009.ありふれたネトゲーマーの日常
まあ何も無いんですけどね。
昔の知り合いと恋愛漫画文法みたいな再会をした翌日、あたしはいつものように日課をこなしていた。
ネトゲの基本は日課の消化だ。
諸説あるかもしれないけれど、少なくともあたしにとってはそう。
経験値を、ゴールドを、あるいはコインを求めてログインしては日課をこなしている。
コインっていうのは集めると色々交換できる第二通貨みたいなものね。受け渡しは不可。
これがネトゲである限り、そのルーチンは崩さない。
流石にアプデ直後とかは例外だったりもするけど。
そもそも新パッチのストーリー進めないと日課ができなくなるようなこともあるしね。
今日は誰かに誘われることもなかったので一人でランダムデイリーをこなしていく。
「こんにちはー」
ランダムマッチングで最新パッチのIDにヒーラーで入ると、初見さんはいないようで既に全員初期地点に立っていたい。
「よろしくお願いしまーす」
4人で揃って走り出す前に、いかつい竜人キャラのお兄さんが確認するようにこちらを見る。
「まとめどうします?」
「2グループ行っちゃって大丈夫ですよー」
「了解っす」
ここのIDは最初のボスに辿り着く前に、10匹程度のリンクした雑魚のグループがふたつあり、基本的には一つずつ順番に戦える。
ただし慣れてるメンバーなら1グループ目を引っ張ったまま2グループ目まで全力疾走して約20体一斉に倒すなんてこともできたりする。
範囲攻撃でまとめて殴れる分、もちろんそっちの方が早く済むのだが、当然タンクの受けるダメージも加速するので基本的には相談して決めた方がいい。
旧来のテキストチャット式ネトゲならともかく、今は口頭で確認も一瞬だしね。
ちなみに、確認せずに突っ走って全滅するとリスポーンで初期地点に戻されて雰囲気悪くなるゾ。
「それじゃあ行きますねー」
タンクさんが走り出すと同時に、アーチャーさんが非戦闘時移動速度アップのスキルを使いわずかに速度が上がるのを感じる。
最新IDは通う頻度が一番高く野良でもルーチンの練度が一番高い。
なんなら軽くタイムアタック気分だ。
タンクさんが『挑発』からの範囲攻撃でヘイトを取り、リンクした雑魚の一匹がその攻撃が漏れたので走るのを止めずに一拍後に遠距離攻撃を投げる。
ヒーラーの自分は攻撃するのに立ち止まって詠唱する必要があるので、そのままタンクさんに無詠唱ヒールだけ投げて後を続く。
魔術系のジョブってこういうとき不便よねー、と思ったりもするけど、どうせここで殴れても2グループ目の雑魚を処理する速度は変わらないのであまり気にしない。
そして2グループ目までたどり着いてタンクさんが雑魚をひとまとめにすると、パーティーメンバーの四人目の黒魔さんが『エクスプロージョン』を真ん中に投げる。
空間が収縮し、そのまま爆発するエフェクトと共に、敵のHPがごりっと減った。
爆風が顔を撫で、髪がばさばさと揺れるがこのゲームはフレンドリーファイア判定は無しなのでノーダメージ。
最初はその迫力にビクッてなったりするけど、まあすぐ慣れるよね。
そのままタンクさんはヘイトが漏れないように範囲攻撃をしながら自己ダメージ軽減を切らさないようにスキルを回し、あたしもそんなタンクさんが死なないように回復をしつつも雑魚を削っているアタッカーさんに交じって範囲攻撃を投げる。
HPは常に満タンを維持しようとすると上限を超えた回復が無駄になってもったいないので、HP7割ラインを目安に回復し、5割を切りそうになったらリキャスト長めの強い回復スキルを投げて戻す。
そんなルーチンを組み、問題なく雑魚の処理は終わった。
「タンクさんが優秀なおかげで雑魚はまとめても大丈夫そうですねー」
「いえいえー、ヒラさんのおかげですよ」
「アタッカーさんの削りも早いですし、このままじゃんじゃん進んでいきましょー」
「はーい」
「お、珍しい」
ID最後のボスを倒して出現した宝箱を開けると、システムウィンドウに装備以外のアイテムが表示される。
確定でドロップする装備とは違い低確率で落ちるそれは、使用すると小鳥をペットとして呼び出せるアイテムだ。
「これ高いやつでしたっけ」
「たしかバザーで30万くらいするかと」
「おー」
「あたし初めて見ました」
「ドロップ率激渋ですもんねー」
最新IDだと毎日数千から数万人くらいのプレイヤーが日課としてプレイしていると思われるので、その分過剰供給にならないようにドロップ率はかなーり絞られている。
具体的には毎日通ってても結局一度も見ることなく、数ヶ月後の新規ID追加で最新IDが更新されるほどだ。
その分、運良くドロップしてゲットできるとそこそこの儲けになるんだけどね。
「んじゃロットしますか」
「あーい」
