第14話 迷宮温泉と部屋
風呂も他の寮だと共同浴場らしいが、ここは家族風呂っぽい小さな部屋が幾つか並んでいる。
空いていた一つの札を「入浴中」にして、鍵を掛ける。
バスタオルとタオル、替えの肌着と寝巻をアイテムボックスから出して、籠に置く。
鈴鹿のは本人がお気に入りの熊模様だ。
寝巻は熊耳のフードも付いていて、まるでピンクの子熊みたいになる。
ぽんぽんと服を放り投げて、ぴたっと動きが止まるとくるりとこちらを向く鈴鹿。
「の、のう、ぬし殿?」
「どうした?」
「支えてくれないと脱げないのじゃ」
「あー、はいはい」
鈴鹿の脇に手を入れて体を支えると、よっこらせと掛け声をかけながら肌着を脱ぐ。
どうも未だに西洋風の肌着には慣れていないらしく、必ず着替えの時には手伝いをして欲しがるのだ。
「ありがとなのじゃ~」
ニパっと笑うと、テテテと風呂へと走って行く。
「ちゃんと体を洗うんだぞ」
「分かっておる~」
紅葉のような手でお湯の温度を確かめ、かけ湯をして体を洗い、浴槽に浸かって「ほぅ」と息が漏れたのが聞こえる。
「良いお湯じゃ~」
その間に、鈴鹿の脱いだ服を畳んでまとめ、自分も服を脱ぐと浴室に向かった。
学内の全部のお風呂は温泉を引いていて、泉質はごく当たり前のアルカリ性単純温泉だが、迷宮の一つから湧き出ているので魔力や霊力が籠っているのではとの噂がある。
確かに、初めての迷宮で緊張していたのか、意識していなかったが全身に疲れがまとわりついている。
それが一気に癒されるようだ。
「ぶはーーーー」
「ぬし殿、親父くさいのじゃ」
しまった、気持ちよさに思わず息を吐いたら、ジト目で見られた。
「それより頭を洗って欲しいのじゃ」
鈴鹿が鏡の前の椅子に座って催促している。
「ははっ、姫君仰せのままに」
「うむ、くるしゅうないぞ」
ぎゅっと目をつぶる鈴鹿にシャワーの温度を手首で確認してから、ぬるま湯でゆっくりと髪を濡らし、丁寧にブラッシング。
次にさっきアイテムボックスから取り出して洗面器に入れておいたシャンプーを手にして、軽く泡立てる。
頭皮のマッサージをしながら、髪全体を優しく洗って、丁寧にシャンプーを洗い流す。
くすぐったがってもじもじするが、耳の後ろは特にきちんと洗わないとな。
最後は『ママ』特製のコンディショナーを髪に優しく付けて、ゆっくりと全体に伸ばしていく。
もう一度軽く流して、タオルを頭に巻いてこれで完成。
ふはははは、これぞ鈴鹿頭洗いマイスターたる腕前なるぞ。
最後に別なタオルで顔を優しく拭くと、そーっと目を開けた。
「もう終わりかや?」
「終わったぞ」
「ありがとなのじゃーー」
鼻歌を奏でながら体を洗う鈴鹿。
手が吸い付くように柔らかでしっとりとして抜けるように色が白くきめの細かい背中を、そーっと優しく洗い流す。
時々くすぐったいのか、鼻歌が途切れて笑い声が響く。
僅かにピンク色に染まった肌にシャワーの湯を掛けて、ボディソープの泡を洗い流す。
「よし、綺麗になった。じゃあしっかり温まるんだぞ」
「分かってるのじゃ」
鈴鹿がお湯につかっている間に、自分も洗う。
その後に、もう一度ゆっくりと湯船に浸かる。
鈴鹿がこちらの膝の上に登ってきたので、抱きかかえて座らせてやる。
だが、直ぐに疲れていたのか、湯船の中でウトウトし始めた。
「ほら、上がるよ」
「うにゅー」
眠くてムニムニしている鈴鹿の手を引っ張って脱衣所に戻り、これも家から持ってきたドライヤーで軽く髪を乾かす。
今日も完璧な仕上がりだ!
でも完全に鈴鹿が寝落ちしてしまったので、お姫様抱っこで家族風呂から出ると、札を「空き」にして部屋に戻る。
幸い101号室なので階段を上る必要はない。
食堂や風呂と同じフロアの反対側の端っこだ。
鈴鹿を起こさない様に注意をして静かに部屋の鍵を開け、そっとベッドに鈴鹿を寝かせる。
寮の部屋は二人部屋で、入り口横にミニキッチンと冷蔵庫があり、反対側にはトイレとシャワールーム、奥は左右にクローゼット、ベッド、机が並んでいて、真ん中がカーテンで仕切れるようになっている、割と普通の造りだ。
ただ、武器や防具を置くための厳重なロッカーがあるのが、一般の学生寮とは違うというのを漂わせている。
マジックバッグから鈴鹿お気に入りのクマさんぬいぐるみも出して、隣に置いておく。
無意識にクマを抱き寄せる鈴鹿。
よしよし、まだ寝るのには早いし、今のうちに片付けをやっておくか。
最寄駅からの送迎バスは特定曜日しか走っていないので、昨日の夕方に到着してから、まだ何も準備していないんだ。
持ち込んだ荷物は、当面の着替えと生活用品、参考書だけしか入っていない。
他に必要な物や、重要そうな物、鈴鹿のお菓子とかは全部マジックバッグに入れておいた。
鈴鹿も手首に付けた組紐がマジックバッグになっているが、入っているのはおやつぐらいで、大体はこっちが持っている。
さっき使ったバスタオルやタオルを干して、制服をハンガーに掛けてブラシで汚れを払っておく。
靴も多少汚れたから、後で拭いておかないとな。
壁際にある机の間に本棚があるから、教科書類と家から送った荷物に入れておいた辞書、参考書、数冊の趣味の本を並べる。
鈴鹿の棚には同じように教科書とぬいぐるみを置く。
明日の時間割を見て、鈴鹿の通学カバンに教科書、ノート、筆記具を入れて、そうだ起きたら名前を書かせないとな。
鈴鹿は実家では学校に行っていないから、学校生活を楽しみにしていたんだ。
『母さん』と『ママ』が義務教育相当は教えてくれているから、授業自体はそんなに心配はいらないだろう。
まあ副担任の話では、我々はもう一学期クリア状態だそうだが。
普通の学校らしい国語、数学、外国語、社会、物理化学、地理、芸術、体育などの一般教養以外に、迷宮学とか迷宮実習があるのが他とは違うな。
重要なのは迷宮実習らしく、配られた時間割を見ると月水金の午後は実習、もしくは選択授業となっている。
しかも午前3時限、昼休みを挟んで午後3時限と、明らかに午後を多めに取ろうとしているのが分かる。
時間的には6時限目が終わった後にも、今日みたいに3時間は迷宮に潜れるので、最大午後一杯居られるってことか。
寮の夕食と風呂が19時から21時で、玄関が閉まるのが23時だから、夕食と風呂をパスすれば10時間潜るのも不可能ではないらしい。
だとしたら、夕食後ちょっと入るのも可能なのかも?
迷宮に潜り放題で戦い放題とは、これはなかなか楽しくなってきたな。
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