第28話 琴色静音の事情
「告白を断ったらキスされたぁ……!?」
「う、うん……」
現在、俺はプールの縁に腰掛け流れのない普通のプールで、倉橋君にあの衝撃の事態の真相を聞いていた。
キスをした後泣き出してしまった琴色さんを佳南と筑波に追い掛けて貰い、俺は七宮さんと共に倉橋君の方へ向かった。
飯なんて食べる暇もなく、俺達は場所を移動して佳南達の連絡を待つことにしたのだ。
しかし……
「いきなりだな……」
琴色さんの言っていた作戦ってこれの事だったのか……。
あまりにおざなりと言うか、男は誰でもキスでもされれば心が動くと思っているのだろうか。
俺は動いちゃうタイプだから何も言えんけど。
「……ごめんよ。せっかくの楽しい雰囲気を壊してしまって」
「それは構わないけど、よくもまぁあんな短時間で告白なんてしたなぁ琴色さんも」
俺が少しだけ茶化すようにそう言うと、倉橋君も苦笑いしながら事情を語ってくれた。
「いやぁびっくりだよ。最初は普通に喋ってたんだけどね?彼女、いきなり立ち上がって好きだって言ってきてさ……。僕には僕をずっと好いてくれてる人が居るから急に言われても良い返事は出来ないって言ったんだ。そしたら……」
「キスされて、それを俺らに見られてパニックと……」
「……うん」
思いきった事するなぁあの生徒会長……。
「それにしても、あんな可愛い女の子の告白を断らせるなんてやるじゃん七宮さん」
さっきからずっと黙っている七宮さんに、おどけるように言うと、彼女は俯いて両の拳をぎゅっと握った。
「……倉橋君、何で断ったんですか」
「え?そ、そりゃ僕にはエミちゃんが居るし──」
「私、倉橋君の彼女でも何でもないのに……!?」
「そ……それは……」
あちゃー……。
七宮さん、相当堪えてるみたいだな……。
彼女はさっきも言っていた。
自分には自信がないと。
ずっと好きだと伝えているのに倉橋君がその想いを受け止める事はなく、いきなり出てきた女に唇をかっさらわれたんだからな。
正直、見てて辛いものがある。
これ……七宮さんからしたら俺ってマジで疫病神だな……。
七宮さんは俺が二人に頭を下げた時と同じように、溜まっていたものを吐き出し始めた。
「倉橋君はまだ桜庭さんの事を引きずってるだろうから、私ずっと我慢してました……!だけど、告白の言い訳に私を使わないで下さい……!!」
「エミちゃん……僕は本当にそんなつもりじゃ……!」
「だったら私をもっと安心させて下さいよ……!私はこんなに倉橋君が好きなのに、倉橋君からは一度も……!!」
この主人公様は鈍感だからな。こうやってハッキリ言ってやる方が良いのかも知れない。
「分かった。でもここじゃ人目もあるし、帰ってからいつもの場所できちんと僕の気持ちを言葉にするよ」
「……! 本当……ですか……?」
「約束する」
「……なら、今だけは我慢します」
「うん……ありがとうね」
「いえ……」
あー……俺マジで邪魔じゃん。琴色さんの方に行けば良かったや。
しかもすっげぇ簡単に仲直りしてるし。
二分の一外したぁ……。
もう良いや、俺も佳南達の方に向かお……。
「あの……俺琴色さんの方に行くんで、後はお二人で好きにして下さい……」
「え、プールはもう終わりかい!?」
「……お前がまだ琴色さんと遊べるなら続けても良いが」
「うっ……」
「あんな美人の告白を断るからこんな面倒な事になったんだよアホ」
「し、仕方ないじゃん!それに、琴色さんを紹介した要君はこうなる事分かってたんじゃないのかい?」
それは当然の疑問か。
だけどマジでこうなるとは思って無かったからなぁ。
その疑いの眼差し、今は甘んじて受け入れておくよ。
「まぁ倉橋君との仲を取り持つつもりではあったがここまでするとは知らなかったんだよ」
「本当かい……?」
「本当。でも今日の事は俺が悪いな。謝るよ」
「……いや、要君は悪くないよ。ごめん僕もちょっと気が立ってたみたい」
「……そうか。プール、詫びの代わりじゃないけど俺達が帰るし二人で楽しめよ」
俺がそう言うと、倉橋君は「そうするよ。ほんとごめんね」と返した。
「そうだ、琴色さんにも謝っておいて欲しい。それと友達としてなら仲良くしたいって伝えてくれないかい?」
「……お前は鬼か。まぁでも倉橋君が琴色さんを責めてる訳じゃないって言っとくわ」
「分かった。それで頼むよ」
「あいよ」
そして佳南と筑波、そして琴色さんの荷物を持って、俺は三人の元へ向かった。
筑波の位置情報を見ると、どうやらこの施設のすぐ隣の駐車場に居る事が分かった。
