30 金の瞳は、問われる、、、

目を覚ました時からカイルは、アーシャの姿に違和感を抱いていた•••何かが普段のアーシャのドレス姿と違うのだが、何が違うのか分からない•••胸元がいつもより開いている•••姫さまには珍しいかもしれない•••それに気づいて、敢えてそのあたりは見ないようにしていた•••直視したら、自分がどんな顔をしてしまうか分からないから••だが、それにしても拭えぬ違和感があった•••



!?



王族は、青の石のネックレスを贈られるまでは、一切首元への装飾はしないはず•••???


◇◇◇



•••カイルの視線が私の胸元を凝視する•••口をパクパクさせ、何事かを言おうとしてるが、言葉になってない•••耳や頬がほんのりと色付いている•••


??? どうしたのかしら ???



「カイル、やらしい視線でアーシャを見ないように••!!」

フェンリルが、わざと真面目な顔をして揶揄う。


「バッ! ちがっ••!! ソレ•••」


「えっ••??」

カイルの視線の先を見る。あっ!?


カイルが目を覚ましたことで、すっかり忘れていたわ••!!!


父上が持たせてくれた青の石のネックレス。細いチェーンがキラキラし首元を飾り、青の石の輝きをより一層際立たせていた。


「父上が、持たせてくれたの•••」

カイルは真剣に私の話に耳を傾けるように、口元を引き結んだ。



「•••カイル•••私はあなたを私の『蒼の騎士』に望んでいる•••カイルの気持ちを知りた•••いの•••」


これまで、カイルとは、ずっと一緒にいることが当然と思っていた•••でも改めてこうして言葉にしてみると、不安がよぎる•••嫌だと言われたらどうしたらいいかしら•••


私の言葉に、カイルは金の瞳を大きく開け、ポカンッとした顔をした•••


「ごっごめんなさい••!! カイルを縛るつもりは•••!!!」


「ち、違う•••!!•••もしあんたが望んでくれるなら、オレは姫さまの騎士になりたい、•••いや、なる!あなたの『蒼の騎士』を望みます•••!!」

カイルが突然、食い気味に答え••身体を前に乗り出し、息を切らして声を張り上げる。


「よかった••わ•••。」

受け入れてくれたことは嬉しいけど、、•••父上の『蒼の騎士』ではなくて本当に良かったのかしら••??? 今さらだけど不安がよぎる•••カイルは優秀だ•••怪我や病気を治す力云々を置いておいても、私の元ではその能力を活かしてあげられないのでは•••??


「では決まりだね。」

考えあぐねている私に構わず、フェンリルがさも当然と言うように準備を進めていく•••


「殿下、このような場に偶然とは言え、立ち合わせて頂けること、光栄です。」

シルヴィオが何やら1人感慨深く、片手を胸に当て、エメラルドグリーンの瞳を私に向け微笑む。


でも••••そうよね、•••『蒼の騎士』自体は、国の英雄で、ものすごい名誉なことだし、、•••カイルが皆から認められるのは私も嬉しいわ! そう思えば、自然と強張っていた顔の緊張が解けた•••


!?


突然、カイルが毛布を脇に退け、片足ずつ床に降り始め、ベッドから起き出そうとしている•••!



「カイルっ! まだ寝てていいのよ••!」


私は慌ててカイルに、ベッドに戻るように言うけれど、カイルはその動きを止めない•••フェンリルやシルヴィオの方を見ても、彼等は彼等で、そんな私を微笑ましく眺めているだけだ••••



カイルは、ベッドから抜け出すと、はだけたシャツのボタンを掛け、そのまま私の目の前で片膝をつき跪いた•••


まだ完全に回復したわけではないのに•••


「カイル••••ベッドに寝たままでも、青の石はその『意思』を示すことができるわ•••」


カイルは跪いたまま頭を上げ、その金の瞳で私を見つめる。


「では、オレはオレの『意思』をあなたに示させてください。」


その声はクリアに響き、その姿はとても先ほどまで病人だったとは思えないほど凛々しかった•••


カイルの身体の具合は心配だけれど•••ここまでカイルの覚悟が決まっているなら、私もカイルの気持ちを受け止めよう•••。シルヴィオとフェンリルを見ると、彼等は肯定の意を込め頷いている。王女として、佇まいを正す。



