第83話 遠くのマサン

 ベルナ王国で、マサンがビクトリアに、空間魔法で飛ばされた時に遡る。(第69話 決着 をご覧ください)


 

「ここは、いったい?」


 マサンは、思わず呟いた。


 彼女は、砂丘のような砂浜の、小高い丘の上に立ち、眼下に広がる広大な海を眺めていた。

 凄く違和感のある景色だった。

 海の色が赤く、血のように見える。



「現世に、このような場所があるのか?」


 マサンは、ポーチより魔法の水晶を取り出して、イースに通信を試みた。


「だめだ …。 繋がらないが、ここは現世ではないのか? それとも、誰かが作った亜空間なのか? いや、こんなに広大な亜空間を作れる人など存在しない。 違う …。 そもそも …。 人には、亜空間に飛ばせる魔法など無いはず …」


 マサンの、独り言の声が大きくなった。


 魔道書によれば、人が空間魔法で飛ばす事ができるのは、同じ現世の中のみであった。


 神の領域の魔法を白魔術、魔神の領域の魔法を黒魔術と言う。 

 通常、白魔術は人が使い、黒魔術は魔族が使う。 

 白魔術と黒魔術では、そもそもの成り立ちが異なるため、行為が及ぶ対象や範囲が違うのだ。

 空間魔法の及ぶ範囲は、その最たるものであった。

 もし、ここが亜空間であったなら、ビクトリアは黒魔術に手を染めた事になる。


 人が黒魔術に手を出すと、極めれば極めるほどに人間性が失われる。

 彼女は、非情な戦争の中で闇落ちしたのか?

 三傑などと呼ばれても、心の弱い、普通の女性なのだろう …。


 ビクトリアに少し同情した。

 マサンは、サバサバとした性格に似合わず情が深かったのだ。



「しかし困った。 帰る糸口を見つけねばならないが …」


 呟いた後、マサンは周囲を注意深く見た。

 それにしても、ここは、実に不思議な世界だった。

 

 

 天井から強烈な光がさし日差しは強いのだが、暑さを伴わない。

 天井に霞がかかって見えないのだが、目が眩むような光が見える。

 しかし、それは、太陽とも違う。


 明らかに今まで居た世界とは、何かが違っていたのだ。



 マサンは、どこまでも続く地平線を眺めていた。

 


「まずは、この砂丘を抜けるしかないな …」


 孤独のせいか、独り言が多くなる。

 自分でも、滑稽に思えるが、つい出てしまうのだ。


 マサンは、ポーチから小さな獣の形をした駒を取り出すと、そこに息を吹きかけた。

 すると、駒はぐんぐんと大きくなり、二つのこぶがあるラクダになった。


 ラクダは穏やかに、マサンを見下ろしている。

 腹の辺りを触ると、ラクダは膝を折って低くなった。

 彼女が背中に乗ると、ゆっくりと立ち上がり鼻を鳴らした。


 マサンは、高い位置から改めて周囲を眺めたが、生物らしき者の姿は全く見当たらなかった。


 この砂丘を抜けない事には、人に会えそうにない。

 彼女は、半ば諦めて、砂丘をさまようのだった。


 砂丘といっても広大すぎて、砂漠のような感じだ。

 ポーチから家を出して寝泊まりしながら、ひたすらに進んだ。

 そして半月も過ぎた頃、遠くに緑の森が見えてきた。

 ラクダの歩みはゆっくりではあるが、近づくに連れ、鮮明に見えてくる。

 やがて、木々が少しずつ増え、丈も高くなり、気がつけば、うっそうと草木が生い茂る森の中にいた。


 マサンは、ラクダから降りると、駒にしてポーチに放り込んだ。

 そして今度は、馬の駒を出して大きくすると、その背中に跨がった。



「それにしても、ここは何処なんだろう?」


 さすがのマサンも、少し不安になってきたようだ。


 森の中を深く入ると、通常の動物に出くわすようになったが、しかし、違和感は拭えなかった。


 何故なのだろうとよく考えると、ある事に思いあたった。


 魔物が全くいないのだ。

 これだけ深い森に魔物がいないなんて、普通あり得ない事だった。


 赤い地の海に始まり、魔法の水晶で通信ができないこと。

 また、通常いるはずの場所に、魔物が全く見当たらない。

 マサンは、深く考えてみた。



「もしかすると、ここは魔族が造った亜空間なのか? それにしても広大過ぎる。 いや、魔族が統治している場所 …。 ダンジョンの奥底なのかもしれない」


 マサンは、戻れる自信がなくなってきた。


 そんな時である。

 とてつもなく大きな魔力を感じた。

 まるで、師匠のジャームや兄弟子のワムを彷彿とさせるものである。


 マサンは、馬を駒に戻しポーチに回収すると、一心に周囲を探った。

 しかし、気配だけで姿は見えない。


 今まで経験したことがない緊張感を感じると同時に、言いようがない興奮が身を包んだ。

 そして、ポーチから魔法のマントを取り出し、それを被り透明になると、地を這うように気配のする方に走った。


 数キロ移動したところに、その姿を見つけた。

 そこには、頭から二本の角をはやし、背中から黒色の翼を広げた魔族の美しい女性がいた。

 


「そなたは、ジャームの弟子なのか?」


 魔法のマントを被り透明になっているにも関わらず、魔族の女性はマサンの姿を認めていた。



「なぜ、ジャームの名前を知ってる? おまえは、何者だ!」


 マサンはマントを脱ぐと、魔族の女性を睨みつけた。

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