神と人の差 その2

「ふぅん、って感じね」

「大宮司の言っていた事は大袈裟じゃなかったんだな。御由緒家が最高戦力、あれがそうか」

「それってどっちの意味? 落胆、それとも称賛?」


 ユミルとアヴェリンが、ミレイユの後ろで観戦内容を言い合っている。

 アヴェリンは盛大に溜め息をつきながら言った。


「無論、落胆の方だ。学生という、まだ研鑽の途中である事を考慮に入れてもな。あれらは戦士たちを押し退けてまで、戦場へ駆り出される事もあったと言うではないか。それであの質だというなら、程度も良く分かろうというものだ」

「だから梃入れする気になったんでしょ。……とはいえ、遅きに失したわね。後一年、欲を言えば三年、それだけあったら、もっとマシな状態で孔の拡大へ対処出来たでしょうに……」


 ユミルからも失意が漏れ出て、ミレイユは後ろを見ずに首肯した。


「それについては、オミカゲ様の完全な失策だったろう。……最初から、次の周回を意識しすぎたな。あるいは、ある程度の時点で見切りを付けただけかもしれないが。いずれにしても、鍛え直すというには遅すぎる」

「ま、今回見た内容次第じゃ、少しは楽観的になれるかと期待したけど……不都合な現実が露呈しただけだったわね」

「オミカゲ様が忙しい所為で、その戦力まわりを十分にケアできなかったのも理由の一つなんだろうが……。決して才能豊かと言えない数ヶ月鍛練したアキラと、最高戦力が拮抗するというのは異常だろう」


 改めてしっかりと見てみれば、実際には拮抗と言うほど恰好良いものではなかった。

 アキラも頑張っているが、連携の取れた二人を突き崩すには実力が足りない。しかし本来なら最初の一撃で吹き飛ばされた時点でリタイアしても良いくらいだったし、剣術に自信を持つ七生の連撃を退けられたのは、剣術以外に原因がある。


 内向術士はその練り込み具合で如何様にも身体能力を向上させるとはいえ、反射神経、動体視力を強化した程度で、七生の攻撃を凌ぐのは無理だ。

 では何故躱せたのかと言えば、七生が自身の出している速度について行けていないのが原因だろう。制御速度に振り回されている、といっても良い。

 今まで軽の車に乗っていたのに、いきなり本格的なスポーツカーに乗せられて、まだ調子が掴めていない、といったところか。


 十分な時間を使えば更に良くなるだろうし、そうなれば更なる高みへ進める段階に達っせられるとも言えるが、それにはとにかく実戦を経験するしかない。

 ただ武器を素振りして、それに合わせて理力を練り込むのではなく、緊張感のある制御が必要なのだ。


 それがアキラとの差だ。

 本当の理力制御は本番でしか鍛えられない。しかし練習なくして本番も有り得ない。まだ未成年である事も加味して練習の割合が多くなるのは当然で、それが常に死の危険と共に理力を磨いてきたアキラとの差に繋がった。


 まだ二人の方が実力は上である事は認めるが、鍛えてきた時間を思えばそれが普通だ。

 アキラもアキラで、危険のない本番では実力を発揮できないという欠点を抱えてしまったので、その点は明らかにマイナスだが、現御由緒家はぬるま湯に浸かっていたと判断せざるを得ない。


 強力な鬼の出現で尻に火がついたのは事実だろうが、それをどこまで現実感を持って鍛えているものだか……。ミレイユの出現は、むしろ彼らに安心感を与えてしまったかもしれない。


 これは国民が悪いという話ではないが、常にオミカゲ様がいれば大丈夫という信用と信頼の中で生きてきた。オミカゲ様もそれを惜しみなく与えてきた。

 強力な鬼がいようとも、そこで御子神まで現れたというなら、万全の対策が出来ていると思わせる原因と感じてしまっても仕方なしだろう。


 御由緒家はオミカゲ様の矛と盾。

 その矜持があるから鍛える事にも熱心だが、御子神というセーフティーが彼らから危機感を奪ってしまった可能性がある。新たな制御法を伝えたというのに、七生と凱人の制御練度の低さが、それを物語っている気がした。


 ミレイユがそのような事を考えている内に、試合内容が新たな動きを見せる。

 七生とアキラの立場が逆転し、アキラの連撃が七生を攻め立て続けていた。剣術の腕前で言えば、明らかに七生が勝っている。しかし、それでも七生の表情には焦りと緊張、苦痛が表出していた。


 アキラの木刀は一度も七生に有効打を与えていない。

 しかし一撃そのものが重く、七生は受けるので精一杯で反撃に移れなかった。時々引き剥がそうと逃げる素振りも見せるのだが、アキラは喰らいついて離さない。


 七生が隙を突いて放った一撃が、アキラの腕を打つ。僅かにバランスは崩すものの、それを意に介した様子もなく攻め立てていく。

 七生の一撃が有効打となっていない。当たらないせいで速度を重視し、結果として一撃が軽くなってしまっているのが原因だ。だからアキラは変わらぬ攻めを続けられる。


 アキラの一太刀は、確かに七生に届いていない。しかし七生の表情を見る限り、それが届くのも遅くなさそうだ。

 アキラの連撃の合間に、七生の針の穴を通すような一撃が胴を叩く。しかし、ものともせずに、その木刀を押し返すように前進を続ける。


 あれはアヴェリンが良くやる戦法で、多少の攻撃はむしろ受けて自分のチャンスへ繋げる。己の防御力と回復力を信じているからこその闘法だが、他の者がやれば肉を切らせて骨を断つ、という捨て身戦法にしかならない。


