第93話 魔石鉱山へ(ビクトリア主観)

 私は、 ベアスに恋人と言われて焦った。

 べつに隠したい訳で無かったが、この事を知るのは、シモンを含むごく少数のはずであったからだ。



「私が恋人だったと言うのか?」



「ムート時代の事ですが、親友のイースからビクトリア司令官が恋人だと聞かされていました。 あなたも知っているはずだが …。 イースは、あらぬ罪を着せられて、絶望しムートを去りました。 彼は、シモン宰相があなたを奪うために、罪をでっち上げたのだと泣いて主張していました。 でも、自分は、イースに怒りを感じ冷たく突き放した …」


 ベアスは、辛そうに息を吐いた後に続けた。



「後で分かった事なんですが …。 ダンジョンの街に赴任していた時に、司令官のナーシャが酔った席で、シモン宰相がイースを嵌めたと言っているのを偶然に聞きました。 つまり、イースの言う事が真実だったんです。 あなたの婚約者のシモン宰相が、イースに無実の罪を着せたんです。 ナーシャは、ご存じの通り、ムートの統括でしたから、情報を握っていても不思議ではありません。 それで …」


 ベアスは、一旦、言葉を呑み込んだ。

 私は、彼が喋るだろうと思われる次の言葉を恐れた。

 しかし、促さずにはいられなかった。



「続きを話して …」


 私は、自分でも以外なほど掠れた声を発した。

 こんなにも自信がない自分がいた事に驚いた。



「イースが …。 無実の罪を着せられたと主張した時に、彼を信じてやれなかった。 俺は、イースを絶望に追いやったんだ。 今さら謝罪して済む話しではないが …。 でも、あなたも同じだろう! それに対して、どう思う?」 


 ベアスの直球のような話しが、心を貫く。そして、私は、どう答えて良いか分からない。


 イースが無実だったのは、シモンの行動から察しは付いていたが、ただ流されるだけで何もしていない。


 私は、嘘を付けないと思った。



「あなたの言う通り、イースは愛しい人。 あの時に …。 私だけでも信じてあげていれば、もっと違う結果になっていたかも知れない。 イースは大罪人と言われ国を追われた。 ましてや、マサンの弟子として我が国に敵対している。 本当に最悪だわ。 彼に謝罪したいけど、もう、元には戻れない。 あなたも同じでしょ?」


 私は、イースに会いたい気持ちを無理矢理に抑え込んだ。

 自分でも、酷い女だと思う。



「俺もイースに会っていない。 でも、会う手だてがない訳じゃない。 もしも、ビクトリア司令官が望むなら、イースに会えるように段取りを取れるが、どうする?」


 次第に、ベアスの口調が上官に対するものでなくなってきた。



「あなたは、イースを匿っているのか? だとしたら、反逆罪に問われるぞ …」


 私は、上下関係を分からせるために、いつもの高圧的な口調に切り替えた。

 その様子を見て、ベアスは呆れた顔をした。

 


「脅しで来るのか? じゃあ俺を捕まえろ! 死罪でも何でもすれば良い。 人を嵌めるなんて、いつもの事だろ!」


 ベアスの覚悟を持った発言に、私は萎縮してしまった。

 


「ごめんなさい。 イースに会わせてほしい …」


 完全に、私の負けだ。

 どうしても、イースに会いたい気持ちは抑えられなかった。



「じゃあ、これから俺と2人で、魔石鉱山に付き合ってくれ。 そうすれば、イースに会える」

 


「そこに、イースが居るの?」



「居ない」 



「では、何で魔石鉱山に行くの?」



「それには答えられないが …。 イースに会える事は確かだ」


 危険な話しに乗せられているのかも知れない。

 それでも、ベアスを信じたかった。


 私は、彼の話を信じ、パル村の大規模駐屯地を2人で出発した。

 魔石鉱山に逃げた侵入者の調査に行くと言ったら、他の幹部から護衛の申し出があったが断った。

 不信に思われたかもしれない。



◇◇◇



 魔石鉱山に着くと、警備の人員の多さに驚いた。侵入を許した反省のようだ。

 入り口の警備員はベアスの事を知っていた。

 彼が、私の身分を伝えると、警備の代表者が慌てて駆けつけて、反り返って敬礼をした。



「例の侵入者が、坑内で破壊活動を行ったようです。 岩盤の崩落に気を付けてください」



「分かった。 結界を張って進む事にする。 ご苦労であった」


 私が声を掛けると、警備の代表者は、また反り返って敬礼をした。


 坑道は、迷路のように複雑に入り組んでいるが、何度も来ているため迷う事はなかった。

 ベアスも同じらしく、黙々と、どこかを目指していた。


 かなり奥に進むと、坑道の壁が崩壊している場所に辿り着いた。



「これは、爆裂魔法による破壊だわ。 例の侵入者の仕業かしら?」


 ベアスに話しかけると、彼は一瞬、曇ったような顔をした。



「この奥に行くか …」


 ベアスは小さく呟くと、破壊された岩場を潜り抜けるようにして進んだ。

 右へ左へ移動し、また、登ったり降りたりして、洞窟の最奥と思われるところにたどり着いた。



「何だ、この大空間は?」


 ベアスは、驚いたような声を発した。

 この場所に似合わない、大空間が出現したのだ。

 これには、私も驚いた。


 ベアスを見ると、しきりに回りを見回している。

 この大空間は目的地ではないようだ。だとしたら、彼はどこに向かっているのだろう。

 少し不安になった。


 私は、壁面を注意深く観察した。


「この大空間は、極大魔法によりできた空間よ。 ねえ見て、岩盤が溶けてるわ」



「そうなのか …」


 ベアスに話しかけたが、彼は、上の空のようだ。

 そして、彼は私の事を呆然と眺めている。



「エッ、なに!」


 突然、ベアスの姿が歪んで見えたかと思うと、次の瞬間、強い移動魔法が放たれるのを感じた。

 結界を張ってはあるが、何か、嫌な予感がした。

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