第4章(2)

 野沢は髪を掴まれた。今や両腕も粘着テープで固定されている。

「お仲間のところに送ってあげましょう。まあ、再会する前に、サカナに食われて終わりだと思いますが」

 男は野沢を引きずって、自動扉へと近づいていく。

「どうせこの場所も、もうしばらくすれば階層に呑まれますが。それでも、処理は早い方がいいですからね」

 にこにこと言う。

 警視監が戻ってくることを願うしかないが、その様子はまだない。

 野沢にできるのは、足をじたばたと動かして、時間をわずかに稼ぐことだけだ。

「動かないでくださいね。アキレス腱を切られたくないでしょう?」

 万事休す。

 野沢があきらめかけたそのとき、ガラガラという音が響いた。


「ふふ。ははは」


 荒い息をつきながら、桜子が玄関へと到達する。

 もとの重さを取り戻した四人の子どもたちを、どっかりと床に降ろした。

 意識のない一人を隅に寄せ、側臥位の姿勢を取らせる。怯えている三人に桜子は「もう大丈夫」と声を掛けた。

「あれえ」

 警察官がとぼけた声を出す。

「戻ってきてしまったんですか。ま、いいでしょう。順番にまた送り返してあげますから」

 桜子は今更になって、野沢の状況に気付いたらしい。

「おや? お前たちは何を遊んでいる?」

 遊んでなんかいないわよっ。と脳内で絶叫しつつ、野沢は凄まじい安堵を感じていた。

 警察官は無造作に野沢を床へ放り出し、桜子に声を掛ける。

「邪魔をしないでいただけますか? お仲間も待っているでしょうし、また病院の中へ戻ったらどうでしょう?」

「なぜだ? 子どもたちを無事に外へ連れ出さねばならないのだ」

「子どもたちなんかどうでもいいです。どうせ階層深くでは生きられないのですから」

「どうでもいい?」

「ええ。何なら、今ここで終わらせてあげてもいいくらいに」

 警察官は警棒をぺしぺしと叩いて見せた。

 桜子の口角がキリキリと吊り上がる。

 野沢は驚いた。いつもの、目を見開いた笑顔とは違う。

 ――桜子が

「何も笑えない」

 桜子が言った。

 警察官も、遅ればせながら、桜子のまとう異様なオーラに気付いたらしい。

「な、何者でしょう?」

「この香月桜子が、全力でお前を壊してやろう」

 香月桜子。

 その言葉を聞いた男が青ざめる。

香月桜子――だったら尚更! あんたは私どもと似ているはずです」

 桜子は無言で近づく。

「誰かの内側を覗き込んで、この手で撫でて、握って、千切って、潰して、全身で愛でてあげる! それこそ最高の歓びでしょう?」



 桜子は男の正面に立った。

 男の顔には、はっきりと死相が浮かんでいた。

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