第7話:バンライフ(車中泊生活)の入浴

「お風呂って公園で水浴びとか……」


「そんな訳ないでしょ。今日は 温泉に行きます」


「ええっ⁉ 温泉ですか⁉」


「そ。市内の温泉です」


 ショッピングモールでの買い物を終えて俺達は再び車に戻ってきた。


「なんかガツさんって『今日は』って多いですね。毎日 違うみたいな言い方ですね」


「ああ、バンライフは毎日がトラブルの連続だよ。なにしろ毎日違う場所に移動するんだからね」


「それって大変じゃないですか?」


「そうだね、大変と言えば大変だけど、それは考え方じゃないかな。楽しいと思えば毎日新鮮で楽しいよ」


 JKが理解したいけど理解できないという少し複雑な顔をした。


 俺はつい笑みがこぼれてしまった。別にバカにしたわけじゃない。なんとか理解しようとしてくれた点でこの子は良い子だなと思ってしまったからだ。


 ◇

 俺とJKは下着とタオルを持って市内のスーパー銭湯に訪れた。かなり大きくて、複数の源泉からお湯を運搬しているらしい。1か所で九州の色々な温泉が楽しめるのはありがたい。


サウナもあるし、ジャグジーもある、電気風呂だってあるのだ。休憩室も広くてゆっくりくつろげる。


「ここですか?」


「そ。俺の温泉。じゃあ、これ」


 JKは俺が渡したものを受け取った。


「これは?」


「回数券だよ。ここの」


「回数券」


「受付で渡せば好きな風呂に入り放題だから」


「え? そんなに色々あるんですか?」


「そ。源泉から持ってきたお湯らしいけど、由布院とか別府とか黒川温泉とか。電気風呂とかジャグジー、サウナもあるよ」


「すごい!」


「中には休憩室もあるし、俺が先だったら寛いでるから自分のペースでゆっくり楽しんできていいよ」


「は、はい! ありがとうございます!」


 ◇

 風呂は俺の楽しみの一つだ。ここは1回の入浴料730円で、回数券が10回分で6,500円。つまり、1回650円。娯楽込みで考えたら安いもんだ。


 俺は頭を洗って、次に身体を洗うと泡を流して湯船に浸かった。


「あ゛〜〜〜〜〜〜〜っ」


 自然に声が出るのは日本人だからかなぁ。


 こんな時も俺はマンガのネタにならないか考えている。日常系のマンガは特に大きな事件は起きない。


 でも、だからこそ何かないと読んでいる人はつまらない。


 今日の場合、せっかくJKと一緒に風呂に来たのに中に入れば別々だわぁって自虐にも似た話を描けば1話できそうだ。


 俺が風呂を楽しんでいるシーンなんて需要はないだろうから、回想シーンのバックはJKの入浴シーンを想像して描くのがいいだろう。表紙絵もJKにすれば間違いなくそっちの方がダウンロード数が伸びそうだ。


 でも、待てよ。


 万が一、俺とJKが一緒にいることがSNSとかで炎上したらモデルがあの子だってバレるな。一応、許可を取っておくか。


 ◇

 俺は一通り風呂を楽しんだら休憩室に移動した。


 休憩室は言ってみれば大部屋で旅館の宴会場に似ている。


 軽く100人は入るであろう畳敷きの大部屋に4人用のローテーブルがたくさん置いてある。


 風呂を上がった人がご飯や酒を楽しめるようになっているのだ。


 室内を見ると既にJKは座って待っていた。


 風呂上がりの女の子というのはどうしてこうエロいのか。ある程度乾かしたのだろうけど、まだ乾ききっていない髪。


 上気して桜色の肌。さっきまで見ていたダサいTシャツにズボンなのに、なんかすごく目を惹く。相手は子供なのにどうも俺は欲求不満らしい。


 女の方が風呂は長いものだと思いこんでいたので待たせてしまったことでも小さな罪悪感が湧いてきた。


「すまん。先だったか。これ」


「え? なんですか?」


 俺が小銭を握ってグーのまま手を出すと、中身が見えなくても受け取るように掌を出すJK。疑うことを知らないというか、素直というか……。


「飲み物、なんか飲みたいだろ?」


「え? 飲み物だったらさっきそこの水を……」


 確かに水分補給用に無料のウォーターディスペンサーは置いてある。ただ、味気ない。


「水もいいけど、そこの自販機で好きなもの買ってきていいよ」


「ありがとうございます!」


 JKは俺から受け取った小銭を持って自販機に飲み物を買いに行った。


 本当だったら俺もビールを飲みたいところだけど、この後も運転があるのでそうもいかない。


 これもバンライフのデメリットみたいに考えがちだけど、スーパー銭湯がよっぽど家の近くにない限りアパートやマンション暮らしでも条件は同じだ。


 風呂上がりは気分だけでもと思ってアルコールフリーのビール的な物を飲むようにしている。


 ここは快適だ。ご飯も食べられるし、酒(ノンアルコール含む)も飲める。しかも、風呂にも入れる。できればここで仕事をしたいくらいだけど、ここには電源とWi-Fiがないのだ。


