺は彼女の前まで赴き、膝を突いて最敬礼を行う。
「……お呼び頂き、恐悦至極にございます。オスカー・ベルグマイスター、ここに馳せ参じました」
「そう畏まるな。形式ばった挨拶など好かん」
エレオノーラ女王はスタスタと歩き、執務机の椅子にドカッと腰掛けた。
そして机の上に両足を放り投げ、軽やかに組んで見せる。
「頭を上げよ、オスカー。適当に腰掛けてよいぞ」
足を組む姿まで優雅。
しかしそんな振る舞いを見たルティスさんは、フゥとため息を漏らす。
「まあ、女王陛下ったら。はしたないですわよ」
「
全く以て傲慢な物言い。
だが不思議と憎らしく感じないのは、彼女が持つ毅然とした雰囲気――気品のようなモノのせいだろう。
俺はエレオノーラ女王のお言葉に甘え、ソファに腰掛ける。
すると――彼女は無言のままじーっと俺のことを見つめてくる。
「あ、あの……?」
「貴君、本当にあのヨハン・ベルグマイスター公爵の次男坊か? まるで似ていないな」
「そ、そうですかね……? もしかしたら母親似なのかも? アハハ……」
「……」
「え、え~っと……」
なんだろう、凄く品定めされてる気分……。
あの目で見つめられるの、かなり怖いんだよなぁ……。
圧がしんど過ぎるよ、圧が……。
「まあいい、本題に入るとしよう」
エレオノーラ女王はひとしきり俺を眺めると、一度瞼を閉じて話始める。
「ことの経緯に関しては、レーネから全て報告を受けた。貴君ら『ヴァイラント征服騎士団』は、一度落城したこの要塞を奪還したと。『ジークリンデ要塞』を死守した働き、誠に大儀であった」
「ありがとうございます。身に余るお言葉です」
「本来であればギルベルト・バルツァーなる者も召喚したかったのだが、とても動ける状態ではないと聞いてな。褒めてやれないのが残念だ」
「……そう言って頂けると、彼も喜ぶと思います」
重傷を負ってベッドに横たわるギルベルトの姿が、脳裏に浮かぶ。
できれば、彼にもこの場にいてほしかった。
エレオノーラ女王は話を続け、
「うむ。ところで――この要塞を任せた貴君の父親は職務を果たせず廃人となり、長男に至っては売国奴に成り果てたと聞いたのだが……相違ないな?」
声のトーンを下げ、切り出してきた。
――ああ、遂に
今更言い逃れするつもりも、隠すつもりもないけど。
「……はい」
「なればこの処遇、どうしてくれようか?」
「ベルグマイスター公爵家はお取り潰しが適切でしょう。その後のことは女王陛下のご判断にお任せします」
「……ほう」
エレオノーラ女王はやや意外そうに唸る。
「貴族家の断絶がなにを意味するのか、理解しておろうな? 貴君は名誉も財産も全て失い、あらゆる謗りを受けることになるのだぞ?」
「俺はもうベルグマイスター公爵家を追放された身です。とっくに全てを失った後ですし、貴族に未練なんてありません」
「……」
「ただそうですね、ベルグマイスター公爵家の取り潰しは大々的に公表すべきかと。そうすれば中央の貴族たちも震え上がって本腰を入れるでしょうし、一致団結してアシャール帝国と戦うには丁度いい――」
「わかった、もういい」
エレオノーラ女王はおもむろに俺の話を遮る。
「……一つ聞こう。貴君は此度の戦、起こるべくして起こったと思うか?」
「? それは勿論。ルーベンス王国は隣国との小規模な戦闘が続いていましたし、いずれ大きな戦乱になるのは時間の問題だったはずです」
「その戦乱はようやく始まったワケだが、いざ戦いに勝利した今、なにを感じる?」
「率直に申し上げて……死にもの狂いにならないと、この国は滅ぶだろう――と」
思い起こされる
あんな奴が何体も戦場に投入されたら、ルーベンス王国軍など簡単に蹂躙されるだろう。
そう思えばこそ、俺は忌憚のない意見を述べた。
それが国家――さらに女王に対する侮辱と捉えられようとも。
俺の意見を聞いたエレオノーラ女王は――やれやれ、といった感じで頬杖をつく。
「貴君……やはり似てないぞ。あのヨハンからどうすれば貴君のような息子ができるのか、甚だ理解に苦しむ」
「えっと、すみません……?」
「謝るな、褒めているのだ」
彼女は机の上で組んでいた足を下ろし、椅子に深く座る。
「なるほど……
小声で呟く。
どことなく――その口元は笑っているように見えた。
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