第90話 パウエルの指令
マサンは、結晶体をマジマジと見た。限りなく透き通る透明の中に、まるで生きているかのような姿で2人の女性が立っている。
年配の女性は、恍惚とした表情で微笑んでおり、その前に立つ若い女性は、後方を守るかのように手を広げ、美しい顔を怒りで歪め、前方を睨んでいた。
マサンは、周囲を注意深く確認した。
岩盤が溶けている状況を考えると、超高温の風炎が一体の岩盤を吹き飛ばしたようで、その結果、大空間ができあがったと思われる。
不思議な事に、透明の結晶体は、全くもって無傷だった。
「高魔力による、極大魔法の攻撃があったようだ。 それにしても、この風炎に耐えうる結晶体とは …。 ありえない材質だ。 しかも2人は、なぜ、この中にいるんだ?」
驚きを声にした後、マサンは、ポーチから2本の長剣を取り出すと、無表情で素振りを始めた。
一方から炎が、もう一方からは冷気が、激しく吹き出している。
気合いをいれて精神統一した後、2本の剣を上段に構え、結晶体の上部を目掛け渾身の力をもって斬りつけた。
ドドッガキーンン!!!!!
魔石鉱山全体が振動し、その揺れは遥か離れたベルナの国都へも伝わった。
しかし、渾身の一撃にも関わらず、剣が弾かれる感触があったため、マサンは素早く飛び下がった。
手元を見ると、冷気を吹き出す剣が見事に折れていた。
「なんという硬さだ! この剣が折れるなんて、あり得ない …」
大地を揺るがすほどの威力で、斬りつけたにも関わらず、結晶体にはキズひとつなかった。
マサンは、驚愕の表情を浮かべ、ポーチから違う剣を取り出した。そして、再び、結晶体に近づいた。
今度は、結晶体ではなく、その下の岩盤を狙って斬りつけた。
「良し、これで切り離せる」
マサンが強く蹴り飛ばすと、結晶体が横倒しになった。
「非常に興味深い物だ。 持ち帰って調べよう」
そう言うと、マサンはポーチの口を近づけ、結晶体を収納した。
◇◇◇
マサンが造った亜空間でのこと。
ベスタフが、通信用の小さな水晶の中に光が輝いている事に気付いた。
彼は、イースからの連絡と思い水晶を操作した。
「イースか? そっちはどうだ?」
しかし、相手はイースではなかった。
そして、思いがけない人からの連絡で、再び、驚いた。
「あっ、マサン殿ではないですか?」
「ベスタフなのか? なんで、そこにいるんだ? それはそうと、イースとメディアはどうした?」
「メディアは、狩りに出てるんだよ。 いろいろあって、俺は、マサン殿が造った亜空間で、彼女と暮らしているんだ。 それで、イースはアモーン商会を介して、傭兵としてサイヤ国軍に派兵されてる」
「アモーン商会って、あの得たいの知れない女が社長の会社か? アモーンは魔族って噂があるが、あの怪しいアモーン商会か?」
「そうです。 あのアモーン商会なんです …」
「なんで、そんな事になってる? そもそもだが、兄弟子のワムの所に行ったんじゃなかったのか?」
「それが …。 ワムから逃げて来たんです」
「何だそりゃ?」
マサンは、訳が分からず呆れたような声を出した。
そこで、ベスタフは、これまでの経緯をマサンに全て説明した。
彼女は、とんでもない状況を聞いて、かなり驚いていた。
また、マサンも別れてからの経緯をベスタフに伝えると、こちらも、かなり驚かれた。
イースは、マサンとやり取りができる水晶を亜空間に置いて行ったため、直接連絡ができなかった。
それで、マサンは、これまでの経緯をベスタフからイースに伝えてもらう事にした。
◇◇◇
俺は、マサンが無事だと聞いて、心底嬉しかった。
彼女に直接連絡できる水晶がなくて、亜空間のベスタフ達からの経由となったが、それでも安心感が得られた。
マサンによると、アモーン商会は一筋縄に行かない怪しい組織だという。それで、アモーンと繋がっているパウエルには、決して気を許すなと言われた。
だから、メディアがベルナのベネディクト王を隷属できることは、明かさなかった。
傭兵としての生活が厳しい分、俺は、何かにつけて水晶を覗くようになっていた。
そんな事を繰り返していたせいか、いつしか、周囲から怪しまれ、目を付けられるようになってしまった。
そんな中、俺はパウエルに呼ばれた。
彼とは、初日に会って以来だ。
自分は、パウエルの親衛隊に配属されているため、彼が絶対の存在となる。
普段は、隊長のヒュウガの指示で動いていたが、今日は、絶対の存在に直接呼ばれた。
絶対の存在といっても、俺にとってパウエルは主君でもなんでもない。
ベスタフが呪い虫を飲まされた弱みがある事や、ベルナ王国を倒すという共通の目的があるから、結びついているだけだ。
俺は、垂直の岩山を登り、洞窟の奥にあるパウエルの部屋に入った。
隊長のヒュウガも居らず、一対一である。
「イース、我が隊の居心地はどうかね? 困った事はないか?」
「いえ、特に問題はありません」
俺が答えると、パウエルは口許を少し緩めた。
「私の親衛隊に配属された者には、様々なミッションが待ち受けている。 それだけに、私が認める実力者でないと務まらない。 君に使命を与えたいが良いか?」
「断るつもりはありません。 どのような使命ですか?」
「3傑の一人である、ビクトリア将軍の暗殺だ。 この使命を果たせたら、ベスタフとやらの10億シーブルの借金を、私が肩代わりしよう」
パウエルは、表情を変えず、事も無げに言い放った。
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