星河の覇皇

坂田火魯志

プロローグ一

                    プロローグ

 人類が宇宙に旅立つのは予想されていたよりも早いものとなった。

 コンピューター技術の画期的な進歩が宇宙船等にも応用されたのである。これにより飛躍的な進歩を遂げた宇宙技術はその速度を速めていった。

 まず人類は月を開発した。月はその予想通り資源の宝庫であった。これによりエネルギー問題は大きく変わることとなった。

 資源の枯渇という問題ではない。その取り合いである。これには人類全体の利害、そして生存がかかっていたのである。

 とりわけアメリカ、中国、日本等環太平洋諸国と欧州の対立は激しかった。その膨大な人口を背景に多くの取り分を主張する環太平洋諸国に対し欧州側は先に領土とした権利を主張して互いに譲らなかった。

 しかしこれを調停したのはロシアとインドであった。彼等は太平洋側につきその有利になるように調停を行なった。欧州側はこれに対し強い不満を露わにしたが太平洋側の圧倒的な力と自分達が必要な取り分は確保出来たことにより引き下がった。この調停は『シンガポール条約』と呼ばれる。

 よりによって環太平洋諸国の本拠地で結ばれたことがこの条約の性質を物語っていると言えよう。しかもこの条約はそれからの人類の宇宙進出に大きな影響を与えた。

 この条約を太平洋側に有利に進めたことによりロシアは環太平洋諸国の中で大きな発言権を持つようになった。それまで日米中三国と比べいささか弱い立場にあったがその三国を調停する役割を担うようになったのである。

 これは米中の専横を警戒するASEAN諸国や日本の支持もあった。その日本にとってもロシアは厄介な相手であったが北方領土問題の解決が彼等の関係を修復させた。ロシアにとっても今更北方領土など大した問題ではなくなっていたのだ。時代は宇宙へ向けて大きく歩もうとしていたのだから。

 これに中南米諸国も参加した。オセアニアはその盟主的存在であるオーストラリアとニュージーランドが既に環太平洋諸国の重要な一員であるから問題はなかった。韓国やモンゴル、メキシコ、カリブ海諸国等も参加した。後にはロシアの周辺諸国やEUの一員であったトルコも参加した。彼等はその圧倒的な人口と力を使い宇宙進出を積極的に広めていった。既に宇宙進出のノウハウを多く持っていたことも大きかった。

 インドは彼等に加わらなかった。そのあまりにも独特な文明風土が環太平洋諸国ともロシアとも合わなかったせいであるが彼等は独自路線を歩むことにした。これはアメリカや中国とそりが合わなかったことも大きくいまだに彼等とは疎遠であった。

 しかし日本とは友好関係を結びその技術で宇宙に進出していった。

 それを横目で歯噛みしつつ見ていたのが欧州諸国であった。月での資源獲得に敗れた彼等は人口や技術においても大きく遅れをとっていた。元々コンピューター技術においても遅れていたこともあり彼等の宇宙進出は太平洋諸国の後塵を帰する形となた。かつてのEUの面影は何処にもなく欧州は再び人類世界の辺境に甘んじることになるかと思われた。

 だがそこで彼等に幸運が訪れる。新たな指導者の誕生である。

 ハインリッヒ=フォン=ブラウベルク。オーストリアに生まれた公爵家を先祖に持つこの男は欧州議会の第一野党である革新政党から欧州議会の議員に立候補した。引き締まった長身、豊かな金髪、青く強い光を放つ瞳、そしてギリシア彫刻のような美貌を持つ二十五歳のこの若者はその弁舌でも欧州の市民達を魅了した。

 彼は議会に入るとまず演説を行なった。歴史に名高い『復活祭の演説』である。この当時欧州議会は復活祭に開始されることとなっていた。当時の欧州の宗教はギリシアや北欧の神々が復権しカトリックと融合しているものが主流であったのだ。古の神々の復権は十九世紀には既に見られていたがそれが現実のものとなるのに更に数百年必要であったのだ。

 この演説は閉塞状況にあった欧州の人々を熱狂させた。革新政党のリーダー達もそれに賛同し彼は忽ちその政党の若きリーダーとなった。

 ブラウベルクはその政策を次々と発表させた。宇宙への積極的な進出、科学者及び技術者の保護、教育の再編成、労働者達の権利保護。そのいずれも宇宙進出に絡めたものであった。

 すぐに与党の中にも彼に賛同する勢力が現われた。彼等は党を出て野党に合流した。これにより議会における勢力関係は一変した。

 そして議会は解散となった。それに伴う選挙により革新政党は圧倒的な勝利を収めた。彼は欧州議会に欧州議会議長、すなわち欧州のリーダーに選ばれた。

 彼は自らの政策を通していった。これにより欧州はその力を取り戻した。そして欧州も宇宙に大きく進出することとなった。

 これを面白く思わない勢力もある。環太平洋諸国だ。とりわけアメリカ、中国、ロシアといった面々は不快に思った。

 まず刺客を送った。だがそれは失敗した。しかも彼等の行動が明るみにされた。三国の諜報機関は批判の嵐に曝されその名声は地に落ちた。

 これで暫く大人しくしていたがその間にも欧州の進出は活発になる。だが今のところは何も出来なかった。暗殺事件の発覚により失脚した対欧州強硬派に替わり太平洋議会の主流になった穏健派にとってもブラウベルクは意識しなくてはならない存在であったからだ。

 しかし経済制裁も効果が期待出来なかった。彼等は既に独自の経済基盤を持っていたからだ。資源も手にしていた。

 彼等はシンガポール条約をたてにすることにした。それにより宇宙進出のいい部分は独占することにした。戦争を売ろうにも先に手を出したのがこっちであるとわかった以上支持者も期待出来なかったからだ。しかも太平洋諸国は諸国で問題を抱えていた。

 彼等の特徴は多くの参加国である。だがそれはかえって弱点ともなっていた。強力なリーダーシップを取る存在がいないのである。

 日米中露四ヶ国がそのリーダーである。だがそのリーダー間での衝突がことあるごとに起こるのだ。しかもそれに他の参加国も加わる。とにかく話が進みにくかった。

 これは利権争いもあった。彼等は決して一枚板ではなくそれが為に欧州に対して確固たる行動がとれなかった。

 それはブラウベルクもよく認識していた。彼は行った。

「船頭多くして船進まずとは彼等のことを言うのだな」

 と。わざわざ中国の諺を持ち出したのは彼一流の皮肉に富んだ言葉であった。

 だがその力の差は変わりがなかった。彼もシンガポール条約は何とかしたかったがどうにもならなかった。どうにかする為には戦争でもするしかない。しかしそれは出来ない。

 戦争になれば流石に彼等も団結する。そうなればこちらが負ける。彼は欧州の勢力を確立させることにした。

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