第22話 シモンの誘惑

 ベルナ王国では、大隊長以上の軍幹部の面々が招集されていた。

 そして、お偉方を前にして、金髪の背の高い見目麗しき青年が、颯爽と熱弁を振るっていた。



「我らのベルナ王国において、大幅な軍事力の増強がなされようとしている。 ベネディクト王により開設されたムートにおいて、Sクラスの修習生が3名も選定されるという快挙があったのは承知の通りだ! その内の1人は、不肖、このシモンであり、もう1人のガーラは近々将軍となる。 そして、最後の1人となるビクトリアも、来年ムートを卒業し大隊長となる! いよいよ3名のフルパワーが発揮されようとしているのだ! ビクトリアには、来週より3ヶ月の間、参謀である私の側で学ばせる事となった。 この間、彼女には参謀補佐の職権を与える。 各部隊への周知徹底を図れ! それではビクトリア、挨拶をしなさい」



「ビクトリアです。 3ヶ月の間、参謀より学ばせていただきます。 状況によっては、現場に赴く事もあるかと思いますが、その際は、お力添えをください」

 

 ビクトリアが挨拶すると、大歓声と拍手が起こった。


 しかし、批判の声もあるようだ。ヒソヒソと話す連中もいた。



「あのビクトリアって娘、来年Sクラスを卒業って事は、今は16歳か。 いくら魔力があると言ったって、まだ子どもだぜ」



「参謀のシモンだって、まだ21歳だ。 なんで、あんなガキ達の命令に従わなきゃならんのだ」



「それにしても、あの娘、綺麗な顔をしてるよな。 シモンが手を出すんじゃねえか?」



「おいっ、滅多な事を言うな! シモンは、上級魔法使いグラン伯爵の子息だ。 耳に入ったら殺されるぞ」



「お〜怖え。 つい、口が滑った」


 軍の幹部達は、若造に指図される事に抵抗があるようだ。



◇◇◇



 閉会し、人が居なくなった会場で、シモンはビクトリアに近づき神妙な顔をした。



「イースの事なんだが …。 相手の妊娠した娘 …。 え〜と、サーナだったかな? 彼女は実家の子爵家に戻った。 それから、イースの罪を不問にしたんだが …。 結局、彼はダメな奴だったよ。 罪の重圧に耐えられずムートから居なくなったそうだ」



「えっ、居なくなった? 罪を反省して、自分の人生を誠実に生きてくれると思っていたのに …」


 ビクトリアは、驚いた後、悲しげな表情をした。



「そこそこ優秀な修習生と聞いていたが …。 でも、そもそもメンタルが弱い奴は、軍の指揮官には向かない。 だから、彼に取っては良かったと思うぞ」


 シモンが話しても、ビクトリアは何か考え込んでいる様子で、上の空だ。



「ビクトリア、聞いているのか? まさか …。 まだ、彼に未練があるのか?」



「いえ、そんな事は …」


 ビクトリアは、何かを諦めたように言葉を飲み込んだ。



「もう、過去の事だ。 気にするな。 それより、今夜、業務について話したいのだが、どうかな?」



「分かりました」



「夕食を、食べながら話そう」


 シモンはビクトリアの腰に、そっと手をあてた。



◇◇◇



 シモンとビクトリアは貴族専用の豪華食堂にいた。


 夕時、ここは貴婦人の社交場になるため、行き交う婦人達がシモンに挨拶をしてくる。

 そして、同席するビクトリアを見ると、好奇の目を向けて来た。



「まあ、お綺麗な方ですこと! シモン伯爵にお似合いだけど、どなたですか?」



「彼女はムートの、魔法使い修習生のビクトリアです。 来年ムートを卒業すると、軍の幹部として入ります。 僕の片腕となる候補生です」


 シモンが話すと、ビクトリアは軽く頭を下げた。



「シモン伯爵の側で働けるなんて、お羨ましいわ! 良かったですね」



「はい …」


 ビクトリアは一言だけ返したが、暗く元気がない。



「彼女は、社交会に不慣れなんです」


 シモンが貴婦人に答えると、気まずい雰囲気を感じたのか、相手は会釈しこの場を去った。

 この後も、別の貴婦人からの挨拶が度々あった。

 


「この場所を選んだのは失敗だったかな。 貴婦人の挨拶は迷惑だよな」



「いえ」



「ビクトリア。 さっきから、元気が無いが、だいじょうぶか?」



「いえ、そんな事は …」



「隠さなくても良いぞ。 イースの事が心に引っ掛かってるんだろ」



「はい …。 別れたとは言え、ムートを去ったと聞いて心配なんです」



「彼は、過ちを犯した。 だから、彼なりに罪を償おうとしてるんだろう」



「でも、彼は最後まで罪を否定していました。 私も、心の中で無実であってほしいと願っていました。 いえ、もしかして無実だったのではと思う時もあります」



「無実では無い! サーナの証言や魔法の水晶の映像もある。 君も見ただろ! 本来であれば、イースは重罪となるところ、僕の力で不問にした。 実は、この裁定について批判の声もあるんだ。 君のために力で黙らせてる。 彼には悪いが、ムートを去ってくれて助かった面もある」



「確かに証拠があって、言い訳できないわ。 でも、彼女なら …」


 ビクトリアは、言いかけてやめた。



「彼女ならって、何だ?」



「あのう、お願いがあります。 なるべく早い内に、ナーゼのいる小隊を慰問したいのですが、よろしいですか?」



「ナーゼの所にか? 彼女がイースに目をかけていたからか? 確か、彼女の小隊は隣国との臨戦体制に入っていたな。 君は正式に入隊してないから認められない」



「それは納得いきません。 私はこれまで、軍に請われ、何度も戦地に随行しました。 だから問題はないはず。 どうしても、彼女に話したい事があるんです。 お願いします」



「じゃあ、僕も同行しよう。 それなら許可する」


 ビクトリアの必死の表情を見て、シモンは不快な顔をした。

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