第19話 苦悩(5日目)

 江角首相は深夜首相官邸の執務室でただひとり苦悩していた。房総半島の陸と海で同時進行している事件については、マスコミが気がつき始めていた。いつまでも秘密には出来ない。

 しかし、一連の事件がどのように繋がっているのかは未だ不明だった。発表の仕方によっては、国民にパニックを引き起こす。特に撃沈した潜水艦が中国のものだと日中の全面戦争から米国を巻き込んだ第三次世界大戦にエスカレートする可能性が高かった。米国が参戦すれば中国の友好国ロシアも動くに違いなかった。

 江角は核兵器による世界の終末の引き金を自ら引くことだけは避けたかった。米軍のアルビン号の現場到着は3日後なので、しんかい6500の方が先に探査に入れそうだった。今後の主導権を握るためにも何としても先に国籍を明らかにしたかった。江角は隣室で待機を命じていた国家安全保障を担当する中路首相補佐官を呼んだ。

「中路君、しんかい6500はいつ現場に到着出来る」

「相模湾での深海調査を中断して、現在、支援母船よこすかに回収したところと聞いています」「海洋研究開発機構のトップにはこれが最優先で最高機密案件であることは伝えてあるな」「もちろん伝えてあります」

「乗員の人選は済んでいるのか」「定員3名の内、パイロットが2名ですので、これは機構の最も優秀で秘密を厳守できる人間を選んでいます。あとひとりは海上自衛隊の潜水艦乗員を当てます」

「とにかく急いでくれ。我が国の国家存亡がかかっている」首相就任以来、ずっと仕えてきた中路もここまで悲壮な表情の江角首相を見たことがなかった。

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