🔳┳術技・烏京【一幕】


松羽流の技名は、主に古語から。

奥義には「天狗」が用いられる傾向がある。


■《竈門打ち》(かまどうち)

・袋状の袖に手を隠しながらの印地打ち。

 起こりのない高速弾を、左右の手から連続で放つ。


 ──ゼロかよ。

 唇を舐め、洋は10メートル先で構える烏京を見た。

 黒衣の両袖は、ペリカンのような袋状だ。その大きな袖口を胸元に揃え、向かい合わせた構えである。不可視のボールを挟んだようにも見える。

 その袖口から、ノーモーションで礫が飛んでくる。

 動きはない。視線も、音も殺気もない。

 ここまでなら洋にも同様の技があるが、烏京はその上を行く。

 手元を完全に見せない──袖の中から投げているのだ。 

 膨らんだ袖は骨組フレームが入っているのか、投擲にも形を変えず、皺一つ生じない。袖口を飾る黒い薄布は握りを巧妙に隠匿し、さらには黒手袋で、手指を袖の闇に同化させるという念の入れようである。


 正面に立つ洋ですら、礫の出所が見えなかった。連弾の速度から見て、両手で打っているのは間違いないが、避けた石の角度から、ようやく左右を判別する始末だ。

 起こりがなければ、体感速度は倍化する。

 速い以上に疾い──その意味するところである。

「拳銃相手の方が、まだ気楽だぜ」

 思わず独りごちた。10メートルの距離が、まるで心許ない。

「──《竈門かまど打ち》」

 その不安を見透かすように、礫の連打が再び、洋を襲った。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の二


 《竈門打ち》の正体は、肘を固定した手投げである。

 手首と運指のみで、高精度の速射を実現する技量は超人的だが、威力までは補えていない。弾が砂利である限り、急所に当たろうとも効果は知れている。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の二


 ──《竈門かまど打ち》。

 起こりのない礫を連射する恐ろしい技だが、出所の両袖が近い。つまり二つの発射口を同時に視野に収められるという弱みがある。《海蛍》を使えば、見てから対処可能だとわかった。礫を掻い潜り接近できたのは、この気付きが大きい。

 とはいえ、これは礫の軽さあらばこそだ。大きな石や苦無くないが弾であれば、攻略の難度は跳ね上がるだろう。それほどまでにノーモーションは恐ろしい。烏京が奥の手を隠している可能性は、常に頭に置く必要がある。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の三


■《独楽打ち》(こまうち)

・走る勢いを回転に転じた、高威力の投擲。

 斜めの姿勢は回転によるジャイロ効果で維持され、反撃されにくい。

 逃走からの反撃の他、突撃からの使用も可能。


 縦長の長身が、突如、左に傾いだ。走る勢いそのままに、体が倒れ込む。

 長い両腕は泳ぎ、洋は一瞬、烏京が足を滑らせたのかと思った。

 そうではなかった。

 かしいだ状態から、烏京が反転したのだ。

 斜めに伸びた脚が錐揉みし、直線運動を円に変える。

 プロペラ状に振り回す両腕の遠心力で、斜めの角度を維持しながら。

 《アゴ打ち》を潜りかわすと同時に、地を掠めた右腕が跳ね上がる。

 放たれた飛礫は、かつてない唸りを上げた。

 逃走の勢いと遠心力を、ありったけ上乗せしたカウンターだ。

 《アゴ打ち》の引いた白線を、稲妻のように逆流する。

 凄まじい着弾音が、京都御苑を震わせた。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の二


 ──《独楽打ち》。 

 全力疾走から体を倒して回転し、その反動で礫を放つ。

 いかにも奇天烈な技だが、重心の配置、振り回す腕のバランス、つま先の運用など、精妙な技術の複合体だ。振り返りざまに礫を放つだけでも、常人には不可能に等しい。

 背丈に応じて難度が高まるはずだが、烏京の技は堂に入っていた。おそらくは磨きぬいた得意技、自分にとっての《海蛍》のような技に違いない。

 細身の長身が根元から傾くため、《アゴ》のような点の攻撃はまず当たらない。その体勢のまま両手を振り回して反転、背後の敵にカウンターの礫を放つ。不安定極まる姿勢ながら、狙いは精確。攻撃直後のを狙われるため、追う側の回避は困難。疾走と遠心力で威力を高めた礫が、敵の胸板を突き破り、絶命させる──《竈門打ち》とは違う、当たれば終わる技だ。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の三


