第137話 ハイネはヘイム様の話をまるでしない
「俺は副隊長だから代理というのは構わねぇ。むしろやりたいと思っているぐらいだからよ」
ブリアンが差しいれで持ってきたパン類を噛り付きながらジーナの要望を受諾した。
「なんだよあいつ。いいもん挟みやがって。俺のために作る料理の時よりも豪勢ってどういうことだよおい」
「キルシュさんも隊長のために作る方が腕に力が入っているってことだろ。これは旨いね」
同じく籠の中からパンを取り出し頬張るノイスが感想を言う。
「それどういうことだよ。俺はあいつの男であいつは俺の女だろ。それなのに隊長宛のが良いっておかしいだろ」
咀嚼しながら忙しそうに怒るブリアンにノイスは冷静に返した。
「最近上手くいっていないんじゃない? ほらよく喧嘩しているし仲直りも遅くなっているし」
「だからなんだ。それが隊長の方に力を入れる理由にはなんねぇだろ」
「もしかして隊長のはいつも通りでブリアンのを手を抜いているという可能性とかどうだ?」
「一緒だろ! おいふざけるな」
興奮したブリアンの肩をとり引くとジーナと二人は目が合った。
「余計なことを聞くかもしれないが、ブリアンはキルシュにありがとうとかそういう感謝の心を伝えていないからじゃないのか?」
「感謝はしているよ。でもそりゃあたり前だしあっちだって分かってるだろ」
「いいや分からないものだ。言葉で言わないと通じないよ。それが人間の心じゃないか? だからこのあと会ったらちょっと大げさにお礼を言ってみたらどうだ。大した苦労でもないしあっちだって不快には感じないはずだしいいことしかないぞ」
ブリアンが目を丸くし隣のノイスも見たこともないほどに目を大きく見開いていた。
「どうした隊長。いつもと違うじゃん。病気?」
二人の声はハーモニーとなってジーナに届いた。
「いや、なに、これはルーゲン師の受け売りでな」
ジーナは感謝しろという話としてルーゲンの講義を心にまとめた。現在塔の一室には訓練を終えたブリアンとノイスが訪問してきていた。
届け物とこれからの指示それともう一つは当然。
「表彰式には出るべきだとは俺は思うんだよな」
「そちらも代理が可能なら頼みたいのだがな。ノイスやアルに」
「お断りします。何らかの事情があって出席できないのならいざ知らず、ジーナ隊長は病気でも怪我でもなく、表彰を拒絶なさっているのですから代理など立てられようもありません。お諦めください」
ノイスがそう言うとブリアンも頷く。
「ところが私自身はならいりませんとバルツ将軍に伝えると、ご覧の処置をとられて勉強合宿となるんだ。困ったものだな」
「表彰式を欠席した場合はバルツ様は隊長を第二隊から外すでしょうか? 俺達はそこが気になるんですよね。もしそうなったら隊長となるのは俺かブリアンになりますから」
「候補は二人じゃなく一人だろ。俺だろうがノイス」
不安顔のノイスにやる気満々なブリアンと、もしもバルツ将軍がそのような処置をとった場合にはノイスを指名するだろうと思うものの、そこは口にせずにはっきりと答えた。
「バルツ将軍の脅しの内容に第二隊の隊長の罷免は一言もなかったからその可能性はない。無事にやり過ごしたらそのまま現場復帰で指揮を執ることとなるな」
ノイスは安心したのか長い息を吐き、一方のブリアンは鼻から勢いよい息を吐いた。
「なんだつまらねぇ。せっかく俺に隊長の可能性が出たのかと思ったのにな」
「第二隊の隊長は私だよブリアン。命ある限りこの役は降りないからな」
今度は差し入れの果物を丸かじりしながら食べているとブリアンとノイスが笑い出した。困惑さも混じったその笑い声。
「表彰や名誉とか拒絶しているのにその地位には固執するって……ほんといかれてやがるなあんたは。普通は逆だぜ。手段が目的になっている。俺だったらさ、勲章をもらったので配置換えを願ったり、褒賞に後方勤務を希望するのによ」
「ノイスはもう少ししたら減刑で罪が消滅するのだが、そうするのか?」
「いえ、可能な限りこの隊に残り出世したいですね。隊長と一緒に戦えば自動的に功績を積めますし」
「俺はいつまでも残りたくねぇぞ軍なんかにゃ。早く無罪放免となって娑婆に戻りてぇ」
いつの間にか酒を呑みだしていたブリアンが吠え出したがノイスは苦笑いしジーナを首を振る。
「ブリアンは中央を陥落させないと罪は完全に消えないぐらい多いからな、早くたってのは無理だ」
「それどころか中央が落ちても残るかもしれないな」
「うるせぇ分かってんだよ。だから隊長となって功績を積みまくって出たいわけなんだぜ」
