第14話

 その後イアンは、研究室内にあるロイの個別研究室を案内してもらった。個別研究室はガラス張りの小屋になっており、教授になると与えられるらしい。甘い蜜の香りがする気体や、極光のように反射する花弁を見ていたら、外に馴染みのある金髪が見えた。

 「ロイはいるよー! 今日はイアン君もいるんだね」

 「オリヴァーさん、失礼してます」

 大量の書類を持ったオリヴァーは、器用に個別研究室の扉を開けて入ってくる。

 「イアン君はどうしてここに? 何か治験するとか?」

 「あーえっと……」

 「こいつに『楽しいこと』を教えてるんだよ」

 「楽しいこと?」

 空いているデスクにどさっと書類を置いたオリヴァーが、不思議そうな顔をする。ロイは何故か説明しようとしないので、イアンが簡単にこれまでの経緯を話した。

 「そっかぁー。それでここに来たんだね」

 オリヴァーはイアンが運命の番を探すことにさほど興味もないようだ。深く突っ込むことはせずに、軽く頷く。

 「はは……すみません、そんな理由でお邪魔しちゃって」

 「いやいや、それは全然いいんだよ。でもさあ……イアン君はここに来て楽しいの?」

 「え?」

 純粋な眼で問われ、イアンは首を傾げる。

 「僕とロイは魔花の研究が好きだけど、イアン君は違うじゃない? それって、ロイのだよね?」

 ——ガッシャーン!

 オリヴァーの最後の一言と被せるように、大きな衝撃音が部屋に響いた。

 「ロ、ロイ!! だ、大丈夫!?」

 ロイの足元には割れたフラスコが飛び散っている。下手したら怪我をする大惨事だ。なのにロイはオリヴァーのことしか見ていない。

 「俺の……押し付け?」

 「え? うん。だってそうでしょ?」

 全く悪気が無く言うオリヴァーに、イアンは頭を抱える。

 研究室にきて魔花を見るのはすごく楽しかった。しかし、オリバーの言うことも一理あったのだ。

 この個別研究室に来てから、特にロイの押し付けは加速した。研究者特有の専門用語で語りまくり、イアンは一人置いてけぼり。ロイは気づかなかったが、外の研究員たちには、イアンの若干引いた顔がはっきり見えただろう。

 だからといって、イアンは『押し付け』だなんて一刀両断するようなことは言えなかった。ロイが傷つくのが目に見えてわかるからだ。けれどオリヴァーは、なんの前ふりもなく、シュッと言葉の刃を振り下ろしてしまった。

 「おい、お前、これは押し付けか!?」

 ロイが鬼気迫る顔で、イアンの肩を掴む。

 「え、あっ、お、俺は楽しかったよ! うん!」

 「じゃあこれで運命の番探しはやめるか!?」

 「そ、それはちょっと……」

 たまに美しい魔花を鑑賞するのはいいかも、とイアンは感じた。でも残りの人生を研究にささげるとなると話は違ってくる。運命の相手と番うより幸せかと言われたら、そこまでではなかった。

 「くそっ! 俺としたことが!!」

 「あっ! で、でも! 他にも楽しいことがあるんだなって思ったよ!」

 「でも、探すのはやめないんだろう? それじゃあ意味がない!」

 拗ねたようにロイは叫ぶと、机に突っ伏してしまった。事の原因となったオリヴァーは「あらら〜」と言ってどこ吹く風だ。

 (ど、どうしよう!! 相当落ち込んでいる!)

 自分のせいでは無いのに、イアンは焦った。久しぶりにロイの笑顔をいっぱい見れたのに、嫌な思いのまま終わりたくなかったのだ。

 イアンは一人おろおろし、とりあえず『そんなことないよ〜』とロイの肩を撫でようとしたとき、突然ばっとロイが頭を上げた。

 「そうだ! お前、前にミートパイ食べたいって言ってたよな!?」

 「えっ! あ、言ったかもしれないけど……」

 イアンは先週の記憶を思い起こす。たしか大学から離宮に帰る馬車の中で、『ジャックさんの作るミートパイ、久しぶりに食べたいなー』と言った気がする。ロイはそのとき『ふーん、そうか』と言って適当な返事をしていたくせに、覚えているなんて意外だった。

 「じゃあ来週はジャックに頼んでミートパイを食べるぞ!」

 「え! え!? な、なんで!?」

 「俺が楽しいと思うことを教えても、押し付けになるんだろ? それならお前が楽しみそうなことをやればいい! そしたら運命の番と結ばれるより楽しいことが見つかるかもしれないだろ!?」

 「え!? えぇ!?」

 「いいじゃんそれ! よかったねイアン君! ロイが全力で君を楽しませてくれるって!」

 オリヴァーの方がなぜか乗り気で、イアン以外止める者がいなくなる。

 「ああそうだ。金と権力、全てを使ってお前えを楽しませてやる!!」

 「ちょ、ちょっと!! そこまでしなくていいから!!」

 ガラスの個室にイアンの叫びが響く。他に止める人が現れて欲しかったが、外にイアンの声が届くことはなかった。

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