ただひたすら剣を振る、剣聖の弟子なのがバレる。

 担任であるノーラ先生の指示に従い、俺たちは大講堂に整列して座っていた。

 すでに入学式は始まっている。今は学院長のジェシカさんが登壇し、新入生に向けて話をしている最中だった。


 ……いかん眠くなってきた。ちゃんと聞いておかないとあとで文句を言われそうなので、太ももをつねって懸命に耐える。

 その後、スムーズに式は進行し、



「新入生挨拶。新入生代表、リリアン・ローズブラッド」

「はい!」



 見覚えのある金髪縦巻き髪ロールの女子が登壇した。その堂々とした立ち振る舞いは、どうしようもなく見る人を惹きつける。

 新入生代表は入学試験の成績で選ばれる。人前で話すのは苦手なので、特待生の俺がやることにならなくてよかった。


 ジェシカさんから聞いた話では、彼女は筆記試験も実技試験も能力測定も全てトップの成績だったらしい。

 あれ、そういえば俺って実技試験の成績ってどうだったんだ? まあいいか。入学できたし。



「暖かい春の陽気に包まれながら……わたくしたちは今日、伝統ある王立ルヴリーゼ騎士学院に入学いたします。本日はわたくしたちのために、このような盛大な式を――」



 俺には考えつかないようなスピーチだった。言葉にできない敗北感に打ちのめされる。……帰ったら素振り千本だな。こんな時は剣を振るにかぎる。うん。



「剣聖ハウゼン様! どうかわたくしを貴方の弟子に……いえ、貴方の後継者にしていただけませんか!」



 リリアンさんの震えた叫び声が聞こえ、俺は弾かれたように顔を上げる。

 ついさっきまで静寂に包まれていた大講堂内が、新入生たちの声でざわついていた。



「……なあエリカさん。これは何事だ?」



 とりあえず隣のエリカさんに小声で聞いてみる。



「えっ。ギルバートさん今の見てなかったんですか?」

「ああ、ちょっとぼーっとしていた」

「ええ……」



 エリカさんはジト目で俺を見ていたが、やれやれと首を振って口を開いた。



「新入生挨拶は問題なく終わったんですけど、そのあと何故かローズブラッドさんは降壇しなくて……」

「うんうん」

「壇上からハウゼン先生に弟子入りを志願したというわけです。直談判ですね。でも、並々ならぬ熱意を感じます。みんなが見ている前で剣聖の後継者になりたいだなんて……わたしなら言えません」



 エリカさんの視線を辿ると、ルヴリーゼ騎士学院の教師陣がいた。もちろんその中には、俺の師匠ことハウゼン先生の姿もある。



「…………」



 師匠は何を考えているのだろうか。瞑目めいもくしたまま口を閉ざしている。周りにいる先生方も困惑していた。



「剣聖ハウゼン様! どうかお願いいたします!」



 再び声を張るリリアンさん。返事がなく、彼女は焦っていた。



「――すまぬな、リリアン・ローズブラッド君」



 ついにハウゼン師匠が口を開く。やや騒がしくなっていた大講堂が一瞬で静まり返った。



「儂はもう、新しく弟子は取らんことに決めたのじゃ。今いる弟子たちにしっかりと向き合うためにな」

「っ……!?」



 叩きつけられた衝撃の言葉に、リリアンさんは絶句していた。



「で、では後継者はどうなさるおつもりですか? 昨年お会いした時はまだ探していると……」

「おお、そうだったかのう? だが見つけたのじゃよ後継者――なあ、我が校はじまって以来の特待生。ギルバート・アーサー」



 新入生の中から俺を見つけ出し、ハウゼン師匠が手を振ってくる。

 いや、そもそも俺って初めての特待生だったんですか? そりゃ俺のことを快く思わない先生もいて当然ですよジェシカさん。いつだったか、そんな感じのこと言ってましたよね? ね?



「むむ? おかしいのう。聞こえていないのか? おーい、愛弟子ー」



 突然のことで心臓がキュッとなった。全身から変な汗が出てくる。手足が勝手に震え出す。

 どよめきが起こる大講堂の中で、俺は下を向いてやり過ごそうとしていたが……



「ちょ、ちょっと! ギルバートさん!?」



 エリカさんが俺の肩を掴んで激しく揺さぶる。

 やめてもらえませんかね。せめて声を抑えてほしいんですけど。



「ギルバートさんが剣聖ハウゼン様の弟子ってどういうことなんです!? ねぇ、ギルバート・アーサーさん!」

「…………」



 無情にもエリカさんの声は瞬く間に拡散して、



「えっ、あの人が剣聖ハウゼン様の弟子で後継者なの?」

「マジかよ! てか、あそこの列ってEクラスじゃね?」

「聞いたことがない名だ。貴族の生まれではないのか?」



 新入生たちの視線が俺に集まってくる。

 これはもう知らんぷりで乗り切れるレベルではない。



「……はあ」



 覚悟を決めた俺は立ち上がる。そして、ハウゼン師匠と視線を交わした。

 今日の夜から本格的な修行が始まるし、その時にでも文句を言ってやろう。


 昨日までは補習授業が最優先だったので、なんやかんや師匠と会って話すのも久しぶりだった。

 いや、今はそんなことよりも――



「どうやら俺は、完全に敵とみなされたらしい……」



 壇上からリリアンさんが睨みつけてくる。凄まじい形相だった。

 父さん、母さん、俺は王都に引っ越して来て初めてできた友達を失ってしまったようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る