#02 ~ ダンジョンはじめました

 この世界に、魔法は存在しない。

 祐真とフィノスが認識したその現実は正しい――いや、正しかった。


 その報が祐真にもたらされたのは、数日の後のこと。


 祐真はあの日の山、四門山よつかどやまの頂上に立っていた。

 頭を抱えながら。


「まさかこうなるとは……」


 祐真が魔法――『白芒ホワイトダウン』を使った跡地。

 そこに、ぽっかりと大きな穴が空いていた。


「まさか、ダンジョンが出来るとは――」


 あの呪いの塊みたいな狼がいた場所。祐真が魔法を、白芒ホワイトダウンをぶちかました跡地だ。

 といっても、あれは物理的な威力を持つ術ではない。よって、その威力で穴が空いたとは考え難い。


 ただ、である。

 魔法なんてものが存在しない世界で、上級魔法をぶっ放した場合……その残滓でダンジョンが突然変異的に発生したとしても、おかしくない……かもしれない。


(そんな話、聞いたこともないが?)


 絶対俺のせいじゃない、と言わんばかりにため息を吐く。

 誰のせいかはともかく……ダンジョンは現実として目の前にあるのだ。


『どうしますか?』


「とにかく入るしかないだろう」


 かくして、洞窟の中に足を踏み入れる。

 螺旋に続く階段を降りて……そして辿り着いたのは、円形にくりぬかれたような不思議な空間だ。

 不思議と暗さはなく、先に進むための扉もある。


 だが、予想外のものがあった。

 その中心に、まるで石碑のようなものが立っていたのだ。


「なんだありゃ?」


 ようなもの、というのは、その石碑には何も刻まれていなかったからだ。

 祐真の疑問にフィノスが首を傾げるのと、ほぼ同時。


 唐突に、その石碑に文字が浮かび上がった。


================

 ダンジョン初侵入ボーナス! あなたは、初めてダンジョンに侵入した人間のため、ボーナス報酬を獲得できます。

 以下からボーナスを選んでください!


 ・称号【未知への挑戦者】

 ・武器【黒刀】

 ・魔法【時空魔法Lv1】

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「ふむ、なるほど」


 祐真は一瞬、ぴくりと眉を上げて。

 そして、そのまま無視して通り過ぎた。


「ちょちょちょ、ちょっとまてーい!」


 祐真が扉に手をかける寸前、甲高い声が響く。

 だが振り向いても誰もいない。


「なんだ幻聴か」


「ちっがうわよ!! こっち、こっち!」


「――チッ」


 祐真は舌を打って、そしてため息を吐いてから、仕方ないというかのように目線を向けた。

 小人、といえばいいか。手でつかめるほどに小さい少女が、宙に浮いていた。

 その背中には虫を思わせるような羽があって、その姿はまさに、童話に語られる妖精そのものだ。


「ダンジョンピクシーが何の用だ?」


「え? あ、私のこと知ってるの? すっごーい――じゃなくて! なんで無視すんのよ! 初回ボーナスって言ってるじゃない!」


 さも『怒ってます』と言うかのように、ぶんぶん飛び回るピクシーを、祐真は半眼で見つめる。

 その視線に、彼女は「あっ」と大仰に口元に手を当てた。


「わーかった! 罠じゃないかって警戒してるのね!? 大丈夫! 正真正銘のマジ! 特にオススメなのは~、この三つ目の魔法ってやつでね~」


 薄い胸を張って、自慢するように解説をはじめたピクシーに、祐真はため息を吐いて……そして手を掲げた。

 音もなく、ピクシーの姿が掻き消える。かと思えば、消えたピクシーが祐真の手の中に出現していた。……その羽を、指で摘まれて。


 それはまさしく瞬間移動と呼べる現象。身を以てそれを体験したピクシーは、羽を掴まれた情けない状態のまま、おずおずと祐真の顔を見上げる。


「あ、あの……今のは?」


「お望みの時空魔法だが?」


「えっ、えっ……えぇぇぇぇぇぇ!?」


 甲高い絶叫が響く中で、祐真は冷ややかな目をそのピクシーに向け続けていた。


「……お前、ダンジョンマスターだな?」


「えっ、えと、その……」


「別に取って食おうってわけじゃないから素直に話せ」


「いやーでもその、まずは手を離してくれたなぁ~って思ったり……」


「今日はピクシー鍋にするかな。羽根が美味いんだ」


「サー! 自分はダンジョンマスターでありますサー!」


 よし、と祐真は頷いて羽を離す。

 かと思いきや、ピクシーは脱兎のごとく(?)空を飛翔した。一秒でもここにいるわけにはいかない、と言うかの如く、壁に向かって。


 ダンジョンマスターは、ダンジョン内を自由に行き来できる。

 力があればワープできるし、なくても壁だの障害物だのは全て無視しして進める。

 彼女が真っすぐ壁に突進したのはそういう理由だ。


「覚えてなさいよ! この借りはぜったーい返してやるんだから!」


 ピクシーにとって、羽を掴まれるのは最大の屈辱。

 このウラミ、はらさでおくべきか、と怒りをにじませ、壁を通り抜けようと――。


 ばちん、と。

 頭から壁に激突したピクシーは、哀れそのまま地上に落ちた。


「いったぁ――!? な、なんでぇ……!?」


「馬鹿かお前。時空魔法を使えるんだから、そんなもん封鎖するに決まってるだろうが」

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