第26話 プールに行こう!
夏休みが始まって早いもので二週間程が経過した。
今日は8月2日。
とうとう夏本番、そして生徒会長琴色さんの依頼である倉橋君との仲の取り持ちを実行する日だ。
あの日佳南から告白……のようなものを受けてから何度か筑波と3人で遊んだりと、それなりに濃い夏休みを俺は過ごしていた。
悪くない、本当に悪くない日々だった。
もしも佳南と出会わなければ、俺は未だにマナへの気持ちを引きずって、灰色の夏休みを送っていたと思う。
佳南のおかげで俺の天使とも頻繁に会う事が出来てるしな。
惜しむらくはこの小指……。
まぁもうあと少しの付き合いだ。我慢してやらぁ。
本当は今日という日に間に合えば良かったのだけれど。
そう、俺は現在──
「暑い……」
「いやーまさか要君からお誘いが来るだなんて思って無かったよ!」
熱気でムンムンとする男子更衣室の中、俺は主人公様──倉橋陸君と共に水着に着替えていた。
「むしろ俺の方が驚きだよ。倉橋君、メンバー聞いたら断ると思ってたから」
ズボンを下ろしながら俺はそう返事をした。
俺は家を出る時から下に水着を履いていたので、脱ぐだけで着替えは完了だ。
どうやら倉橋君も同じらしく、俺達はすぐに準備を終えてプールの方へと向かった。
どうせ俺は泳げないで、日焼け対策である黒いパーカータイプのラッシュガードを羽織る。
すると倉橋君は目をキラキラとさせながら答えた。
「そりゃ友達の恋の応援の為なら僕も一肌脱ぐってもんだよ!」
「……まだその勘違いしてたのか」
「え?なんて?」
「いや、なんでも」
とは言え、もうあまり勘違いとも言えない状況にありつつある。それ程強くは否定出来ないんだよなぁ……。
俺達は雑談をしながら更衣室を抜けた。
すると目の前にはきらびやかな、陽の者達の集いとでも言うべき光景が広がっていた。
『おぉ……!!』
電車を乗り継いで1時間程、俺達が住む近くで一番大きなこのプールには、それはもう大勢の人達、主に若者が集まっていた。
俺や倉橋君は根は陰キャだからな。こういう場所では少し浮き足立ってしまう。
「ぼ、僕実は友達とプールとか初めてなんだ……!ほ、ほんとにやばいね……!」
「俺もだよ……これは凄まじいな……女の子達が谷間を惜しげもなく……ぶはぁ!こりゃたまら──」
「要さぁん、どこ見てるんですかぁ~?」
『!?』
俺達は背後から聞こえてきた耳馴染みのある声に振り向いた。
そこには顔面をピキピキさせて不機嫌そうな佳南と、こわーい笑顔を浮かべた筑波、更には七宮さんと琴色さんが雁首揃えてお控えなすっていた。
「高知君、あんまり一人ではしゃいじゃ駄目だよ?私、
「ひゃ、ひゃい……」
わぁお……天使様のお声に温度がないやぁ……。
佳南と筑波が俺にオーラを向けているのと同時に、七宮さんも口をへの字にしながらじぃっと倉橋君を見つめていた。
「……」
「あ、あの……エミちゃん……?」
「……大きい方が好きなんですね……」
「えぇ!?」
七宮さんは自らの慎ましやかな胸元を抑えて、しゅんとしてしまった。
その様子に焦ったのか、倉橋君は急に俺の両肩を掴んで激しく揺さぶった。
「か、要君のせいで変な誤解されたじゃん!女の子見てたの要君なのに!」
「何言ってんだよぉお前も見てたじゃん~俺達、ナカマじゃないか」
「倉橋君のばか……」
「ちょ、エミちゃん!待って誤解だから!」
主人公とヒロイン達は俺達を置いて、プールサイドの日陰の方へ走り去ってしまった。
……なんかほんとに良く見るような光景だ。
「やれやれ……俺達も行くか──」
俺は二人を見送った後、再び佳南達の方へと振り返った。
そしてこのタイミングで、ようやく俺は彼女達の破壊力を思い知ったのだ。
「ん?何今さらジロジロ見てんのよ」
初めに俺の目に飛び込んで来たのはやはり抜群のプロポーションを持つ佳南だった。
高校生離れした長い手足を華々しく魅せる黒いビキニを着用する佳南。
普段のギャルっぽい印象から一転、大人の魅力を醸し出している。
ハーフアップに纏めた髪が若干の幼さも感じさせる筈なのに、やはり佳南は恐ろしく美少女だという事を再認識させられる。
「高知君……?ちょっと視線がやらしいよ……」
続いて視線を釘付けにされたのは勿論俺の天使、筑波様だ。
こちらはやはりと言うか、ワンピースタイプの露出はやや控え目な高校生らしい水着である。
だがそれで良い。むしろこれが正解まである。
天使にエロさは要らない。清純こそが正義。
だが……控え目と言うにはあまりに彼女に実る果実ははっきりと存在感を示しており、胸元を隠しているのがむしろ想像力を掻き立てられて──
「良いよ二人とも……!」
「ちょ、あんた顔緩みすぎ!キモっ……」
「は、恥ずかしいよ……」
やはり二人は掛け値無しの美少女だ。生きてて良かった。
二人の水着姿を見れただけで俺は大満足だ。
そう、もう一人のあまりに強大な戦闘力を目の当たりにするまではそう思っていた──
「倉橋君……」
「琴色……さん……!?」
「え?」
俺は佳南と筑波の後ろで倉橋君達を見やる琴色さんの存在に気付く。
いや、気付いてしまったと言うべきか。
「……ま、マジか……すっげぇ……」
『要(高知君)!!』
「え?え!?」
はっきり言ってしまおう。
俺は琴色さんの胸元をガン見してしまっていた。
だってすげぇにマジで!
