第16話

「さあ、みなさん集まりましたか?」

 アラン先生が大広間の入り口から右側の壁の前に置かれた長机の前で、大きな声でみんなに呼び掛けた。

 長机の後ろには椅子が三つ並んでいて、向かって右からアラン先生、エリス先生、クリス学園長が座っていた。そして、長机の真ん中には、鉢に植えられた目覚めの草が置いてある。まだつぼみもついていない。


 みんなは興味津々で目覚めの草とエリス先生を見比べている。

「それではみなさんそろったようなので、エリス先生の特別授業を始めます」

「よろしくね」

 エリス先生は立ち上がって、みんなに手を振った。


「それじゃ、はじめるわね」

 エリス先生は目覚めの草に手をかざし、歌うように何かをつぶやいた。

「……!!」

 目覚めの草はみるみるうちに大きくなり、やがてつぼみが膨らみ淡いピンク色の花が咲いた。エリス先生は耳を澄まして何かを聞くように、目を閉じて集中している。

 目覚めの草の花は落ち、小さな実ができた。エリス先生がまた何か歌うようにつぶやくと、目覚めの草の実はじわじわと大きくなり、熟して茶色になった。

「……すごい!!」


 見ていたみんなはざわついた。エリス先生は目を開けて、息をついてから言った。

「まあ、こんなものかしら」

「エリス先生! どうやったんですか!?」

「時を進めるって、どんな感じなんですか?」

 生徒たちが興奮しているなか、カノンはぽつりとつぶやいた。

「なんだ……こんなんことか……」

 それを聞いたエリス先生はカノンのほうを見て言った。


「こんなこと?」

 エリス先生の右眉がひくりと上がった。

「あなた、カノンと言ったわね。私がこの術を体得するまで、どれくらい苦労をしたと思っているの!? こんなことっていうくらいなら、あなたもできるんでしょうね!?」

 エリス先生が怒る理由がカノンには分からなかった。

「……僕、出来ると思います」

「じゃあ、やってみなさい!」


 エリス先生はカノンを目覚めの草の前にひっぱりだすと、自分が座っていた中央の椅子にカノンを座らせた。

 カノンはとまどいながらも、目覚めの草に手をかざし、目を閉じた。

「……目覚めの草の生命のリズムに……集中して……」

 手にじんわりと振動を感じた。それは、目覚めの草から発せられるかすかな生命の波動だった。カノンは右手でリズムを取りながら、かすかな声で歌った。

 カノンの歌に合わせ、目覚めの草がまた大きくなり、花をつけた。


「!!」

 エリス先生は目を丸くしている。アラン先生も驚いて両手で口を押えている。生徒たちが息をのむ。そのなかでクリス学園長だけが、穏やかな笑みをたたえていた。

「カノン! 調律魔法がつかえるの!?」

「えっと……これがそうなら……。でも、僕は植物のリズムを聞いて、その植物の歌うスピードを調整しているだけです……」

「歌?」

 エリス先生が眉をひそめてカノンに問いただした。

「はい」

 カノンはわるいことをしてしまったのだろうかと不安になった。


 カノンが大広間を見渡すと、生徒のみんながカノンを不思議なものを見るような眼で見つめている。

「あの、もう戻っていいですか? エリス先生」

「え? ああ、いいわよ。……ありがとう、カノン」

 カノンが生徒の群れにもどると、みんなの視線もついてきた。

「すごいな、カノン。どうやったんだ?」

「ううん、僕はリズムを聞いてるだけで……実際何が起きてるのかは、よくわからないんだよ、ベンジャミン」

 生徒たちがざわざわと話声をあげている。


 アラン先生が手を叩いて、みんなの注意をひいた。

「さあ、みなさん。特別授業はこれでおしまいです。次の授業に向かってください」

 生徒たちは大広間を出て行った。


 カノンが大広間を出ようとしたとき、ミランがカノンに聞こえるように言った。

「調律魔法がつかえるなんて、まぐれだろ? 調子に乗るなよ」

「調子になんてのってない!」

 カノンが言い返すと、ミランは鼻で笑った。

「おちこぼれが、調律魔法なんて使えるはずがない。さっきのは何かずるをしたんだろう?」

「僕はただ……」

 カノンが言い返す前に、他の生徒が言った。


「ちょっと、出口にたちどまらないで! 邪魔だよ!」

 ミランはもう遠くまで歩いて行ってしまっていた。

 カノンは釈然としない気持ちのまま、次の授業に向かった。

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