第19話 絶望

 ビクトリアの話を聞いた翌日の早朝、俺は、Cクラスのサーナを訪ねた。

 しかし、サーナは既にムートを去っており、連絡するすべもなかった。

 

 意気消沈し、親友のベアスを訪ねた。

 すると、ベアスは、いきなり俺を殴りつけてきた。



「いきなり、何をするんだ!」



「俺は、これまでイースを親友だと思っていた。 だが、それは勘違いだった。 よりによって、俺が好きだと打ち明けたサーナを …」


 ベアスは、涙を流して一旦言葉を飲み込んだ。



「サーナの心をもて遊び、妊娠させて捨てるなんて! しかも、おまえにはビクトリアがいるのに! どうして、そんな酷い事ができるんだ! いくら女にモテるからって、人間のする事じゃない!」



「俺とサーナの間には何もないんだ! お願いだから信じてくれよ!」



「じゃあ、これは何だ?」


 ベアスは、俺に封筒を投げつけた。

 中には、サーナの書いた手紙が入っていた。

 書かれた内容を見て、愕然とした。

 そこには、イースを愛してるから身体を許した事、妊娠を打ち明けたら秘密裏に堕ろせと言われた事、ビクトリアが恋人だから身を引けと言われた事、それでもイースが好きだから責めないでほしい事、子爵の親を頼りムートを去る事が書かれていた。

 しかも封筒には、内容が真実である証明として、貴族の封印が押されていた。



「違う、デタラメだ。 これは、シモンが仕組んだ事なんだ。 皆んな騙されてるんだ」



「シモン様は、ムートの魔法修練場のSクラスを卒業され、伯爵の爵位を得て、軍の将軍となられたお方だ。 ちっぽけな色恋沙汰に関わるハズがないだろ。 イース、頭はだいじょうぶか?」



「シモンは、ビクトリアを奪おうとしてるんだ」



「もう、良い。 呆れて話しするのもバカらしい。 もう、おまえとは友達でも何でもない。 顔も見たくない、絶交だ。 そうだ、ムートの決まりでは、女子を妊娠させると男は重罪になるぞ! 罪を償え!」


 ベアスは、人が変わったように怒った後、どこかに行ってしまった。


 俺たちの話を聞いたのか、周りの修習生達がざわついていた。



 ムートの決まりで、女子を妊娠させると、相手の男子は重罪となる。

 しかし、俺は罪に問われなかった。ビクトリアが話した通り、シモンが手を回したのかも知れない。敵に情けをかけられたようで、惨めになってしまった。



◇◇◇



 罪に問われないとはいえ、サーナを妊娠させたという話はムートの中で広まった。そのせいで、修習生だけでなく、教官からも嫌がらせを受けるようになった。

 毎日が、針のむしろだ。俺は、それでも耐えた。故郷の村や両親の期待、それと、ビクトリアの誤解を解こうとする意欲が、俺の支えだった。


 しかし、日を追って酷くなる壮絶なイジメや嫌がらせに、やがて限界が近づいて来た。



 最後にもう一度、ビクトリアに逢いたい。お互いが別の道を歩んだとしても誤解だけは解きたい。

 そう願い、腕輪に何度も話しかけた。

 しかし、ビクトリアが来てくれる事はなかった。



 もう、全てを諦め、何もかも捨ててムートを去ろうと思った時、ビクトリアから手紙が来た。


 そこには、2人の家で今日の夕方に待っていると書かれてあった。

 俺の気持ちが通じ、誤解が解けたのだと思い、いても立ってもおられず、懐かしい家へと向かった。


 早々に着き、リビングで待っていると、やがてビクトリアが現れた。

 俺は、最愛の人の美しい顔を見て、心の底から安心した。ビクトリアも逢いたかったのだろう。俺の顔を見るなり、堰を切ったように話し始めた。



「私だってイースを信じたい。 でも、いくらあなたが弁解しても、動かぬ証拠がある以上、信じられない。 これ以上の嘘は、あなた自身を貶めることになるのよ。 イースが、そんな人だと思わなかった …。 私をこれ以上、幻滅させないで!」


 矢継ぎ早に出る言葉に、俺は耳を疑った。もう、言い返す気力もなかった。


 将来を誓い合ったビクトリアだけは、信じてくれると思っていた。


 それを拠り所に、耐えて来たのに …。


 力が抜け落ちると同時に、もう、何もかもが、どうでも良くなってしまった。


 俺は、ビクトリアを振り返る事さえできず、その場を後にした。



 ビクトリアと別れてから、気が抜けたような状態で日々を過ごした。

 イジメや嫌がらせは相変わらずだったが、それさえも感じなかった。


 そして、ビクトリアと最後に会った日の7日後、俺はムートを去った。


 15歳の夏の事だった。



◇◇◇



(ムートでは、何もかも失ったな。 でも、俺には信頼する家族がいる。 早く帰りたい)


 ふと思った。家族だけが最後の支えだった。

 

 俺は、故郷の村に急いだ。


 ムートに来る時は、まだ10歳で幼かったから1ヶ月半もかかったが、15歳の今は、3週間で故郷に帰る事ができた。


 村に入ると、見知った顔を見かけたが、背が高くなったせいか俺だと気づかない。早く家に帰りたかったのもあり、軽く会釈し先を急いだ。


 そして俺は、自分の家の前にいた。玄関の前に立っている。



「帰ったよ」


 ドアを開いた。



「イースなの?」


 妹のヤーナだった。

 見ない間に、背が高く女性らしくなっていた。俺は、妹の成長に驚いた。

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