たぶんスタイルの良さでは佳南が勝つだろう。
だが少しだけムチっとした体躯が持つ戦闘力は半端じゃなかった。
深い渓谷のような谷間を支える紫のビキニは、今にもはち切れんばかりである。
何カップあるんだあれ!?
「俺……もう死んでも良いやぁ……」
『こらーーー!!』
「……あー……そういう……さすがサイテーな人」
俺が溶けきっていると、やはり彼女の偉大な実りに惹かれた男どもが琴色さんに視線を向けている。
あまりにも露骨な視線に、琴色さんも段々と嫌気が差し始めていそうだ。
少し申し訳無さを感じたので、俺はパーカーを脱ぎそれを琴色さんの肩に掛けてやった。
「……ごめん、もしかしたらコンプレックスだったりしたか?」
「まぁ……ちょっとね。君、意外と気が利くじゃない」
「それだけが取り柄なんで」
「うそうそ、ありがと。でも良いの?日焼けするんじゃない?」
「良いさ。だけど本当に下心からじゃないけど、倉橋君を誘惑する為には後で脱いだ方が良いと思うぞ?あいつ、結構巨乳派っぽいし」
「おぉ、良い情報をどうも。さすが協力者!」
「それ程でも」
ジィッ、と琴色さんがパーカーのジッパーを上げ終わった後、何故かじと目の佳南と筑波と視線が合った。
「……なに?」
「べっつに」
「私が欲しかったのに……」
「珠奈?」
「おっとっと。……さ、みんな倉橋君達の所に行こ!」
「そうだな」
どうやら倉橋君達は端の方でパラソル付きのテーブルを確保しらしい。
手を振って俺達を待っている。
もう仲直りしたのかよ。
どうせなら少しくらい険悪な方がこっちとしてはありがたかったんだけどな。
ま、上手くいくかどうかは結局は琴色さん次第だ。
引き合わせるまでやったんだから目的達成、晴れて旧生徒会室は俺達のものだ。
だけどどうせなら少しくらい上手くいって欲しいとは思う。
七宮さんからしたら邪魔な事この上ないだろうが、どうせなら負けヒロインを応援したくなるのが第三者というものだろう。
ただひとまずは琴色さんに旧生徒会室についての取引を完了させておこう。
俺は倉橋君達の所へと歩みを進ませながら琴色さんの隣へ行った。
「琴色さん。ひとまず依頼は完了で良いか?」
「う、うん。本当にこんな風に会わせてくれるとは思わなかったよ。そうだ、どうせなら真那芽も呼べば良かった?」
少しだけからかうようにそう言った琴色さんは意地の悪い笑みを浮かべている。
「勘弁してくれ。琴色さんがどこまで知ってるか分からないけど俺はもうあいつと関わる気はないよ」
「そりゃ残念。まぁどのみちあの子夏休みは忙しいらしいし来れなかったとは思うけどね」
「……何に忙しいのやら。ともかく、旧生徒会室の件は頼むよ」
「それは任せて頂戴。あ、それと──」
「ん?」
琴色さんはそっと俺の耳元に口を寄せ、甘く撫でるような声で囁いた。
「どうせなら最後まで協力してよ♡」
「っ!」
俺は思わずドキっとしてしまった。
すると、そのタイミングで前を歩いていた佳南が俺の腕を引っ張って、琴色さんから距離を取らせた。
「おわっ!」
「生徒会長、悪いけどあんまりこのバカに余計な事しないでくれる?」
「あら、良いわねその好戦的な目」
佳南は「がるる……」と獣のように威嚇している。
俺が佳南の影に隠れていると、今度はそっと筑波が近付いて、琴色さんと同じように耳元に囁いてきた。
「高知君、水着姿カッコいいよ」
「つ、筑波……!?」
「あ、こら珠奈!何してんの!」
「へへ~」
「ったく……」
俺は佳南に引きずられながら、また倉橋君達の所へ歩き出した。
「そてにしても佳南、お前もよく今日の事許してくれたよな。ぶっちゃけお前は来ないと思ってたぞ」
「……別に許してはないもん」
「そうなのか?だったらどうして……」
「……要に水着見せたかったから」
「!」
こいつ…最近本当に容赦ない攻撃をしてくる……。
俺はドキっとして思わず押し黙ってしまった。
すると今度は筑波が佳南にじと目を向けていた。
「じぃー……」
「あ、じゅ、珠奈ともプールに来たかったんだよ?ほんとに!」
「本当に?」
「当たり前じゃん」
「ふふ、なら良かった。私もね、三人で来たかったから嬉しい」
「……あたしのせいでお邪魔しちゃってごめんね……」
後ろで琴色さんが申し訳なさそうにしてしまった。
まぁ事実佳南や筑波からしたら邪魔者だろうし何とも言えん。
とは言えこれはチャンスなんだよな。
いい加減佳南と倉橋君には普通のコミュニケーションくらいは取れるようになって貰いたい。
「そんな邪魔って訳じゃないさ。それより、倉橋君を落とす算段はついてるのか?」
「う、うん!カナメ君お願い、後であたし達を二人きりにして欲しいの」
どこか懐かしいセリフに思わずニヤっとしてしまう。
佳南の方を見ると、少しだけ気まずそうにしていた。後でからかってやろ。
俺は琴色さんの方に向き直って、あの時とは違い力強く返事をしてやった。
「任せろ!」
それを聞いた琴色さんは眩しいばかりの笑顔で頷いた。
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