行動方針 その3

 胸に誓ったは良いものの、問題としては何一つ解決していなかった。

 そもそも推測が大いに混じり、願望すら紛れているような状態だ。箱庭に配置されていた魔術書と天井の相互関係は不明であり、そしてそれに関与していたと思しき神も、本当にいるのか分からない。


 そして何より、その神が誰なのかは勿論、接触する方法すら不明という有様なのだ。

 そこで問題は最初に戻る。

 ――神々はどこにいるのか?


 触れる事も、見る事も出来ない空間にいるのか。

 そうでないとしたら、一体どこにいるのか。そして空にいるだろう、というユミルの推測も、脱線したお陰で、まともに話を聞けていなかった。


 脱線というには余りに大きな迂回だったが、神の一柱が味方になるかもしれない気付きを得られた。だから話を一つ先に進めて、今こそユミルの根拠を聞かなければならなかった。


「……それで、人から空を奪ったのは神ではない、という話で終わっていたと思うが……。結局、根拠の一つは勘違い、思い違いだったと思って良いのか?」

「いやいや、思い違いだったコトは認めるけど、単なる勘違いとも思って欲しくないのよ」


 しぶとく自論を否定しないユミルに、ミレイユはとりあえず続きを促す。

 根拠の一つが潰された訳でないなら、むしろ安心できるというものだ。それだけが根拠という訳でもないだろうが、自信満々に言った一つ目がそれだと、今後が不安になる。


「空を奪われたという話は誤解を生んだけど、私が言いたいのは、鳥のみが空を飛ぶコトを許されたって言う部分よ」

「同じ事じゃないのか、それは? それがどうして空が根拠になる?」

「だから、元より空を飛ぶのは鳥だけじゃなかった、って言いたいの」


 言われて一瞬、虚を突かれた。

 魔物に空を飛ぶものがいないかと言われたら、決してそんな事はない。だがやはり、高く飛べる魔物は存在しないし、長距離も移動できない。


 蝙蝠のように羽ばたく事が出来ても、その多くは洞窟内で暮らしていたりと、やはり空とは無縁でいるような輩ばかりだ。

 そう思案を巡らせていると、アキラがあっと声を上げた。


「そういえば、ドラゴンを実際に見たら、想像と随分違った姿だったのを思い出しました」

「竜の頭を持った蛇、そう表現するに相応しい姿だが……確かにドラゴンの姿には、かつて空を飛んでいたと思える名残りがある」


 アヴェリンがそれに同意すると、ユミルも我が意を得たりと頷く。


「元々、空を飛んでいた種族はその姿を歪められ、あるいは地下へと押し込まれた。空に届き得る存在は邪魔、だから対策を講じた。……そういうコトだと思ってるけど」

「……だが、本当に邪魔なら滅ぼしてしまえば良いんじゃないか? 姿を歪めるくらいだ、消す事だって出来るだろう」

「それを私に言われてもね……。でも、一つ思い当たるコトを言うのなら、その上で必要だったからでしょ」


 必要、と口の中で転がして、ルチアはかっくりと首を傾げた。


「つまり、利用価値があったと? 竜にしても戦力は個体に影響され千差万別ですが、それとて神に届き得る力を持つ竜もいました。残す必要がありますか? ……あるいは、神の力を持っても簡単に消す事が出来なかっただけ、という可能性もありますが……」

「神々の目的の根底には、素体に入れた魂の昇華があるワケじゃない。それは強敵へ立ち向かい、戦い、乗り越え、打ち倒す、そういうプロセスが必要になるでしょ?」

「でしょ、と言われても……。そうなんですか?」


 ルチアがミレイユへと顔を向ける。

 魂の昇華、という目的にどういう手段が必要なのか、あるいは適切なのか、それはミレイユにも分からない。だがそれが、ゲームにおけるレベル上げに近しいものという認識でいる。


 ミレイユには次々と神の試練であったり、強敵との戦闘へ誘導されていたから、それがつまり神々の目的に沿うものなのだろう。


 目ぼしい、狩りやすそうな魔物を数で補うのではなく、ユミルが言ったように常に自分と拮抗するか、それより一段上の相手と戦う事で磨かれていく。 


 雑魚をいびり倒すような戦いを続けても、魂が磨かれていくとは思えない。ユミルの推測は正しいところを突いているだろう。

 ミレイユはルチアに頷いて見せる。


「推測だが、そう言うものだろうと思っている。だが、それで素体を失うリスクを天秤に掛ければ、如何なものだろう、という気もしてくる。敢えて強敵に挑むより、それよりは幾らか下の弱敵で、数をこなした方が効率的に思えるんだがな」

