人に育てられた死神

夜桜くらは

第1話 助産師と妊婦

 あるところに、とても腕のたつ助産師が住んでいました。その助産師の名はモニカといいました。

 モニカの手にかかればどんな難産もたちまち解決です。

 モニカは毎日たくさんの赤ん坊を取り上げて、村中の人から頼りにされていました。


 そのため、彼女の元にはひっきりなしにお産の依頼が舞い込んできます。

 ある時は村一番の金持ちの奥様から、また別の時には貧しい家の奥さんから、そして時には生娘きむすめからさえも……。

 しかし、どんなに忙しくても、モニカは決して手を抜くことはありませんでした。


「ほら、元気な男の子ですよ」


 彼女は取り上げたばかりの赤子を母親に手渡します。

 すると母親は涙を流しながら我が子を強く抱きしめるのです。

 そんな光景を見ると、モニカはとても幸せな気持ちになりました。


「さあ、次の方どうぞ!」


 こうして、今日もまた、いつものように一日が始まりました。


◆◆◆


 そんなある日のことです。

 忙しさも一段落し、少し散歩でもしようと家を出たモニカの目に、一人の女性の姿が映りました。


 全身をすっぽりと覆う真っ黒なローブに身を包んだ女性でした。

 フードのせいで顔はよく見えませんでしたが、そのお腹は大きく膨らんでいます。

 妊婦であることは明らかでした。

 こんな森の中まで一人でやって来るなんて、一体どうしたのでしょうか? 普通なら誰か付き添いがいるはずなのですが……。

 不思議に思ったモニカは、彼女に話しかけることにしました。


「あの……どうかなさいましたか?」


 すると、女性はビクリと身体を震わせました。

 まるで怯えているようです。


「ああ、驚かせてすみません。私はこの近くに住んでいる者です。もしよろしかったら、事情をお聞かせ願えませんか?」


「…………」


「大丈夫ですよ。私は決してあなたに危害を加えたりはいたしません。だから安心して……」


 そこまで言ったところで、モニカは言葉を失いました。

 なぜなら、その女性が杖代わりに持っていた物を見てしまったからです。

 それは杖などではなく、先に刃の付いた大鎌だったのです。

 モニカは、それを見て村人たちが噂していたことを思い出さずにはいられませんでした。


 ──『この森には死神が出るらしい』


 まさかとは思いましたが、目の前にいる女性の姿を見る限り、その噂は真実なのかもしれません。だとしたら、早くここを離れた方がいいでしょう。

 そう判断したモニカはすぐにきびすを返そうとしました。

 しかし、女性が急に苦しそうな声を上げたため、思わず足を止めてしまいました。

 見ると、女性は顔を青くしながら何かに耐えています。


「だ、大丈夫ですか!?」


「うぅっ……」


 どうやら陣痛が始まったようです。

 モニカは急いで彼女の元へ駆け寄ります。先程までの恐怖心はもうどこかへ消え去っていました。


「しっかり! 今すぐ私の家に運びますからね!」


 そう言うと、モニカは自分の肩に女性の手を置かせ、腰を支えながら歩き始めました。


◆◆◆


 家に着いてからの彼女の行動は迅速じんそくかつ的確なものでした。

 すぐにベッドを用意してそこに彼女を寝かせると、すぐさま分娩ぶんべんの準備に取りかかります。

 その間、女性は荒い呼吸を繰り返していました。

 額からは汗が流れ落ちており、相当な痛みを感じていることが分かります。


(これは……かなり難産になるかもしれないわ)


 そう考えたモニカは、気を引き締め直します。


「もう少しよ、頑張って!」


 彼女は必死に声をかけ続けました。

 そして―――ついにその時が訪れました。


「オギャアァッ!!」


 大きな泣き声と共に、小さな命が生まれ落ちたのです。

 生まれたばかりの赤ん坊は小さく縮こまって震えていました。

 短いですが、母親譲りの黒髪が綺麗な男の子です。


「よく頑張りましたね」


 モニカは優しく微笑みながら母親の方を向きました。

 すると母親は、疲れ切った表情を浮かべながらも、しっかりと我が子の姿を見ていました。その目からは涙が溢れ出しています。

 彼女は我が子を強く抱きしめると、何度も感謝の言葉を口にしました。

 その姿を見たモニカもまた、嬉し涙を流しました。

 彼女が死神であろうと何だろうと構いません。こうして、新たな生命が生まれたことに変わりはないのですから。


◆◆◆


 それからしばらくして、母親は落ち着きを取り戻しました。彼女の名はライラというそうでした。

 そこでモニカは、ずっと気になっていたことを尋ねます。


「どうして一人でこんなところまで来たんですか?」


 するとライラは申し訳なさそうに答えました。

 実は彼女は重い病をわずらっており、余命いくばくもない状態だったのです。

 そのため、彼女は最後の望みをかけてここまでやって来たのだと言います。

 愛する我が子を産むために……。


 モニカはそれを聞いて悲しくなりました。

 こうして子どもを産んだのに、母親が亡くなってしまったらその子はどうなるのでしょうか? きっと悲しい思いをするはずです。

 モニカは何とかしてあげたいと思いましたが、残念ながら自分には何もできませんでした。

 すると、ライラはこう言いました。


「お願いです。どうかこの子を私の分まで愛してください。幸せにしてあげてください。それができるのはあなただけなの……」


 そう言って、ライラは目を閉じました。どうやら眠ってしまったようです。

 無理もありません。出産というのはそれだけ体力を消耗するものなのです。


「わかりました。あなたの願い、私が責任を持って引き受けましょう。だから安心して休んでください」


 モニカはそっとささやきかけました。

 その言葉が聞こえたのか、ライラは口元に笑みを浮かべました。


「ありがとう……」


 やがて、その口からかすかな声が漏れました。


「お休みなさい」


 モニカは優しい声で告げました。

 そしてライラは――静かに息を引き取りました。

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