┣術技・洋【一幕】


🔳魚々島の術技。


■《海蛍》(うみほたる)

・一幕にて、その全貌が明らかとなる。


 闇夜のこうもりのように、突如飛び出す飛弾──《竈門打ち》。

 その小石が、洋の目を突き抜ける。

 抜けたかに見えるほど引き寄せ──すり抜ける。

 「《海蛍うみほたる》」

 洋の名乗りが、我知らず動いた忍野の唇に重なった。

 起こりのない流水の動き。体型を失念させる速さ。されど破壊的な重さ。

 見開かれた烏京の瞳の中で、洋は鉄砲水のように飛び出した。


 ──これが、《海蛍》か。

 心中で唸ったのは、忍野である。

 岡目八目という言葉があるが、傍から見る勝負は、対峙する以上に得られるものが多い。立会人の役得である。

 選抜戦において《海蛍》を攻略した忍野だが、その術理は最後までわからなかった。手掛かりは謎の微振動だけだった。

 しかし今。横から見た《海蛍》に、忍野は新たな手掛かりを得た。

 高速の礫が着弾する寸前、洋は決まって頭を引いている。

 ボクシングでいうスウェーの動きだが、《海蛍》のそれは尋常ではない。

 わずかに頭を引き、弾を見切った後にかわし、元の位置に戻す。これを一瞬でこなす為、ように見える。

 頭を引くのは、見切りの精度を上げるためだ。

 時速100キロメートルで迫るボールを、時速70キロの車で後退しながら受ければ、相対的なボールの速度は時速30キロになる。原理はこれと同じである。

 もちろん説明ほど簡単な技ではない。そもそもが洋の体重で、超速度の反応を体現できる術理が解明できていない。

 魚々島 洋の闘いの根幹を成す技──《海蛍》。

 果たして、この闘いで全貌が見えてくるものか。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の二


 弱まる弾雨の間隙を縫い、一直線に飛び出す。《御所の細道》のレール上を滑らかに進む様子は、まるでドミノ倒しだ。

 烏京は背を向けず、後退しながら《竈門打ち》を放つ。

 応弾が洋の顔で弾けた。

 血花が散るも、ものともしない。止まらない。

 ──こいつ。当たりながら避けている……!

 冷水のような戦慄が、血管に広がった。

 百発百中の狙いも軌道の変化も、そんな技には意味がない。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の六


 ──回転、か。

 烏京の鋭い眼差しは、洋のわずかな動きを見逃さなかった。

 被弾の刹那、その部位に捻りを入れている。見逃すほどの一瞬、されど強烈な回転。それが衝突の方向を逸らし、ダメージを最小に抑えている。

 スピンをかけた《竈門打ち》が効かない理由もこれでわかった。回転に回転をぶつければ、弾く強さは倍になる。銃弾すら弾くのではないか。肥満体の丸い輪郭あらばこその──

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の七



■《飛魚打ち》(アゴうち)


 踏み出した足に圧し掛かるように、体を沈める。突進が止まると同時に、《鮫貝》を握った右手が閃く。

 動きは手首を捻る最小限。けれど威力は最大限。突進の勢いをありったけ上乗せした一撃だ。

 洋の得意技──《飛魚アゴ》打ち。

 流星の如く飛び出した《鮫貝》の尖端が、白い線を引いて、烏京の背中に吸い込まれた。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の二


■《帆走》(ほばしり)

・未出。


「魚々島には、素足で海面を駆ける技があると聞くが──」

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の三


■《鬼頭魚》(シイラ)


 かつて自身の喉を抉った技に、忍野は思わず息を詰めた。

 洋の操作で自在に硬直する白線は、瞬間的に槍として機能する。

 《鮫貝》を鞭や鎖の類とあなどった者に、この洗礼は避けられない。

 白線の尖端が角度を変え、烏京の喉に狙いを定める。

 向きを転じた《鮫貝》に対し、《独楽打ち》は反転なかばだ。

 コマはその軸を打てば回転を狂わせる。玩具も技もその点は変わらない。

「──《鬼頭魚シイラ》」

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の四


■《大魳》(おおかます)

・伸ばした《鮫貝》を頭上で回して加速し、敵を打つ大技。

 単純に振り回すだけでなく、指元の絶妙な間合い補正で敵を呼び込む。

 威力絶大だが、場所を選ぶのが難点。


 シュルルル……ル。

 巻き戻る《鮫貝》の白線が、2メートルを余して止まった。

 掲げた洋の腕にいざなわれ、頭上で回り始める。

 速度を上げる──唸りを上げる。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の六


「もう一度言うぜ……下がりな、忍野。

 《大魳オオカマス》は、まだまだデカくなるからよ」

 急ぎ距離を取る忍野を待ち、《鮫貝》が半径を広げていく。

 十分に距離を置いた見物衆に緊張が走る。それほどに凄まじい高回転である。

 半径8メートルまで成長した竜巻は、なおも勢いを増しながら、動き出した烏京を追い始めた。 

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の七


 パンッ!