「でも、神は娯楽に飢えているんでしょう? リスクと天秤に賭けて、その上で楽しめるギリギリを攻める……そういう考えも出来そうですけど」

「……それは、言えてるな。素体を用意する手間はない、魂の拉致は些事……そういう前提において、ルチアの話は納得がいく」

「結局、推論に推論を重ねているだけですけどね。前提が間違っていたら方向も何もかも、全てを見失いますよ。……自分で言っておいて申し訳ないですが」


 ルチアはそう言って、肩を窄めて小さく頭を下げた。

 ユミルも肩を竦めて、一定の理解は示したようだ。それにミレイユも頷いて戒める。

 今は確からしい根拠もなく、ただ推測を重ね、それに議論している状況だ。まずは方向性を定める必要があるし、話し合いを続ければ、見えるものもあるかもしれない。


 だからまず、その方向性を示すために、必要だと割り切って推論を重ねるしかないのだ。

 納得がなければ方向が見えても進めない。そして、その納得を得る為に話し合いがある。


「分かってる。ユミルも最初に言っていた、まずは話を聞こう」

「ですね、話の腰を折ってすみません」


 ルチアが頷くと、気にするな、という風にユミルも手を振って、それで続きを話し始めた。


「……ま、何にしても魂の昇華――小神の造神が目的であるのは確かなワケよ。そして、その為に強敵を用意する必要もある、と考えている節は窺える。ないものを作るより、あるものを利用するのが簡単で効率的でしょ? ドラゴンを消さないでいるのもそれが理由だし、だから翼を奪い、姿を歪め、それで良しとした。……そういうコトだと思ってるワケ」

「空の支配を求めたら、力持つ者が居座るのは都合が悪い。だが消すというには、その存在価値が十分あった。……そう言いたいのか?」

「えぇ。……そして、定期的に力を蓄えたドラゴンが反旗を翻そうとするワケよ。空を取り戻そう、神を打倒しようとね。そこに毎回、都合よく素体がいるのか確かじゃないけど……、でも、アンタはいたわよね」


 ユミルがしたり顔で言うと、ミレイユは顎先に握り拳を当てて考え込む。

 当時を思い出してみれば、特に信徒や神と縁ある者から伝えられた事ではなく、冒険者ギルドからの依頼だったように思う。当時からそれと分かる直接的な干渉は、神の試練ぐらいなものだったから、それ以外は自然的、偶発的な事件という認識だった。


 だがそれが、そもそも偶発的に利用されるものとして用意されていたのなら、神の意図になど気付ける筈もない。

 ミレイユは最後まで利用されていると気づけなかったのだから、そこに思慮が及ばなかったのも、仕方ないといえば仕方ないのだが――。


「放っておけば世の破滅、世界が焼け野原になるという話で参戦したものだが……」

「それは本当だったでしょうよ。ドラゴンにその意志がなくとも、動くだけで自然を損なうのが巨竜というものだわ。魔獣も魔物もその生態系を崩すし、縄張りから逃げ出してヒトの領域を侵すとなれば、その原因を止めないワケにはいかない。攻撃には反撃を持って応戦するでしょうし……、深刻で莫大な被害が出るのは間違いなかった」

「その推測が成り立つから、自主的に動いたのがギルドという訳か。あくまで巻き込まれたというか……逃げられない戦い、というべきだったのかもな。……それを思えば、神からすれば勝手に動く都合の良い駒、なのかもしれない」


 ミレイユがそう言いながらユミルに目を向けると、彼女は我が意を得たりと頷く。


「――自分の掌の中で転がすのが好き。神ってそういうものだと知ってるでしょ? 竜にしても、そういうコトなんだと思うわ。でもそれじゃあ、何で姿を歪める必要があったのか、と言えば……」

「空を自由に飛び回られるのは不都合だから、そういう理屈か……」


 そう、とユミルが頷き、腕を組んで周りを見回した。

 反対意見を待つかのようだが、同時に反論は出て来ないと確信しているような顔つきだった。実際ミレイユにしても、――真実はどうであれ――説得力のある意見だと思う。


 世界を焼き尽くすなどと言われるドラゴンなど、そうそう現れるものではないが、しかし野良ドラゴンとでも言える魔物はそれなりにいるものだ。

 非情に珍しい事ではあるが、討伐依頼が舞い込むこともあり、そしてドラゴンとは例外なく強敵なのだ。


 魂の昇華と言われてもピンと来ないのはミレイユとしても同じだが、単に実力や力量を上げる、魔力を使いこなすという概念と、似て非なる物だとも理解できる。

 そうした時、ドラゴンを始めとした強敵を神の外敵となり得るからと消していってしまえば、世には魂の昇華を効率よく手助けできる敵がいなくなってしまう。

 あるいはその牙爪が神にも届く、と言われる魔物がいるのも、それが理由なのかもしれない。


 ミレイユは顎の下に拳を乗せたまま幾度か頷く。

 ユミルの方にも納得した素振りを見せると、得意げになって胸を張った。

 そこにアヴェリンが声を放つ。


「御大層な根拠にミレイ様も満足されたが……、それ一つで根拠というには乏しくないか。ドラゴンの在り様だけで神は空にいると言われても、別空間にいる事を否定できるものではないと思うが……」

「あら、スゴイ。アンタにも、そういうコト考えられる頭があったのね」

「馬鹿にしてるのか? ミレイ様に関わる事だ、真剣にもなる」

「……まぁ、そうね。茶化す場合でもなかったわ。それはまた次の機会に取って置きましょ」

「いつだって、そんなものは求めてない」


 アヴェリンが鼻の頭に皺を寄せて、威嚇するように睨み付けたが、当のユミルはどこ吹く風だ。その二人の遣り取りを楽しげに見つめた後で、ミレイユはユミルに水を向ける。


「それで……アヴェリンの言い分にも理があるように思えた。他に根拠があるなら聞かせてくれ」

「えぇ、勿論あるわよ。もう一つ、とびっきりのがね」

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