第5話:バンライフ(車中泊生活)のゴミ問題

 じゃあ、と 気を取り直して買い物に戻る。


「まずは、野菜だな」


「はい!」


 いい返事でJKが付いてくる。こんなに可愛いJKが横に付いているというのは なぜだか誇らしい気持ちが芽生えている。


 あ、これはあれだ。キャバクラとかで同伴出勤とか休日デートしてる おっさんの気分だ、きっと。


 ああ、そりゃあ高い金 出してまでのめり込むはずだ。


 これは俺にとって「要らないもの」だな。


 バンライフを始めてから持てるものに制限ができた。車に積める物には限りがあるからだ。無意識に俺の中には断捨離の精神が根付いていて、「要るもの」と「要らないもの」に分ける様になっていた。


 例えば、コーヒーメーカーとかミキサーとか、深夜のテレビショッピングとかで見たら以前の俺なら買っていたかもしれない。夜中で酔っぱらっていて判断が鈍くなっていたとはいえ「要るもの」と判断しただろう。


 でも、買ってもいいとこ数回しか使わない。こういったものは俺の中では「要らないもの」のカテゴリーに入るようになった。


 俺にとってJKは「要らないもの」のカテゴリーだ。彼女にかかわってはいけない。そこそこに諦めてもらって一人の生活を取り戻さなければならない。俺は誰かと一緒にいていい人間じゃないのだから。


 幸子や杏子のように俺にかかわったばっかりに不幸になる人間をこれ以上増やすことはできない。


「野菜っていっぱい種類があるんですね」


 JKが野菜売り場を見渡して言った。この子はどこか外国か異世界から来た子なのか。ここは普通のスーパーの普通の野菜売り場だ。それを見て驚くなんて。


「野菜売り場も初めてか?」


「きっ、来たことあります!」


 JKがズボンの腿の辺りを握りしめて言った。絶対嘘だ。


「いいんだよ。俺も高校生の時なんかスーパーにはお菓子を買いに来たことくらいしかなかったし」


「そっ、そうですか。私は野菜売り場にも来てますけどねっ」


 顔に赤くて ぶっとい字で「嘘」と書かれているのだけど、鏡でも持って来て本人に見せてやろうか。


 そのあからさまな嘘も俺には可愛く思えた。もしかしたら、彼女と俺の年齢差が大きいからかな。


 俺は彼女を「こちら側」に置いていない。大丈夫だ。俺はもう誰も「こちら側」には入れないのだから。


「野菜はこれを買う」


 俺はカット野菜の袋を取って見せた。


「鍋用」と書かれていて、袋の中にはキャベツ、白菜、ニンジンやもやしなどがカットされた状態で入っている。


 俺からカット野菜の袋を受け取ると、JKはまじまじと見ていた。


「普通、カット野菜って産地が分からなくなるから中国産とかが多いんだよ」


「え? そうなんですか?」


「野菜ってのは日本の法律で名称と原産地を表示する義務があるんだ」


 そう言うと、JKは近くに並んだ野菜を見る。そこには「福岡産たまねぎ」とか「熊本産ジャガイモ」など俺が言った通りのルールでの表示が並ぶ。


「ホントだ」


「目から鱗」って表情はこんな表情なんだろうな。ちょっと俺のことを羨望の眼差して見てるけど、俺はその法律に全く無関係だからな。


「こういったカット野菜って2種類以上入ってると『加工食品』になるんだよ。材料だとしても『加工食品』。加工食品はこの法律から外れる」


「つまり、中国産でも表示しなくていいってことですか⁉」


「その通り」


 世間知らずなだけで頭は良いみたいだな。


「まあ、この店はカット野菜でも自主的にそれぞれの野菜の産地が記載されてる。全部日本国内だし、九州内のものばかりみたいだ」


「ホントです」


 袋の裏をまじまじとみるJK。


「まあ、中国産の全部が全部悪いとは言い切れないけど、良い物と悪い物の判断が付かないから俺はできるだけ避けるようにしてる」


「へー」


「あと、バンライフにおいては、カット野菜を買うとゴミが少なくなる。生ゴミはできるだけ出したくないしな。夏とか虫が湧くし」


「うわっ」


 そう、バンライフで意外と困るのがゴミ問題だ。アパートやマンションに住んでいたらゴミ出し場が必ずあるだろう。地域に税金を納めているのだから、ゴミ収集車が来ても行政のサービスを胸を張って利用して良いと思う。


 バンライフだとどこにでも行ける。税金は納めてるけど、納めている地域と違う場所だとゴミは出しにくい。しかも、地域ごとにゴミ袋が違う。中々出せないので車に溜めておくことになり、夏場だと臭いがしてきたり、小さい虫が飛ぶようになる。


「今日はJKがいるし、奮発して肉も多めにしとくか」


「お金大丈夫なんですか?」


「バカ、俺は稼ぎだけなら普通のサラリーマンの倍くらい稼いでるんだぞ」


「え? そうなんですか?」


「まあ、2つも3つも仕事してるからな」


「すごいです。ごちそうになります!」


「ああ、だから遠慮すんな」


 俺は豚肉を選んだ。肉類も普通は白いトレイに載せられて、さらに透明なラップでパッケージされて売られている。


 最近ではゴミが少なくなるようにトレイなしの透明な袋に入って物が売られている店もある。俺も積極的にそちらを買っている。別に安い訳じゃないけど、ゴミが減るからだ。


 無駄なものを積んで走ればそれだけガソリンも必要になる。その分、金を使うから稼がないといけなくなるんだ。無駄は極力なくせば人は段々解放されていくのではないだろうか。


 そして、俺はその究極を突き詰めている最中……ってところだろうか。それなのに、JKは「要らないもの」のカテゴリーなのに乗せてしまったのはなぜだろう。しかも、俺は彼女に夕飯を振舞おうとまでしているのだ。


 自分の中の矛盾を飲みこみ切れずにいた。

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