 血煙とともに、烏京の鼻が消し飛んだ。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の七


「松羽が仕掛けたのは、《鮫貝》の尖端が目前を通過した時点。

 礫が首に届いた時点で、尖端は魚々島の背後にあった。

 松羽の死角になるこのタイミングで、魚々島は《鮫貝》を操作した。

 首に命中した礫を捌きながら、指先だけで射程を2メートル伸ばしたのだ」

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の八


 《オオカマス》の攻略は、そう難しくはない。

 たとえば狭い場所への移動。障害物の利用。重みのある器物を白線に絡めれば、それだけで回転の維持は不可能になる。

 《オオカマス》の使える状況は、ごく限られると言っていい。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の九


■《鬼魳》(おにかます)

・《大魳》の変化技。《鮫貝》を用いたジャイアント・スイング。


「これで最後だ。

 行くぜ──《鬼魳オニカマス》」 

 膝立ちになった洋が、両腕を揃えて振り回した。

 片足を強烈に引かれ、体勢を崩す烏京。

 だが、その背中が地に触れることはなかった。

 むしろ離れていく。巨大な竜巻に巻かれたように。

 それは、見る者全てを絶句させる光景だった。

 膝立ちの洋が、《鮫貝》に繋がれた烏京を振り回しているのだ。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の十


■仙骨エンジン

・洋の術技の土台となる身体操作法。命名は烏京。


 その上で、気付いたことがある。

 浪馬の指摘した加速の謎だが、ひいては洋の謎の答えである。

 攻撃を見切り、透過するように躱す《ウミホタル》。攻撃を受けた瞬間に回転を加えて弾く、真の《ウミホタル》。そして体型にあるまじき機動力と反射神経。

 常識的には、体重が増えれば攻撃の威力は増すが、スピードは落ちる。筋肉より脂肪が多ければなおさらだ。肥満は肉の鎧の価値こそあるが、機動においてはマイナスしかない。特に瞬発力の減衰は著しい。

 そんな脂肪を貯め込んだ洋が、非常識な機敏さを発揮する。脂肪のハンデがない者を上回りさえする。単純な筋量差ではあり得ない現象だ。

 謎を解くきっかけは、片脚を失った後の洋の動きだった。

 《鮫貝》を回しながら近づく洋の体が、かすかに揺れている。

 これまでほぼ棒立ちであり、重心も安定していた洋のささいな変化を、烏京の眼は捉えていた。

 《オオカマス》の反動? 否。右手は止まって見える。揺れているのは、奇妙にも胴体だけだ。

 技は原因ではない。これまでも揺れていたものが、急に見え始めたのだ。 

 この揺れの意味は何か。はどこなのか。何故見え始めたのか?

 その答えは──だ。

 格闘技やヨガの奥義にありがちなオカルトではない。脚と胴体を繋ぐ骨盤、その中心にある仙骨を軸に、骨盤を回して原動力にしている。

 単純な回転ではない。おそらくは下肢の付け根にある二つの股関節を、交互に、自転車のペダルのように回し続けている。いわば《仙骨エンジン》とでも呼ぶべき代物だ。

 主力は大殿筋と腹直筋。背中に次いで筋量の多い部位である。あの分厚い脂肪の下に、高密度の筋肉が埋蔵されているとすれば、異常な高トルクも頷ける。

 そして洋は、この《仙骨エンジン》を常にさせている。

 体の振れはその顕れだ。これまで気付けなかったのは、膝と足首を巧みに使い、揺れを消していたから。体に触れれば、震動を感じ取れたはず。片足を潰され、揺れの制御が甘くなったのだ。

 《仙骨エンジン》の仮説は、異常な瞬発力も説明できる。いわば体内で助走をつけているのだ。

 クラッチを繋げば、即座に強烈な回転を技に付与する。弾を弾く《ウミボタル》の回転、予備動作なしで回転を上げる《オオカマス》がそれだ。原動力が同じなのだから、自然と攻防一体になる。

 《仙骨エンジン》こそが、洋の体技の根幹を成しているのだ。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の八




 

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