 不完全と分かった上で師匠の技を真似したのだろうが、それにも意味はあった。

 遂にアキラの一撃が七生の頭上へ振り下ろされる、という瞬間、横合いから凱人が殴りつけ、アキラを横っ飛びに吹っ飛ばした。


 惜しいところだったが、これは二対一の戦闘。上手くいったと思った瞬間、攻撃に集中した瞬間こそ、己の防御が最大限弱まる瞬間でもある。

 アキラは絶好の機会を逃したくないという欲が出すぎて、攻撃を焦った。


 七生と凱人が何やら言い合いを始めたのを見ながら、ミレイユは鼻から不満げな息を出して耳の裏を掻く。

 それを見ていたらしいアヴェリンは、ミレイユへ弁明するかのように口を開いた。


「周囲の様子が見えていなかったの落ち度でした。本来の使い方ならば、それすら押し退けるか、最悪でも一太刀入れること叶っていたでしょうに」

「お前ならば、そもそも前衛を押し潰して進むだろうから、その前提は有り得ないが。……そうだな、単純に練度不足のやぶれかぶれ、それが敗因だ。戦闘の組み立て方が下手とも言う」

「なかなか辛辣ねぇ」


 ユミルがからかうように言うと、ミレイユは苦笑しながら手を振った。


「いや、ついつい言ってしまったが、実戦経験の乏しいアキラからすれば、あれでも十分良くやっている方だろう。評価が辛くなるのは、私の傍にいる戦士がアヴェリンだからだろうな」


 そう言って、アヴェリンへと顔を向けてはチラリと笑った。

 アヴェリンもまたくすぐったそうに笑みを返し、慇懃に礼をする。ミレイユはそれに手を上下に振る事で、その敬意を受けると共に止めさせた。


「イチャついてないで、ちょっと試合の方を見なさいよ」

「ば……っ! 誰がイチャつくなどと!」

「――いいから。そろそろ決着つきそうよ」


 ユミルに指摘されて、ミレイユもまた試合の方へと顔を戻すと、その場面は丁度アキラが再び吹き飛ばされている所で、思わず顔を顰めてしまう。

 何度吹き飛ばされても愚直に向かって行くのは結構な事だが、もうそろそろ二人の連携に対応するところも見せて欲しいところだった。


 アキラはこれまで突進を繰り返してきたが、今回のそれは、今までと明らかに毛色が違う。その眼光は剣呑に光り、試合という枠組みを越えた戦闘へと変わろうとしている。

 その眼光に充てられ、凱人は明らかに怯みを見せた。


 アキラは既にこれを試合だとは認識していない。動けなくなるまで死力を尽くして動くし、動けなくなれば死ぬだけだ、と理解しているかのような意思を感じる。

 そして今のアキラにとって、それは間違いない真理なのだろう。


 百あった力がゼロになれば動けなくなるのは道理。そしてゼロに近付くにつれ、その動きは散漫になる。しかしアキラの場合、それが一でも残っている限りは動き続ける。

 もう駄目だ、もう動けないなどという泣き言は通用しなければ、動きを止めて倒れ込んでも無意味だと理解している。


 骨の一本、ヒビの一箇所程度、アキラにとっては怪我の内に入らない。

 終わりの合図を言われるまで、その動きを決して鈍らせる事は許されないと、アヴェリンのシゴキで骨の髄まで染み込まされているのだ。


 アキラには既に考える頭など残っていないが、その必死と決死の思いが、試合をしているだけと思っている凱人と明暗を分けた。


 剣術ではなく体術で凱人を転ばせ、倒れた凱人には目もくれず、七生へと急接近していく。この体術もアヴェリンに仕込まれたものなのは、すぐに分かった。

 技の掛け方、その呼吸が、アヴェリンの持つ技法に良く似ている。

 幾度となく技を掛けられたアキラだからこそ、染みつけられた鍛練が素直に表へ出ているのだろう。


 だが、体力まではそうはいかない。

 直線に走る事が出来ず、左右へ身体が揺れる。そしてそれは、愚直な姿しか知らない七生にはフェイントのように映った。


 その一瞬の焦りが、七生の迎撃を一拍遅らせる事になってしまった。

 だがやはり、そこに至るまでが十分ではなかった。凱人を投げ転ばせただけで放置したのは悪手で、二対一の戦いは依然継続中なのだから、当然彼が邪魔してくる。


 しかし同じ内向術士で、実力差も大きく離れていないのなら、その背を追う距離は絶望的なまでに遠い。だから凱人がやった事は、身に着けていた小手を外し、アキラの頭部めがけて投げつける事だった。

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