第52話 どうしても私でなければならない場面だった
それは完全秘密によるものであるためにジーナは隊員達に祭日の祝賀会欠席を詫びなければならなくなった。
しかも理由を語らずに、だがしかし。
「突然すぎですが、なにか秘密指令でも下されたのですか隊長?」
アルがそういいジーナは頷く。
「なんだよあんたは急によぉ。こんなお楽しみを休むなんて……俺だったらデート以外にそんなのしねぇ」
ブリアンがそう言いジーナは心の中で半分だけ頷く。
「……」
無言で琴を軽く鳴らすはノイス。何か言えとジーナは視線だけを送るとノイスは立ち上がった。えっ待ってやっぱり何も言わなくいい、座ってくれ。
「まとめるとジーナ隊長は秘密指令によるデートを行うということでおろしいでしょうか?」
ノイスは琴から調子はずれな間抜けな音を響かせると室内は笑い声で溢れ、あちこちからその要約の馬鹿さ加減に呆れる言葉が飛んでくるもののジーナは青ざめた顔で作りものの薄笑いを浮かべノイスを見ていた。
しかし彼はこちらを見ていない。それは優しさか、それとも? こっちを見ろ。
とは思うものの、そのおかげかどうかジーナは室内で隊員達から散々にからかわれるが秘密のデートをするというジョークの種となり、これにて欠席の制裁は済み無事釈放されることとなった。
その相手は誰だ、と声がしてあの子じゃないか? と合いの手が来て、それから知っている名が出てきた。ハイネだよハイネ。あの子だ。
彼女も祝賀会をはじめから欠席らしかったと。
あの子が隊長と? 馬鹿を言え、でも仲は良いみたいじゃないか、ないない有り得ないあの女はたくさんの男友達がいます、それとたのしくよろしくするんでしょう、全くなんですかねノイスのあの冗談は。僕はああいうのが嫌いでたまりません。よりによってジーナ隊長とあの女が関係があるだなんて
「僕は信じないしあんな冗談を聞くだけで腹立たしいですよ」
アルの言葉は矢となりジーナの耳に奥に入りチクチクとした痛みを感じていた。
「それは無いから安心してくれアル。彼女とは無関係だ」
せめてもの償いとばかりにジーナは祝賀会準備の買い物を手伝うためアルと一緒に買い物袋を担いで市場から兵舎に向かっていた。
「まあ僕は欠席の理由はなんであっても構いませんけどね。女とのデートであっても、です。隊長が休むのならことは重大なのでしょうし」
けれどもこのアルに私がヘイム様とバザーに行くといった話をしたら何故? と驚いて聞くとは予想がつきそして誰かに話すのだろうとも。それは避けねばならず曖昧に誤魔化すしかなかった。
「ハハッまぁそういうみたいなものだな」
「もしもそれが本気でしたら隊長と街を歩ける女の顔を是非とも見て見たいものですね」
「こらこら穏やかでないことをいうのはやめろって」
「だってこんな目立つ人と歩いたらすぐにバレてしまって、ハァ……隊長、お客さんですよ」
急にアルが不機嫌そうに言い捨てジーナは目を凝らして道の先を見ると、誰が来るのかがすぐにわかった。この距離でも、わかる。
ハイネが、来る。その表情は真顔でありいつも通りであるがジーナにはその表情の意味がよく分かっているためにむしろ怒りを表情に表してくれた方が助かったなと思う他なかった。
アルが前にいて背中が見えた、そう脚が止まってしまったのだ。これは竦んで動けなくなっているのか? アルが何かを察し振り返り戻ってきた。
向うからは来る彼女は普通に歩いているようにしか見えないのに、その速さが駈足のように感じるのは武官学校仕込みのなんらかの技なのであろうか? 縮地法とでも?
別に引き留められているわけでもなく回れ右したり脇道に入ってもいいというのにそれはできなかった。
ジーナは確実に自分に用があるからこっちに来ていると分かっている。このまま擦れ違いさまに「こんにちは」と会釈されるだけだなんて、甘い幻想の可能性の期待などはしなかった。
彼女は、私に用がある。それは分かっている。近づいてくるにつれて不穏な心地とともに無意識に自然と構えに入る。これは知り合いの、女の人と会う際の動きではない。間合い一歩前でハイネは脚を止める、やはりいい武術の腕を持っているとジーナは再認識した。
俯き加減になっていたハイネはここでやっと顔をあげ、見つめて来る。緊張しきった青白いその顔色。ジーナは恐怖と一緒に美しさも同時に感じた。死の前の凄絶さかなにかのようで。
そう思ったのが通じたのかハイネは咄嗟に目を逸らすが、すぐに見返しに戻ってくるとその顔にも目にも美しさはもう感じられなくなっていた。
「なんか用ですか?」
アルが声をかけるとハイネはちょっと驚いた顔をしてそちらを見てから誰もいない方に顔を向けて言う。
「ジーナさんに用があるのですか、良いでしょうか?」
「いま荷物を持っているのであとででいいですよね。行きましょう隊長」
ジーナは挨拶も交わしていないのに戸惑ってやぁハイネさんと言うとこんにちはと言ったきりアルと睨み合っている。
「アル君、先に行って貰えますか? 私はこちらの方を話したいことがあるの」
「だから後にしてと言っているでしょ。邪魔ですから道を塞がないでくださいよ」
またアルの悪い癖が出ているなとジーナは思うも、これを利用しこのまま一緒になって脱出しようかなという気持ちもあるために口を挟まぬようにしているとハイネがそこを気取ったのか鋭い一瞥をよこしてきたので諦めた。わかった、逃げない。