■《独楽打ち・二連》(こまうち・にれん)

・《独楽打ち》の変化。左右の手で二発、礫を放つ。


 烏京の回転は止まらない。 

 迎撃を終え、遠ざかる左に代わり、渾身の右が立ち昇る。

 肩越しの裏拳バックブローから放たれる、遠心力のすい

「……《独楽打ち・二連》」

 闇を螺旋に引き裂いた魔弾が、洋の眉間を貫いた。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の四


■《袈裟打ち》(けさうち)

・身体を斜めに倒して攻撃を避けながら、下方向に手裏剣を打つ、攻防一体の技。


 長身を傾け、白線を躱す。右手が斜めに振り下ろされる。

「──《袈裟けさ打ち》」

 渾身の石手裏剣が、洋の膝に深々と突き立った。 

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の六


■《石火打ち》(せっかうち)

・松羽流の奥義。全身を弓に変え、死角からノーモーションの高速弾を放つ。

 不可避の神技だが、溜め時間、攻撃範囲が狭い、足が止まるなど、弱みも多い。

 

 右手に残った二投目ではない。降って来た一投目でもない。

 洋の最後の脚を奪った、第三の投擲。

 その正体は、背後に回していた左手だ。

 腰にあてがった左腕を固め、背中と一体化させる。

 腕と上半身で左手を加圧し、腰と下半身で左手を止める。

 拮抗による静止の中で、限界まで力を蓄え、鉄砲水のように放出する。

 松羽流秘伝の《奥義》。その名は──

「──《石火せっか打ち》」

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の九


 燐寸マッチを擦るように放つこの技は、《独楽打ち》に次ぐ威力と、《竈門打ち》の隠密性を併せ持つ。同種の技理は中国拳法にも存在する。

 洋より先に観衆が気付いたのも道理。右半身に構えた烏京と対峙すれば、左手は隠れて見えなくなる。前述した手品の原理と同じである。

 力の解放は一瞬で済むため、起こりはほぼゼロ。さらに右手の奇妙な動きで注意を逸らす念の入れようだ。

 死角で放たれ、意識外を飛び、銃弾並みの威力を持つ礫を防ぐ術が、果たしてあるだろうか。覚醒した《ウミホタル》すら、例外ではありえない。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の九



🔳神眼

・視力においては、比類なき才覚を持つ。


 ふくろうを思わせる仕草で、烏京が小首を傾げた。

 ここまで、何度か見た仕草だ。おそらくはあれで、後方の状況を把握している。

 反転して放つ《独楽打ち》の精度がその証拠だ。猛禽の視力と草食系の周辺視がなければ、あんな芸当はできない。死角はないと思うべきだろう。

 松羽 烏京の強みは、どうやらその目にあるらしい。

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の四


🔳その他の技


■軌道自在

「──オレは、どんな弾でも自在に曲げられる。

 加工を施せば、なおのこと万全にな」

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の五


■松脂の罠

「松羽は、序盤に《竈門打ち》を多用した。

 牽制と偵察が目的だと思っていたが、それだけではない。

 粘着質の松脂を用いた弾を、意図して周囲に撒いたのだ。

 魚々島が誤って踏めば、足裏に石が張り付き、運足が乱れる。

 一瞬だが、確実に隙を作る、文字通りのだ」  

                 ──【一幕】魚々島 洋 VS 松羽 烏京 其の六



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