ということで全員がwantすると、システム側でランダムに当選者が選ばれる。
「よしっ、ってこっちじゃなーい!」
アイテムゲットしたと思ったら装備だったアーチャーさんの叫びが響き、システムログには黒魔さんの当選が表示される。
「おめでとうございますー」
「ども」
あたしとタンクさんがアイテムのクラッカーを鳴らすと、アーチャーさんもそれに続き黒魔さんは軽く会釈をした。
「それじゃあ出ますか、ありがとうございましたー」
「したー」
「またー」
「よろしくおねがいしまーす……。おっ」
今度はランダムマッチングでノーマルバトルに入り、飛ばされた先の風景を見て声を漏らす。
周りを暗闇と僅かに見える都市の遠景に包まれたここは、前回メインパッチ分のストーリーのラスボスだった。
背丈がプレイヤーの三倍はありそうな、おどろおどろしい死神の姿をしたボスはパッチのラスボスに相応しい威圧感をまとっている。
ここはかなり良い感じにストーリー盛り上がったのよねー、なんて当時のことを思い出しながら周囲のメンバーを確認すると、そこには自分を含めて7人が揃っていて遅れて一人が転送されてきた。
狐耳のピンと立てながら、140センチ程の身長でキャラメイクをしている彼女は、その身体に不釣り合いな大斧と共に真剣な顔でお辞儀をする。
「初見です、よろしくお願いします!」
「はーい」
あたしたちにとっては日課の一部であっても、彼女にとってはストーリーのクライマックスなのでそこに水を差すようなことはしない。
初見と経験者が一緒に遊ぶネトゲだからこそ、そういう所は気を使わないとね。
というわけであたしは、右手に握っていた片手剣をクルリと回して鞘に納めた。
「メインタンクどうぞー」
「あっ、ありがとうございます」
「いえいえ」
狐耳の彼女は一度お辞儀をしてからスタンスを入れ、背中から背丈よりも大きい斧をよいしょと構える。
「それじゃあ、カウント20秒で行かせてもらいます」
「いつでもオーケーですよー」
周囲からの声を聞いて彼女がシステムウィンドウを操作すると、『二十秒』とシステムアナウンスが流れる。
『十五秒』、『十秒』、『九』、『八』、……。
カウントに合わせてヒーラーのスキルが広がり、各々の身体の輝きと共に継続回復とダメージカットのバフが付与されていく。
この戦闘開始前にバフ盛りまくってる感じMMOっぽくて好き。
『三』、『二』、『一』。
そしてゼロになると同時に、メインタンクの狐耳さんの最初の攻撃がボスに着弾した。
「すいません!」
ピカーッと天から注ぐ光を受けて蘇生した彼女に武器を構えながら謝られる。
「全然大丈夫ですよー、あたしも初見の時は死んだのでー。挑発どぞ」
「はい!」
勢いがいい返事と共に飛んだ挑発のエフェクトを見て、あたしは彼女がギミックをミスして戦闘不能になってからヘイトを取るために入れていたスタンスを切りつつ立ち位置を譲る。
切らないとたまに火力差でヘイト追いついちゃったりするしねー、それに主役は譲りたいし。
敵の攻撃を正面から受けるメインタンクはバトルの主役感があるので、折角ならストーリー盛り上がってる初見の人にやってもらいたいみたいな気持ちはあります。
まあ嫌そうなら普通にMTやるけど。
とはいえ少なくとも今MTを受け持っている彼女はやる気があるので、あたしはサポートに回っている。
「となりお邪魔しますねー」
「はいっ!」
二人受けの予兆が出たのでそっと近づき、余ってる軽減を複数まとめて使うと、全然HPが減らずに済むのでヒーラーの余ったリソースが狐耳さんに飛んでいく。
この分ならあとは大丈夫かな。
一度目の床舐めたギミックを二度目はちゃんとした彼女を見ながらそんなことを思う。
そしてその予想通りに、問題なくボスのHPゲージが0になった。
「よいしょ」
両手に持って振り上げたつるはしを振り下ろすと、カーンと気持ちいい音が響く。
汚れても大丈夫な動きやすい作業服に身を包んで上着は脱いで腰に巻きながら、今は採掘師のジョブになっているあたしが火山の中で輝く採掘ポイントをカンカンと叩くとバッグにアイテムが収納されていく。
ちなみに岩場が輝いてるのは採掘師のスキルの一つね。
今採掘したのは指定のゲーム内時間にだけ出現する採掘ポイントで取れるアイテムと、一日一回限定で取れる限定アイテム。
限定アイテムの方はバザーでそこそこの値段で売れるので、採集系のジョブを上げているプレイヤーなら大体は一日一回ゲットするのが日課になっているものだ。
こうやって火山で採掘してると無限にお守り掘っていた記憶が蘇りそうになったのでそっと蓋をしておく。
「こんばんはー、お隣いいですかー?」
「どうぞどうぞー」
同じように採掘に来た同業者さんが隣に並んで、二人でカンカンとつるはしを振り下ろして火山のアイテムをいくつか回収していく。