「そう邪険にするんじゃないぞアル。ハイネさんこうなったらすまないが歩きながら話そう」
でも、とハイネは口ごもらせながらを見下すとアルが噛みついた。
「だからいい加減にしてくださいよ。なんです人払いしたいとでも? 僕がいると都合でも悪いんですか? だったらなおさらいないといけませんよねここに。悪いことを仕出かすかも知れませんし、ね!」
「アル、黙っていてくれ。頼むから、な?」
アルはふんっと鼻を鳴らし前を向いた。隣のハイネは無言でこっちを見ている。あなたは喋ってもいいのだが。
「彼のことは、気にせずに話をしてもらえないかな。まぁ任務の話だろうから、その工夫をしてね」
「……分かりました。ではゆっくりとでお願いします」
あともう少しで着くかなと思っていた帰り道がこれでずっと遠くになってしまったために荷の重さが二倍に感じるなとジーナは苦痛を覚えた。
こんなに良く整備された平坦な道もハイネが隣にいると、どこか凸凹を気付いてしまって普通に歩くのも疲れるな、とか余計なことばかりをジーナが考えていると言葉が後頭部を襲ってきた。
「どうして約束を破ったのですか?」
いきなりこうか、いや、当然かとジーナは妙な感心をした。隣にアルという他人がいるというのに真っ向勝負で挑んで来るとは。
そう思いながら表情を見るとこちらを見ずに前を向く険しい顔つきが武人を思わせ、だからもとより苦手な小細工は抜きにした。
「勢いでそうなってしまった。すまない」
「すっすまないってあなた、それでは済みませんよ」
あまりにも芸のない言い訳に意表を突かれた形となったハイネにジーナは斬り込む。
「そうしないといけない状況に陥ってしまったのだ。自分の義務というか役目というものの関係上、そうせざるを得なくなってしまってな」
「それは本当にあなたでなければならないことだったのでしょうか?」
攻め込まれ一気に土俵際まで持っていかれたハイネが俵に乗りながら最後の抵抗の試みをするもジーナは持ち上げた。
「どうしても私でなければならない場面だった」
「……師でなければならなかった場面で無かったのですか?」
「上司が難色を示してね。もちろん私に命令したわけでは決してない」
暗号じみた会話のやり取りだがハイネには通じそれから納得というか諦めであろう嘆息を吐いた。
「姉様はですね、理由は聞けませんがどこか師を嫌がっている節があるのです。当然表にはそのようなものは滅多に出しませんし会話も交わしますし冗談だって言い合います。仕事の上では互いに頼り合う仲で普段の接し方も全く以て関係は良好ですけれど、深いところで師に対して警戒しているところがあると感じるのです。今回も二人が歩いているのを見た時の眼は、怖い時の姉様のものでしたし。ああいう時は本当に分からなくなって」
かぶりを振るハイネを見てジーナはどこか悲しい気持ちとなった。この人はこの人で人間関係で苦労しているのだと。だから私をいじめるのだなと。
「そう、あの人は我が上司に師を勧めるも頑なに拒否し続けその後に私以外にやるものがいなくなった感じとなって、で」
「そこが何かおかしいですよ。一番近くにいたからといってあなたが任命されるだなんて。護衛につける戦士は他にいくらでもいます。というかそういった近衛兵を嫌がったから師にしようとしたのが姉様とあの方なのに」
「しかし事態は急転して、と……昨日のことを思うとだけど、これはあの人の描いた筋書通りになったのではないか?」
芝生での二人の散策からの流れを思い出しながら伝えるとハイネの顔は恐怖にも怯えにも似たものとなり、ジーナの右腕を掴んだ。
「やめてくださいそんな妄想は。ありえないことです」
「そうは言うが可能性を考えたら」
「考えないで、いいからそんなことは考えなくていいから」
その手にはかなりの力が入っていると思うもののジーナには痛みが無かった。それはハイネの表情の苦しさを見ていたからだろうか?
「偶然だとしたら私は、あなたの罪を今回は許します。不可抗力による過失だとして破ったことを大目に見ます、そう思い今回は私は諦めます」
そうじゃないと思う、と言えるだろうかとジーナは考える。こんなに苦しんでいる人に対して自分はそんなことを、突き放してしまうようなことをハイネに……なんで彼女にそんな気を使わないといけないのか? と少し思うもののジーナは従った。
「分かった。今回は偶然だとして、以後またこうならないように意識する」
あまり心にもないことを言ったもののハイネは安堵の笑みを浮かべ、力を流し腕の掴みから手の握りへと移らせた。
「それはそれでよいのですが、実を言いますと私がここであなたに望んでいたのはちょっと違いましてね。もっとこう、下手な言い訳や誤魔化しを聞いたせいで私が怒ってあなたはこっちの機嫌をとって私はわがままを言いそれでストレスを発散させる、といった事態を予想し期待も少しはしていたのに、そんなに堂々と自信満々に開き直られては困りますよ。そんな態度をとられたら私はどうしたら良いのですか? つまりはあの話を聞いてからあなたに会うまでの間に発生したイライラ分をどうしてくれるのですか? お答えください」
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