ROOTS ― 貴方の知らない柳田國男 ―

一矢射的

第1話



 人生の目標をコウと一点に定めてしまうほどの超絶体験。

 貴方は身に覚えがあるだろうか? 


 決して軽はずみな気紛れではなく、人ひとりの生き様をブレようがないまでに決定付けてしまう鮮烈な出来事。


 それは誰かとの出会いだったり、あるいは逆に悲しすぎる決別だったり……。

 もしくは林檎が落ちるのを見たニュートンよろしく、何らかの気付きだったりするのかもしれないのだ。


 ところで僕の場合は林檎が大地に落ちるのと同じくらい平凡な始まり方をした。

 そう、少なくともスタート地点は平凡そのものだった。





 






「先輩、ひとつお尋ねしても宜しいでしょうか?」

「うん? 何かね、後輩くん」



 全ての始まりは、大学サークル忘年会の一幕だった。会場は地元の居酒屋、小上がりの座敷席だ。茨城県立TU大学漫画研究会の忘年会には、毎年多数のOB・OGが参加して現役組と交流を深めるのが慣例かんれいになっていた。

 どんな巡りあわせからか、僕の対面に座ったのは卒業組の中でも一番の出世頭とされている新浜ユウニ先輩であった。ユウニ先輩は在学中からS社主催の漫画コンテストで大賞をかっさらい、一時は週刊誌で連載をしていたこともある雲上の御方。

 そんな人と お話しする機会が与えられるなんて、なんという幸運だろう。


 おまけに美女でスタイルも抜群! 

 西洋人形のように彫りの深い顔立ちはどこか異国の血を感じさせるものだった。

 そして茶髪混じりのショートボブときたら! 眼福がたまらんね。


 酒の勢いもあり、僕は当たって砕けろの精神で恐れず質問をぶつけていった。



「ユウニ先輩、誰よりも面白い作品を書くには、どうしたら良いんでしょうか?」

「うーん、そうだね。ちなみに山野くんは普段どんな漫画を描いているの?」

「はい、恥ずかしながら妖怪バトルものです。そういうのが流行っているので」

「そっかー、流行にのるのは大切だね。でも、きっと同じ事を皆が考えているよ。ライバルも多いよね」

「はい、その通りです! ですので、先輩から是非とも助言を!」


「ウニも立派になったなぁ。人見知りで会話もできなかったウニが」

「うるさいぞ、タニシ。お前、飲みすぎだよ」



 通りすがりの同期OBが不作法にユウニ先輩を茶化していった。

 何でもオゴリの回転寿司でまったく遠慮なしにウニ軍艦ばかり食べたら、翌日からサークル内でのアダ名が「ウニ子」に統一されたそうな。

 何それ、可愛いんですけど。



「ゴメンごめん、何の話だっけ」

「面白い作品を描くコツを」

「そうだった。あのねー、もっとテーマで人と差をつけなきゃ駄目なんだよ」

「テーマですか?」

「人生を描き切りなさい。作り込まれたキャラクターの深い人生を。そうすれば読者が共感を覚えて、貴方の創作物にもきっと感動してくれるわ」

「やっているつもりなんですが。どうも作者の人生経験が浅くて」

「にゃははは、まだ若いからね。しゃーなし」

「僕には無理なのかな。先輩みたいな作品を描くのは」



 そこで先輩はふと真顔になって、こう続けたのだ。



「山野雄大くん、だっけ? 明日は暇かね?」

「ええ、どうしてです?」

「参考になるかは判らないけど、連れていきたい所があるんだ」

「え? それはどこです?」

「日本一有名な妖怪研究家の住んでいたところ~。県内だからすぐだよ~」



 なんじゃそりゃ。茨城県にそんな施設があるなんて初耳だった。

 僕は好奇心にかられて二つ返事でOKした。


 え? 「はい」は一回で良いって? それは失礼いたしました。


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