第30話 逃亡する2人

 ミシンのマントに隠れていると、俺たちの姿が見えないのか誰も気づかない。2人は肩を寄せ合いながら、ゆっくりと歩いて屋敷を遠ざかって行く。


 サイモン伯爵の屋敷は、お城のような造りで大きいが、その敷地はさらに広大であった。


 しばらく歩いていると、俺たちを探す追手が通り過ぎた。やはり見えないのか気づかない。


 その後2人は、また、広大な敷地をどこまでも歩いた。



 マントの中は暑苦しくて、彼女の体臭がきつい。



「なあ、ミシン。 そろそろ、このマントを脱いでも良いか?」



「ダメだ! さっき、大勢の追手が行く姿を見ただろ。 恐らく街へ出る要所に検問を張っているぞ」



「俺たちは、そこまでのお尋ね者なのか? それとも、この国の役人は暇なのか?」

 

 悪臭のせいか、俺はイライラしてきた。



「そう怒るなよ。 私らを捕まえに来てるのは間違い無いんだから、今は我慢だよ」


 ミシンの言うのは最もな話だったから、何とか自分を抑えた。



「なあ、こんなにピッタリ体を密着して、俺の体臭は臭くないのか? 俺は、だいぶ体を洗ってないぞ …」


 さすがに、彼女が臭いとは言えなかった。



「まあ、臭うけど心配するな。 私も、ひと月は洗ってないから」


 俺は、彼女の話を聞いて気が遠くなって来た。



「体臭なんて、その内に慣れるさ。 我慢しな! あんた、男なんだから、もうちょっと辛抱強くならないとダメだよ。 でもさ …。 本当は、綺麗なお姉さんに密着できて嬉しいんだろ。 長い人生でも、こんなチャンスは滅多に無いんだよ」


 ミシンは、俺を揶揄うように更に体を密着してきた。普通なら嬉しいのだが、悪臭で、正直、限界だった。



「さあ、文句を言わずに歩きな!」


 俺は、諦めて黙々と歩いた。


 しばらく歩くと、遠方に森が見えて来た。どうやら、そこに向かっているようだ。



「なあ。 あの、森に入るのか?」



「サイモン伯爵のお城はデカくて、敷地も広大なのさ。 あの森も敷地の中にある。 しばらくの間、あの森に隠れて、捜索の手が緩んだ頃に、街道へ出て隣国へ逃げるのが良いと思うのさ。 それとも、他に良い方法があるかい?」



「隣国って、ベルナ王国だろ。 俺は、その国から逃げてきたんだ。 だから嫌だ …。 俺は、この国で生きたいんだ」



「タント王国では、マイドナンバーカードが無いと誰も雇っちゃくれないよ。 お金を稼げなけりゃ生活ができないだろ」



「他に、この国で生きる方法は無いのか? ベルナ王国だけには、帰りたくないんだ」


 俺は、ベルナ王国でされた仕打ちを思い出し、だんだん腹が立ってきた。



「それは無理さ。 この国は移民を認めてないから、密入国者として生きるしかないんだよ。 それで良いんか?」



「うう、それは …」



「それに、タントは最北の国だから南へ向かうしかないだろ。 そうなるとベルナ王国一択だ。 それとも、未開の地へ出て、そこから南下してサイヤ王国を目指すってのかい?」



「その方がましだ」



「未開の地には、魔族や魔獣がいるぞ。 凄く危険だ。 それなら、一旦、ベルナ王国に入って、そこからサイヤ王国を目指す方が簡単さ。 まあ、どの道、あたしゃ、ベルナ王国に行くよ。 あんたは、勝手にしな」



「うーん。 それなら聞くが …。 ミシンは、マイドナンバーカードを作ってい無いのに、今まで、どうやって生活してたんだ?」



「まあ、その事は、森に入ってから話すよ。 その変わり、イースも自分の事を正直に話すんだよ」



「ああ、分かった」


 この後、2人は会話せず、黙々と森に向かった。そして、太陽がだいぶ傾いた頃に森の中に入る事ができた。



 森の中に入ると、真っ先にマントを脱いだ。 でも、あれだけ臭かったのに鼻が麻痺したのか、悪臭を感じなくなっていた。

 ミシンは、腰に縛ったポーチの中を、手探りで何か探していたが、おもむろに箱のような物を取り出すと地面に放り投げた。

 すると、そこに、小さな赤い家が出現した。



「さあ、この家に入るよ」



「なあ …。 この家は …。 これは魔法なのか?」


 俺は、心底、驚いた。 そして、驚くとともに、過去にビクトリアが2人の家を作った事を思い出し心が震えた。



「何も、驚くこたあないだろ。 単なる魔道具さ。 イースは持って無いのかい?」



「ああ、何も無い。 初めて見た」



「そうか …。 まあ、とにかく、早く入んな!」


 中に入ると、簡単な調理場とリビング、風呂と寝室があった。



「今夜は、久しぶりに風呂にでも入るかな」


 ミシンは、ボサボサの髪をかき上げて笑った。

 そして、ポーチの中から、パンと干し肉を出してテーブルへ並べた。


「さあ、ここに座んな。 これから夕食だよ」


 俺は、言われるままに腰を掛けた。

 ジャームから、魔法と剣術を学んだが、魔道具の事は教わらなかった。

 最も気になるのは、あのポーチである。中に何がどれだけ入っているのか、なぜ、ポーチより大きい物が入るのか、不思議でならなかった。


 ムートの魔法使いも、同じように魔道具があるのだろうか?

 俺が知らない事はまだまだある。その奥の深さに驚愕した。



「さあ、イース。 あんたの事を話しとくれ。 伝説の魔導士ジャームの弟子と言ったよね?」


 ミシンは、真剣な眼差しで俺を見つめた。

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