「焦り過ぎたら死ぬぞ。残ったキルシュはどうするんだ。あの娘はお前以外は付き合わんぞ」
キルシュを持ち出すとブリアンの口は真一文字となりうつむきながら先ほどと打って変わって陰気な酒の飲み方となった。
「あいつはさ、俺に軍に残れと言うんだ。今の俺の地位なら戦後も残れるって。ノイスがどうなるか分からないけど第二隊はあんたのものになるからってしつこく言うんだよ」
「なかなかキルシュさんも将来のことが心配でたまらないようだね。キルシュさんは隊長がどうなるって言ってるんだ」
ノイスに尋ねられブリアンはジーナを見て、ばつが悪そうに言った。
「あいつが言うには、大丈夫だってジーナ隊長は近衛兵に出世するからってさ」
「私は、ならんよ」
「だよなぁ~」
また声が重なり合って弱々しく室内を流れた。
「でも、そうだとしたらよキルシュの言うことがよく分からなくなるんだよな。あいつが言うには字の勉強も将来の近衛兵長になるために必要だからやっていると言っているしさ。でもやっぱり関係ないの?」
「関係は無いなこれは……まぁなんというか仕事で必要だったし自分自身も覚えてくと便利だからやっていることだ」
手紙のため……とジーナの脳内に真っ先にそのことが思い浮かぶが、隠した。だが隠したということはつまりそれが最もな……とジーナは心中で苦いものを味わっていた。
「なぜわざわざそんないい方向に行くことを自ら台無しにするのかは、まぁジーナ隊長には隊長の考えがあるのでしょうが、ハイネさんはそのことをご存じでしょうか? その隊長が近衛兵になるつもりが無いって」
どうしてハイネが? それに何故みんながみんな自分の未来についてあれこれ余計なお世話を焼くのだろう? とジーナは嫌な予感がし出した。
「いや、ハイネとの間で近衛兵の話題なんて一言も出てはいないな。だいたい私みたいなものがなれるわけもないし意識したことも」
「そう思っているのは隊長だけっすよ。隊長も自分を客観視したほうがいいぜ。とことん客観的に物事を見られないよな。あの前に務めていた龍の護衛って役はそのまま近衛兵長になれるって聞いたぜ」
「だがやめた。それにこうして受勲式も拒絶して不興を買う。だからその可能性はゼロということで」
「だから客観視してくださいって。龍の護衛をやめたのは前線で誰よりも戦うためでしょ? どこにマイナス要素があるんですか? それと表彰式もバルツ様は龍身様側に対して隊長は病気で障りがありますから欠席ですと伝えますよ。わざわざ本人が嫌がるから出ませんなんて、指導力の低さを示して自分の評価を下げるようなことなど言いませんって。こうしますとこの欠席はバルツ将軍から不興を買う以上ことにはなりません。龍身様側からすれば隊長は依然として近衛兵候補筆頭ですよ」
そうか、とジーナは冷や汗をかいた。そうなるのが理の当然であり、周りはそう見ているということは、まずいなとジーナは思った。
「そもそもですねあのハイネさんが直々に字の指導をするだなんて、大きな意味があるとしか思えませんし」
「ハイネが指導するのがなにか意味深なことでもあるのか? だってただの女官だろ彼女は」
ジーナの言葉に二人は首を同じ方向に傾け戻し見合わせ頷く。何だその動きは。
「あっそうか隊長だからか。認識の差が大きすぎるな。隊長ってソグ入りする前の龍身様周辺のお話とかまるで興味なかっただろ?」
「うん、そうだな。興味が無いから向うが話さない限りはこちらからは聞かない」
「これで龍の護衛は無理だったですね。近衛兵も難しいかと。まぁ逆にそこらへんに全然興味が無いから向うも助かった可能性もあるかもしれないけれど。あのですねジーナ隊長。ハイネさんは女官というか龍身様の側近ですよ。龍の騎士であられるシオン様が別格だとしたら最側近が彼女で、龍身様の会議が開かれましたら彼女は女官として侍るのではなく、すぐ隣の椅子にお座りになる、かなりの立場の人なのです」
あのハイネが? 前にそんな話を聞いたかも……とジーナは思いつつソグの頃を思い出すとそういえば彼女はヘイムとシオンと普通に会話ができていたけれど、他の女官はヘイムとはほぼ口など利かなかったなと今更気づき、自分がいかにあの場では浮いていたのだなと再認識した。
それと一緒に一つのことにも思い当たった。そうはいうものの最近はハイネはヘイム様の話をまるでしないな、と。
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