秋の気配

九月も十日を過ぎると高い空を鱗雲が覆うようになり、時折ひんやりとした風が吹く。すでに大雪山には例年より早い初雪が舞った。


「ほれ、泥濘ぬかるみがあるから」

後ろを歩く女に左手を伸ばす。足下にはダケカンバの黄色く色づいた葉が落ち、見渡す景色の彩りからも秋が近づいてきたことを感じる。


「うん」

しっかりと右手で掴んだ。


「三の沼だ。今日は羅臼岳がよく見える」


「ほんとだ綺麗ねぇ、涙が出そうなほどに」


知床の秘境といわれる三の沼にもそのうち、いろに染まった羅臼岳が映ることになる。

標高七百メートル以上の雲上に位置する羅臼湖はといえば、エゾリンドウが点々と咲く中を、遊歩道では既に草紅葉が見頃を向かえていた。

知床は、秋本番へと着実に足を進めている。


「今日はありがとね」


「いや、もうちょっと早く来たかったんだけどな。仕事が溜まっちまって、すまなかった」


「ううん、嬉しいよ」

女は笑いながら、両手で掴んだ男の腕に胸元をぎゅうと押し付けた。


(おいおい……)

「今日はちと、あれだな、蒸し暑いか」

男が顔を赤らめ呟く。

女は聞こえていないかのように、すれ違う観光客に挨拶をしながら男に歩調を合わせた。

あの夜からふたりは、深い仲になっていた。


「わたしで、いいの」


「あぁ」


南西から差す陽が水面をキラキラと照らし、女の頬をほんのり秋色に染めた。




・・・


参考音源

「Autumn Leaves」

エディ・ヒギンズ

https://youtu.be/k9BqZxir_AI

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