10分程掛けて彼女らの所に向かうと、自販機の隣で薄手のパーカーを羽織る佳南と筑波、俺のラッシュガードを肩に掛ける琴色さんの姿が見えてくる。
「あ、高知君……!」
筑波は俺を見付けるや安堵の表情を浮かべた。可愛い。
「……要」
佳南の方はと言うと、こちらは困ったような顔で俺を見ている。
俯いて体育座りしている琴色さんを見れば、まぁ何を言いたいかは大体分かる。
俺は彼女達の元へ駆け寄って、ひとまず話を聞く事にした。
「えーっと……倉橋君達の方は大丈夫なんだけど、琴色さんはどういう感じ……?」
「……見ての通りよ。ずっと塞ぎ込んで何も話してくれなくって」
そりゃまぁ告白を断られてキスシーンを見られたらそうなるわな……。
はてさて……どう対応したものか……。
間違っても『フラれてどんな気持ち?ねぇ今どんな気持ち??』なんて聞くなよ俺……。
「琴色さん……倉橋君は気にして無かったし、そんな落ち込まなくても良いと思うぞ……」
「……カナメ君……」
少しだけ顔を上げた琴色さんは力無く返事をくれた。
「……ごめんね。ちょっと焦っちゃってあんな事しちゃった」
「良いさ。まさかキスまでするとは驚いたけど」
「うぅ……!倉橋君に申し訳な──」
琴色さんが倉橋君への謝罪の言葉を口にしようとした時、見知らぬ男女が俺達に大きな声で話し掛けてきた。
「あっれー!生徒会長じゃーん!なになに?1対3で男取り合ってんのー?w」
「あ──静音……!?」
煽るような口調で琴色さんを指差したのは、足や胸元を大胆に晒す金髪ギャル。
そして、琴色さんの事を名前で呼んだのは、筋骨隆々でガタイの良い男。
誰だ……?琴色さんの知り合いっぽいが……。
佳南と筑波に視線を向けても首を横に振ったので、間違いなく俺達には関係のない人物達だ。
琴色さんはその二人に気付くと、突然顔を青くして立ち上がった。
「竜……!?」
「お、おぉ……久しぶり……」
気まずそうにだが爽やかに手を振った、竜と呼ばれた男に、琴色さんはキっと視線を強めた。
「……久しぶりじゃ……無いわよ……裏切り者……!!」
「はぁ……まだ根に持ってんのかよ……うぜぇ~……」
俺達は事の成り行きを見守る事しか出来ず、じっと三人の会話に耳を傾けた。
少しずつだが三人の関係性が見えてきたな……。
「ぷっ、なに生徒会長?まだうちに彼氏取られた事怒ってんのー?メンヘラ女が元カノとかきっつw」
「……っ!あ、あたしは──」
「あーもう良いって。俺達行くから。邪魔したな」
「ま、待っ──」
「んじゃねw」
見せ付けるようにして、男の腕に胸元を押し当てて去って行くやかましい男女。
後ろからギリっと歯を食いしばる音が聞こえた。
琴色さんの方を振り向くと、今にも泣き出しそうな痛々しい姿で両手を握りしめている。
「琴色さん……今のは……」
「……見苦しい所を見せたわね。あれはあたしの元カレよ」
「……やっぱし」
もしかすると、琴色さんが倉橋君に迫った理由もこの辺りにあるのかも知れない。
……事情を聞けば面倒な事になると俺の直感が告げている。
けれど聞かない訳にはいかない。
お役御免とは言え、まだ協力関係は継続中だしな……。
「あー……もし嫌だったら言わなくて良いんだけど……琴色さんが倉橋君に告白したのって──」
「あいつらを見返してやる為、と言ったらカナメ君は共感してくれるのかしら……!?」
「……」
琴色さんは下を向いて吐き捨てるようにそう言った。
……言いたくないなら言わなくて良いってのに。
「あ……ごめんなさい……カナメ君は悪くないのに……」
「気にしないでくれ。無神経な事言ったのは俺だ」
俺がそう言うと、後ろから佳南が援護射撃?のようなものをしてくれた。
「ごめんね、バ要はデリカシーってものが無いの。だけど話はちゃんと聞いてくれる男よ。それに──」
佳南の言葉に筑波が続く。
「私達も聞くから。本当に言いたくない事は良いからね。けど、話せば楽になる事もあると思うよ」
二人の言葉に琴色さんは瞳を潤ませた後、ベンチに座り直してゆっくりと口を開いた。
「……今日は迷惑掛けてばっかりだしね。ちゃんと言うよ……あたしの事」
「あぁ」
そして、開幕一番琴色さんはこう言ったのだ。
「あたしね……さっきの、元カレで幼馴染みだったんだ。信じてたのに……あいつはあたしを捨てたんだ……!!」
幼馴染み、そのワードを聞いただけで俺は軽い眩暈に襲われる。
またデリカシーが無いと言われるから口にはしない。
だが思ってしまうくらいは許して欲しい。
──ブルータス、お前もか。と。
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