第78話 妾の前では二人に差などない
「聞きましたが、命拾いをしてから勉学に勤しんでいるようで何よりですね。あなたは少々常識が無いようでしたので、これを機にほんの少しでも知性が向上してもらえればこちらとしては大助かりですね」
龍の館に復帰後の初日はシオンの小言から始まっていたが、下手に心配されるよりかはマシである上に、怪我のことをこねくり回されるのは無駄に苦痛なためにジーナは有りがたく受け止めた。
「私としましてはそれほど無学で非常識な振る舞いはしてはいないのですけれどシオン様」
「非常識な人間は自分の非常識さを認識できませんので非常識なのですよジーナ」
容赦のない畳み込み方にジーナは閉口するも屈しはしなかった。
「礼儀作法的な事には問題はないと自負しておりますが」
「そこはそうですね。動作や言葉遣いは別に文句はありませんが、やはり話の内容や行動の意味がです。慇懃無礼であるように心の奥底ではこちら側に対する普通とは違う何かがありますよね」
それは敵意? とまず思い浮かべジーナの背筋に寒気が走りこちらを睨み付けるシオンの薄色の瞳が光る。
「ずばり俺は強い男であるという自信と腕力によるでしょう。こんなお姫様たちなんぞに従えるかといったそういう意思をお持ちで」
素晴らしいポンコツ推理であり背中には温かいものが流れ、都合が良いのでジーナはあえてそちらの方面に誘導することとした。
「私はまぁまぁそこそこに強いのは事実ですけど」
心にもないことをぼそぼそと言うとシオンは嬉しそうな声をあげる。
「ほらやっぱりそうでしたね。そういう態度はいけませんよ。強さが傲慢に変わるというのはよくあることです。常に自制をし謙虚にしなければなりません。ここにいるのは二人の実にいたいけな女です。自らの蛮性を良く良く理解し理性ある行動を望みます」
この明らかに気が強そうな女のどこが幼気だというのか? 痛々けなのでは? という疑問が心の中で生じると隣から声となって飛んできた。
「そなたのどこがイタイケな女であるのだ。馬鹿も休み休み言え。将来の国家支配者がよう言うわい」
書きものの仕事がやっと終わったヘイムが沈黙を破りようやく口を挟んで来たが、いささかテンションが高かった。
「マイラ卿の婚約者として約束された宰相夫人となり国政を執ろうとするものがイタイケであって堪るものか。さては昨日は逢引をしたことによって調子に乗っておるな」
まぁ、とわざとらしく口を大きく開き手を当てなんだか声色を変えてシオンは抗議しだした。
「とんでもございません。宰相夫人となるのは私にとって偶然のことでして、たまたまマイラ様がそうなっただけに過ぎません。もっとも適任中の適任ですから何処からも異存なんて出るはずもありませんけど。それと調子に乗っているだなんて滅相もありません。ただ昨日はこれを」
と隠していた左手の薬指にはいつのまにか指輪が嵌められておりその上には見覚えのない透明な石が強い光を放っていた。
「たいしたものではないとのことです」
大したものであるからこそ言える台詞をシオンは自信を込めて言った。
「マイラ様は鉱物の発掘が御趣味でして様々な石をお持ちですが、中でも一番珍しかったのがこの豪剛石というものらしく、これを宝石職人に加工させましたのがこれでして、ですからそうですね価値は……不明とのことです。ちょっと派手すぎですよね」
シオンが手の角度を変えると閃光がジーナの眼を貫き顔を背けさせた。新手の武器なのか?
「あらごめんなさい。悪気はなかったのですが、やっぱり大きすぎですよね。まるで暴力的な輝きで、重くて指も疲れてしまいそう」
言葉とは完全に裏腹にちっとも重くも疲れてもなさそうにシオンは指輪に夢中となっている。
今日様子がおかしいのもなるほどこれかとジーナは安心するも、ヘイムがシオンに近寄り硬い表情でその指輪をまじまじと見だすとどうしてか心がざわつき出した。なんだというのか?
するとヘイムが微かに振り返り目が合うと口を端をあげ、眼も笑ったように見えた。
「これは見事なものであるな。豪剛石という稀少石をこうも大胆かつ贅沢に加工するとは、その価値は図りしれぬものであるぞ」
いえいえとシオンが小さな笑い声と共に満足気に鼻息を出した。
「それにしても大きいな。シオンにはこういう派手なものが似合うからいいが、妾がこれをつけたら不似合いもいいところであろうに」
「あなたは手が小さいですしね」
「それに稀少石なら儀式用に使いたい欲が出て来てしまうな」
「ですからこの前のあの真珠の宝石ならヘイム様にぴったしでしたね。大きさもこれ以上に無いというものでしたし」
そうか? とヘイムは気のない返事をするのを見るととジーナの首は微かに縦に動きゾッとして前を見ると、二人と目が合い声をあげそうになった。
「おっとジーナにはまるで興味のない話でしたね。そういうことです。つまり指輪をつけてそこそこにいい気分なのですよ」
またシオンは手の角度を変えて光の屈折を利用した閃光を浴びせてきた。再びの攻撃、間違いなくそれは武器。
「ホホホッごめんあそばせ。くれぐれもジーナはこのことを口外してはなりませんよ。他言厳禁です。これは誰よりも先にヘイム様にご報告しなければならないことですので、はしたなく見せびらかすということでは決してありません。この指輪はこうして小箱にしまうことにしたしましょう。ですので、くれぐれもキルシュやハイネに知らせてはなりませんよ」
元よりそんな話をする気のないジーナは「はい」とはっきり言うとシオンは、繰り返した。
「特にキルシュやハイネに教えてはいけませんからね」
「はい。かしこまりました」
変な間ができると横のヘイムが忍び笑いをし正面のシオンは神妙な表情で頷いている。何が言いたいのか?
「あーあれだなジーナ。聞かれでもしたら逢引の話はしていいと妾は許可するぞ。っでもしかしたら指輪のことをポロリとこぼすかもしれんが、その時はその時だ」
「ちょっとヘイム様。困りますよそのようなことを許可されては、もう」
ちっとも困ってなどいないように言っているのがジーナにはよく分からなかった。
「ええいうるさい。そなたは調子に乗り過ぎた。逢引に指輪だとはちゃらちゃらし過ぎである故に、この際少し馬鹿にされたほうがいい薬となる。おいジーナ。妾の前ではシオンに様づけは禁止だ、いいな」
えっ! とジーナとシオンが驚くと視線が合い、それからヘイムに向くがヘイムは微動だにしなかった。
「だいたい妾を前にしてシオンが様づけというのが不敬に思えてならん。いいか妾の前では二人に差などない。ジーナはジーナでありシオンはシオン。そういうことでよいな」
「その、シオン様、このことは」
「おい」
ジーナの戸惑いに叱責の声が上がるもシオンはあっさりと旗をあげた。
「まぁいいですよ。ヘイムがそれをお望みなら付き合ってあげましょう。ではよろしくジーナ」
意地の悪そうな笑みでシオンがそう答えるとヘイムも姉妹のように似たような笑みで眺めその視線の中でジーナは居心地の悪さを全身に感じながら返事をする。
「よろしくお願いします……シオン」
ヘイムが三度机を叩き笑いを堪えていた。
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