カーン、カーン、カーン、カーン。
つるはしの協奏曲を奏でながら火山の暑さに汗を流しつつ、目的の数が集まったので作業を止めて横を見た。
お隣さんが暑そうに息を吐きながら汗を拭うので、手持ちからミネラルウォーター(店売り2ゴールド)を取り出して差し出してみる。
「良ければどうぞ」
「あっ、ありがとうございます~」
受け取った相手がゴクゴクと喉を鳴らしてから、残りをマラソンランナーみたいに頭からバシャバシャと被った。
水が滴る髪と濡れて肌に張り付いたシャツがセクシーなのはともかく本人は気持ち良さそうだ。
あたしも今度やってみよ。
わりと自分じゃ思いつかないけど色んな人がいるから知ることが出来るプレイっていうのもネトゲの醍醐味だったりするよね。
攻略とかも人のプレイ見たら参考にあることよくあるし。
なんてことを思いながらあたしはつるはしを仕舞う。
「それじゃあお先に失礼しますー。採掘がんばってくださいー」
「はーい、お水ありがとうございましたー」
ということでテレポートを使い、光の粒子に包まれながら拠点としてる町に戻った。
「なにか売れてるかなー」
バザーに出品していたものが減っていないか、街のマーケット周辺に設置してある専用の端末を操作してログを確認する。
個人のバザー出品枠は50あるので、それを埋めて金策するのがこのゲームの基本ね。
「おっ、装備売れてる」
生産系のジョブクエストで各ギルド納品するアイテムのいくつかが売れていたので、それを再びクラフトして出品しつつ、ついでにさっき採集してきたアイテムの一部も出品しておいた。
このゲーム、例えば鍛冶師ならジョブクエストで鎧を作ってこいなんて言われたりするのだが、それを自分で作らずにバザーで買ってそのまま納品出来たりするツッコミどころ満載の仕様なのよね。
なのでその課目になっているアイテムには常に需要があり、お小遣い稼ぎとして定番の手段のひとつになっている。
あんまり競合相手が増えて値下げ合戦になると足が出たりするから品目は選ばないといけないけど。
「こんばんは」
冒険者ギルドに入りカウンターに挨拶すると、受付のスキンヘッドのおじさんが歓迎してくれる。
「おう、よく来たな」
「納品お願いします」
「あいよ、どれにするんだ?」
「これとこれで」
「それなら合わせて3万2023Gゴールドだな」
「もうちょっと高くなりません?」
「文句があるなら他所へ行きな」
「ケチー」
採掘依頼の納品を請け負ってくれるギルドのおじさんはNPCだけどAIを積んでいて、こんな雑談にも付き合ってくれたりする。
まあ交渉しても金額は上がらないんだけどね。
とはいえ、「武器は装備しないと意味がないぞ」なんて言ってた時代よりずっと進歩したNPCを前にするとついつい遊びたくなってしまう。
なんならNPCにガチ恋して本気でアプローチかけてるプレイヤーもいたりするし。
日本人が一体どこに向かおうとしているのかちょっと不安になるよ、ほんとに。
なお、掲示板だと好感度上げたらNPCと恋仲になれたなんて報告が定期的にあがったりするけど、全部捏造だろうと言われている。
NPCに専用AI積むのは他の要素でやってるゲームだから技術的にあり得ないとは言えないんだけど、それやるためのコストはどこから捻出されてるんだって話になるしね。
いっそ公式ショップに、『NPCと付き合えるアイテム:2000円』とかって売ってれば信じるけどさ。
まあそれはそれでゲームジャンルが行方不明になりそうな気もしなくはないけど。
今日はこんなもんかなー。
一日のルーチンをざっと終えて、街中を歩いていると丁度いつものカフェの席に座ってる人と目が合った。
「アイ」
名前を呼ばれて、近くまで歩く。
「ほんとに待ってたんだ」
「また来るって言ったじゃない」
口約束なんて当てにならないもので、それがゲームの中なら尚更なわけだけど、今回はそうじゃなかったらしい。
「完全に忘れてた」
「嘘でしょ」
「…………」
当然のように指摘されたその言葉にあたしの表情がピクリと揺れた。
「人の心を読むのが上手いのは相変わらずみたいね」
「アイは特にわかりやすいもの」
そうでもないと思う。
そんな無言の抗議を無視してスミレはシステムウィンドウを操作する。
「それじゃ、フレンド登録」
「はいはい」
ということで、あたしの数少ないフレンド欄に名前が一つ増えた。
☆フレンドがまた増えたよ!やったねアイちゃん!
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ということで、一週間毎日投稿予定は完了です。
引き続き、よろしくおねがいします。
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