ただひたすら剣を振る、入学試験を受けに行く。(1)

 吐く息が白い朝。

 冬本番を迎え、いよいよ寒さが厳しくなってきた今日この頃。

 俺は王都レグルスまで来ていた。初めての王都だ。都会すぎて落ち着かない。



「これは……思っていた以上に立派だな」



 見上げる先に厳然とそびえ立つのは、王立ルヴリーゼ騎士学院の校門である。

 この学院は王都の西区――貴族街のさらに上に位置し、後ろを振り返れば王都の街並みを一望できた。


 高台の上に佇む学院よりもさらに高い場所にあるのは、北に見える巨大な王城だけだ。真白の大聖堂さえ学院より下にあった。



「おっといけない。途中で立ち止まっていては邪魔になる」



 ハッと我に返り、再び歩みを再開する。

 俺は今、受験生たちの流れの中にいた。


 多種多様な制服を身に纏う同世代の少年少女たちは、皆一様に緊張の面持ちで学院の門をくぐる。



「にしても、これ全員受験生か?」



 長い行列の中を歩きながら、少し背伸びをして辺りを見回してみた。

 人、人、人。数え切れないほどの若き騎士候補たちが列をなしている。

 田舎育ちの俺には刺激が強すぎる。人混みに酔ってきた。



「ふむ。みな、いい面構えだ。騎士学院の入学試験て感じがするな」



 ルヴリーゼ騎士学院の試験内容は――筆記試験、実技試験、面接試験、能力測定の四つ。


 筆記と面接はどこの学校を受験しても受けるような試験内容だが、実技試験だけは特殊で、試験官と一対一の模擬戦をすると聞いている。


 ちなみに能力測定では、専用の魔法具を用いて魔力量や身体能力、そして魔法習得数を測るらしい。



「話に聞いていた通り、この学院は剣を得意とする入学志願者が多いな……いや多いなんてもんじゃないか」



 ざっと俺の周りを見た感じ、受験生はもれなく帯剣している。剣以外の武器を持ってきている者はいない。まあ剣の種類は豊富だが。


 ここは剣聖ハウゼン様の一族が創立した学院ということもあって、彼に憧れを抱く才能ある"剣士"たちが国内外から集まってくるそうだ。



「…………はぁ。それにしても父さん、いろいろと急すぎるぞ」



 今日何度目になるかわからないため息を吐いて、俺は空を仰ぎ見る。

 特待生として入学予定だった俺が、どうして騎士学院の入学試験を受けに王都まで足を運んでいるのか。


 事の発端は、二日前に遡る――




……


…………


………………




 平日の夜遅く、俺と父さんは道場で剣を振っていた。

 本当なら明日も学校があるため俺はもう寝なくてはいけない時間だ。


 が、今は自由登校期間に入っており、卒業式までは学校へ行かなくてもいい。

 今は受験勉強やらでみんな忙しくしており、どうせ登校したところで誰もこないのだ。

 と、そこへ――



「あんたたちいつまで剣振ってるの! いい加減もう寝なさい!」



 母さんがやってきた。道場の引き戸を勢いよく開け、凄まじい剣幕で言うだけ言うと、返事も聞かず帰っていった。  


 俺と父さんは顔を見合わせ、剣の素振りをやめる。

 柱に掛けられた時計に目をやると、時刻は午前れい時を回っていた。



「……そういえば父さん、ちょっと聞きたいことあるんだけど」



 帰り支度をしている父さんの背中に言う。



「お? どうした息子よ」

「俺って特待生だっていうのは聞いたけど、入学試験は免除されるの? 面接もなし? そこらへんのこと詳しく聞いてなかったよな」



 俺の問いかけに、父さんの動きが止まった。



「…………すまん息子よ。父は大事なことを伝え忘れていた」



 振り向いた父さんの顔色が悪い。

 俺は首をひねる。どうしたのだろうか。



「特待生も他の受験生と同じように入学試験を受けるそうだ。その試験の結果によってクラス分けされるらしい」



 それを聞いた瞬間、全身の血の気が引いた。

 俺はこの一年間――剣しか振っていない。受験勉強などまったくやっていない。



「ま、まあ落ち着け息子よ。いくら試験結果が悪くとも、特待生のお前が不合格になることはない……たぶん」

「たぶん?」



 父さんの自信なさげな呟きが聞こえてしまった。俺は頭を抱えて絶望する。



「……ちなみに父さん、その、俺が受ける予定の入学試験ていつなんだ?」

「明後日だ……ああいや、日を跨いだから正確に言うと明日だな」



 声にならない声が出た。今から勉強してもどうにかなるレベルじゃない。



「とにかくギルバート、お前は悪くない。だから今日は寝ろ。父がなんとかする」



 父さんは俺の両肩を掴み、口早にそう言って、慌ただしく道場を飛び出していく。



「と、とにかく連絡せねば。ならこの時間でも起きてるはずだ!」



 遠ざかる父さんの声がやけに響いて聞こえた。

 道場に一人取り残された俺は、その場に仰向けで寝転がる。



「寝れるかな、今日……」



 眠気なんてどこかへ吹っ飛んでしまった。目が冴えまくっている。

 俺はすぐに動くことができず、しばらく何もない道場の天井を眺めていた。

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