 俺みたいにテレワーク的な仕事をする場合、電源とWi-Fiがあることは必須条件と言える。


 飲食店とかのクーポンサイトとか見ても、電源が借りれるかとかWi-Fiはあるかとか、もっと言うとWi-Fiの速さとかの情報はほとんどない。


 ネットの個人のブログ情報とか、実際に行ってみて経験するしか分からないのだ。


 まあ、全てが一か所で揃ってしまうと俺みたいなものぐさは1か所から動かない気がする。考え方によっては今の方がベターかな。


 そんなことを考えていたらJKが にこにこしながら戻ってきた。そして、4人がけのローテーブルの向かいにちょこんと座った。


「これありがとうございます」


 そう言って顔の横にペットボトルのジュースを掲げた。ファンタを選んだみたいだ。これがCMだったらその商品を思わず買ってしまうくらい可愛かった。こういう普通の仕草が可愛いとか反則だろ。


 俺は無言で右手をちょいとあげて「どういたしまして」を伝えた。


「あと、これ」


 そう言ってJKが握った手を差し出してきた。俺も掌で受けるように手を出した。


「おつりです」


 JKが掌を開くと小銭が俺の手のひらに戻ってきた。200円渡したし、飲み物が多分160円だからお釣りは40円。律儀というか……。受け取ってしまったから返してもらうしかない。


「これくらい良かったのに」


「ごちそうして頂いたらお礼を言うのは常識で、お釣りは返すのが常識です」


 世間を知らない箱入りのお嬢様が常識を語るのがちょっと面白かった。


 同時に若さを感じたし、可愛さも感じた。


 ちょうどその時、俺が注文したノンアルコールビールが届いた。一応ジョッキに入っているので雰囲気だけはビールだ。


「カンパイしませんか?」


「え? 乾杯? いいけど? なにに乾杯?」


「え? なににって……温泉に?」


 疑問形で来た。


「じゃあ、温泉に!」


「「カンパイ!」」


 ビールジョッキとペットボトルの乾杯なので音は「カキーン」ではなく、「ボフッ」だった。非常に締まらない音だ。


「ガツさんはいつもここでお風呂に入っているんですか?」


「いや、ここは週一くらいかな。快適だし寛げる分、割高だからね」


「じゃあ、やっぱり普段は公園で……」


 この子はどうしても俺を公園で水浴びさせないと気が済まないらしいな。


「えーっと、これだよ」


 俺はポケットからカードを取り出した。


「これは……ジムの会員証?」


「そ。しかも上級会員」


「え? ガツさんジムに通ってるんですか!?」


 腹を見て驚くのをやめてほしい。


「あ、失礼しました」


 俺の視線に気づいたらしくJKが謝った。それはそれで失礼では!?


「最近、24時間のジムがあるじゃない?」


「はい、そう言われればそうですね」


「会員になれば24時間利用できるよね」


「そうらしいですね」


「ジムで動いた後にはシャワーが使えるだろ?」


「え!? まさか」


「気付いた? 上級会員になると全国の同じチェーンのジムの好きな所が使えるんだよ」


「シャワーのためにジムの会員になってるんですか!?」


 JKがちょっと呆れているようだ。


「月一万円で全国どこでもシャワーが使えるんだよ? 銭湯行くよりお得でしょ?」


「月一万円ってことは、一日333円!」


 計算速いな。


「ここの大体半額だよ」


「はー、そのアイデアがすごいです!」


「まあ、バンライフはアイデアも必要だしね。でも毎日が新鮮だからマンガには向いてるだろ?」


「前向きですね」


「そうかな」


「あの……バンライフってお金いくらくらい必要なんですか?」


「生活費ってこと? そうだなぁ、人によるとは思うけど、俺の場合月に10万円くらいかな」


「え⁉ ガツさん人の2倍くらい稼いでるって言ってませんでしたか?」


「まあね。ちょっと金が必要でね」


「……借金とか……ですか?」


「まあ、借金かな。マンションの支払いがあるしね」


「え⁉ バンライフなのにマンションをローンで買ったんですか⁉」


「んーーーーー。そうだね。家を持たない俺が家の借金を払ってるってのは奇妙かな。人には色々事情があるんだよ」


「事情……」


「そ。家庭の事情」


「家庭って、ガツさん一人じゃないですか」


「まあ……な」


 たしかに誰かと一緒にくつろぎの時間を過ごすのはどれくらいぶりだろう。こんな時間は俺にはもう二度と訪れないと思っていたのにな。そう思う俺だった。今日のノンアルコールはビールみたいに苦かった。

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