第44話 かつての二人、その過去

 その男は、気付いた時からもう一人だった。

 母親はいたが、煙たがられてほとんどかまってもらえなくて。


 けど愛してはいたから、男は少年でありながらも必死に働いたのだ。


 母親が奔放に遊び歩く中、子どもが働く。

 まるで立場は逆転、周りからもいい目では見られなかっただろう。


 それでも男は気にも留めずに自分の心に従い続けた。

 それはきっと彼がその頃から常人を越えていたからなのかもしれない。


 そんな彼に転機が訪れる。

 母親が突如、失踪したのだ。


 男は母親の失踪した理由がわからなかった。

 きっとまた戻ってくると信じて疑わなかった。

 だからいつもと変わらず働き続けたものだ。


 すると彼が八歳になった時、己の力の一端を知る。

 魔術の才能がある事に気付いたのである。


 しかもその才能は誰もが目を見張るほどに高く強力無比。

 おまけに当人の知恵も非常に高かった事から、才能をめきめきと伸ばしていく。


 そうして気付けば、たった一〇歳で国家魔術師級の力を得ていた。


 その才能は誰しもが羨んだもので。

 しかし生まれが貧民、娼婦の子であったから高位職には就けない。

 そんな境遇に難癖を付ける者も後を絶たなかった。


 だがその中でも男は気にせず、働きながら力を伸ばし続けた。


 時には冒険者と共に戦い。

 時には兵士と共に戦場へ。

 年上に魔術を教える事だって。

 昼夜問わず、余念も抱かずに淡々とすべてをこなし続ける。


 そのおかげで一二歳となった時、男は冒険者ギルド最強の存在になっていた。


 もはや誰もが男を蔑みはしない。

 力こそ正義、実績こそ誇り。

 その二つを重ね揃えた男を卑下できるものなど誰一人としていなかったのだ。


 そんな男の名が知らしめられた時、世界はようやく彼を認識した。

 本来なら知るはずもなかったある者の耳にも届くほどに。


 ガウリヨン帝国皇帝である。


 その時、皇帝は密かにある人物を探していた。

 昔とある地へ遠征した際に抱いた娼婦と、その息子を。


 実は皇帝は当時、その娼婦に一目惚れしてしまっていたのだ。

 それでしばらく連れ歩き、妾にする事さえも考えていて。

 でもその想いも叶わず、身籠った彼女を手放さざるを得なかった。


 栄誉ある帝国の皇帝が娼婦をめとるのは恥だ、と諭された末に。


 そんな皇帝が遂に男の名を耳にする。

 その男の母親がどんな人物であったかも含めて。


 ゆえに皇帝は即座に男を帝国へと招待したのだ。

 表向きは最強の戦士を讃えるために、裏では息子であるかを確かめるために。


 皇帝の予想は見事に的中した。

 男は紛れもなく皇帝の息子だったのである。


 そこで皇帝は男に真実を明かし、親子として復縁した。

 ただし誰からも隠したまま、二人だけの秘密として。


 男も最初は耳を疑ったものだが、皇帝の優しさに触れられたから受け入れられたのだろう。

 その後二人は何度も会い続け、すぐにでも普通の家族同様に仲が良くなった。


 ただ、二人も暇だったという訳では無い。

 この時、世界では〝破界神〟という魔物の象徴的存在が猛威を奮っていたから。

 その脅威を払うためにと、男も皇帝も日夜戦い続けていたのである。


 そんなある日の事、皇帝は男に命じた。

 破界神を討滅するためにも、まずは魔術の真髄を得るべきなのだと。


 それで男は皇帝の命に従い、孤島に隠れていた妖精の国ペェルスタチアへと旅立つ。

 その末に妖精達とも懇意となり、おかげで古代魔術の封印も解けたのだ。


 そして男はその古代魔術を使い、世界中に聖護防壁を展開。

 またたく間に世界は平和を取り戻したのだった。


 だが男も皇帝もそれで留めつつもりなど毛頭ない。

 いっそ世界から脅威を根こそぎ取り払ってやろうと考えていたから。


 そこから二人の戦いは熾烈を極め、長い長い年月を費やす事となる。

 皇帝が年老おうともなお退かず、男を後ろから支え続けながら。

 世界もそれに呼応して支援したものだ。


 その激戦に次ぐ激戦の末、遂に男が破界神を討ち滅ぼした。

 今までに鍛え上げてきた力と魔術、その真髄を究極にまで昇華させた事で。


 こうして世界から魔物の数が減り、脅威と呼ばれる存在が皆無となった。

 あとはダンジョンをすべて潰せばいつか世界は完全に人の物となるだろう。


 そう思っていたのに。


 世界はもう今に満足してしまったのだ。

 これ以上何もする必要は無い、戦わなくて済むと。


 それどころか、「ダンジョンを根絶せねば真の平和は来ない」と吹聴する男を厄介に思うようになっていて。


 気付けば、今まで魔物に向けられていた怒りの矛先が男へと変わっていた。

 今の安寧を崩す者として、戦いを強要する者として。

 その末には強大な力をねたみ、疎ましいとさえ思うようになっていく。


 そんな悪感情が世界を包む。

 裏で寄生型魔物が暗躍している事にも気付かずに。

 いや、もしかしたら魔物の小さな声なんて本当は関係無かったのかもしれない。


 だからか、世界の流れは誰にも止められなかった。

 強権を持つ皇帝でさえも。

 彼には権力があったが、世界の民を抑え付ける力は無かったのだ。


 ゆえに皇帝は覚悟した。

 息子である男をその手に掛けねばならない時が来る事を。

 それで密かに男へと手紙を送り、今後の事を相談しようとしたものだ。


 ただその手紙も男の下に届く事は無かったが。


 そうしてすれ違い、誤解が生まれ、無用な怨みがまた世界を包んだ。

 男を処刑しろという声が上がると共に。


 だから皇帝はあえて悪人を演じる事を決めたのだ。

 最後の最後まで諦めず、男が苦難を乗り越えて生き続けてくれる事を信じて。

 

 そのような幾多の想いを巡らせながら皇帝は男を断罪した。

 男を想っての行いをただただ信じ続けるままに。




 いつか息子がまた帰って来て、昔のような笑顔を見せてくれるだろうと願って。




 そして皇帝のその願いはやっと叶った。

 惜しむらくは、その笑顔を直接見られなかった事だろうか。

 けれど想いは届いたから、きっと満足だったに違いない。


 父との再会を果たせた男もまた同様にして。


 こうしてやっと世界は巡り始めた。

 男と皇帝がいつか願った正しい形へと姿を変えながら。

 二人のすれ違いが生んだ停滞は、今ようやく終わりを告げたのである。

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