シルヴィオが、カイルの背後から用意していた『蒼の騎士』のマントを羽織らせる。朝日が、マントに織り込まれた『蒼の騎士』の紋様を照らす。空のように色で染め抜かれた青いマントの中で、陽の光に照らされた紋様だけが銀の光で浮かび上がった•••



フェンリルは、台の上から白金の水差しを両手で持ち、高く掲げた。薄紫の衣が光に照らされ風で広がり、まるで精霊たちの住む世界のような一種幻想的な空間を作り出す。フェンリルはそのターコイズブルーの瞳を閉じ言葉を紡ぐ。


「ウンディーネを流れる水の精霊たちよ。汝らの慈しみを信頼す。彼を清めよ。」


フェンリルがそう唱えた途端、水差しから、虹色に光る水が孤を描くように吹き出し、霧のシャワーのようにカイルに降りかかった。


カイルのこげ茶色の髪が、虹の光に照らされ、薄い金色に変わる。


「シルヴィオ、こちらに」

フェンリルが目を閉じたまま、シルヴィオを呼んだ。


シルヴィオが、フェンリルの前で跪き、青の石を研磨してできた剣を、厳かに両手で高く掲げる。


「土の精霊ノーム、風の精霊シルフ、火の精霊サラマンダー、光の精霊クリステルよ、汝らの働きを示せ。」


フェンリルの言葉とともに、彼の掲げる水差しから出る虹のシャワーが、蛇行する川のようにシルヴィオの持つ剣に巻きつくように降りかかり、刃の輝きを強めていく。


そして虹のシャワーが突然止んだ•••


フェンリルは白金の水差しをテーブルに置いた。そしてシルヴィオから、両手で剣を受け取り、私の前にその剣を差し出す。


私はフェンリルから剣を受け取る•••


•••思っていたより、重いのね•••刃は先ほど水の精霊たちから祝福を受け、美しく輝いている•••何度見てもフェンリルが水の精霊たちと協働する姿は綺麗だわ•••


私は、剣の刄を私の前で頭を垂れるカイルの肩に置いた•••



「我、汝に告げる•••。欺くことなく、、」


剣でカイルの肩を一度打つ。


「誠実であれ」

もう一度肩を打つ。


「主の敵を討つ矛となれ。」



3度目を打った後に、カイルに青の石でできた剣の刃を向ける•••



「我、『蒼の石』の意思を問う」


緊張で震える。鋭く光る剣の先が、カイルの鼻先で揺れる。フェンリルやシルヴィオも、身動き一つせず、ただ目の前の光景を見つめているのが伝わる。


青の石の『意思』が、カイルを選ぶのかどうか、まだ分からない•••!


ここで、青の石がカイルを騎士として選ばない場合もありうる•••


青の石に「嫌われたもの」は出世しない、と言われるほど、青の石の『意思』はわが国では尊重される。


だからこそ、『蒼の騎士』は国の英雄であり、王族を一番近くで支え護る者となる。さらにわが国では、『蒼の騎士』は、王族の配偶者と同等、場合によってはそれ以上の立場となる。


カイルの能力を考えれば、このまま私の従者として働いていれば、必ず父上が彼を重用するだろう。そうなると地位は上がるけれど、私のそばにいることは叶わなくなる•••


だからこそカイルは、青の石に「嫌われる」リスクをおかして、私の『蒼の騎士』を望んでくれたのだ•••


私は、震える手のまま、カイルを見る•••カイルも緊張しているのかしら•••?


!?


カイルの揺らぎのない金の瞳に惹きつけられる•••その瞳は、ただ私をまっすぐ見つめていた••! そうだわ、、たとえ青の石の『意思』がどうであれ、カイルはずっとこれまで私を守ってくれた•••! •••気づくと、私の剣を持つ手の震えは止まっていた•••私の持つ剣は、ブレることなくカイルの目の前で止まる•••




カイルは、その刃を指先で受け止めた•••長い睫毛を伏せ、静かに優しく剣の刃を自らの口に引き寄せる


•••そして、まるで愛しい恋人にするかのように剣に口付けをした。

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