第36話 嘘でしょ!?


のどかside


 この頃はもう、おばあちゃんがいないこの家にも慣れてしまった。本当なら慣れるべきではないのに……。


 外の吹く風がぐっと冷たくなった気がする。人肌恋しい秋ってこういうことなのかな? できれば、こんな恋しい気持ちなんて知りたくはなかった。


 そんなことを考えながら、今日も一人で夕食を食べる。

 

 なんか、一人で食べるの、本当に寂しい。ちょっと辛くなってきたから次から亮先輩と何か食べて来ようかな。なんて思っていると家電が鳴った。


「ん? 誰だろう」


 私は電話を取った。


「もしもし?」

「あ、のどか?」


 この声は、お母さんだ。


「え、急にどうしたの?」

「のどか」


 私の名前を呼ぶ母の声が、何故か嬉しそうだった。


「何? なんかいい事でもあった?」

「いい事どころじゃないのよ! あのね。おばあちゃんの病気が治ったみたいなの!」


 私の思考が一気に停止した。


 病気が、治った……?

 治った。

 ん?

 治った?

 どういうことだ?

 ???


「なんの話?」

「だから! 治ったんだって! おばあちゃんの病気!」


「え? えええええっ!?」

「あたしもよくは分からないんだけどね、先生がそう言ったのよ、先生自身も、あまりよくは分からないらしいんだけどね。今日検査したら綺麗さっぱり……! 重度の心筋梗塞が治るの、初めて見たって!」


 信じられない。

 こんな奇跡、あるんだ。


 これは神様か誰かのおかげなのか?

 それとも、おばあちゃんのこれまでの行いの良さか?

 ああ、もうなんでもいいや。

 ただ治った、それだけでいい。もう、それだけで十分だよ。

 ほんとう、ほんとうに良かった。


 次の日。

 私は、みんながいるであろう秘密の教室に走った。


 勢いよく扉を開ける。


「みんな!!」


 急な大きい音に、そこにいた五人全員がひどく驚いた。


「なんやっ!?」

「のどかぁ?」

「うるせぇな、急に」

「びっくりしたー」


 亮先輩は心臓に手を当てている。


「あのねみんな! あのね? あのねっ! あのね!」


「のどか、落ち着いて?」

 亮先輩が優しく微笑んだ。


「うん。ふう~。はっ、おばあちゃんのっ! 病気がっ! 治ったの!!」


「え゛ええええっ?!」

 その言葉にみんな一斉に驚いた。


「ほ、ほんまか?」

 キングが目をまんまるにしている。


「うん、ほんま! ほんまのホンマ!」

「マジか……すげぇな」

 創先輩は、生まれて初めて虹を見たような目で私を見つめながらそう言った。


「ほぉら、のどか、僕ちゃんが言った通りでしょ?」と優弥先輩が胸を張っている。その奥では、泣いているキングを慰めている亮先輩が見えた。


「ちょっと、何で泣いてるのよ? 私だって我慢してるのにぃ」

「泣いてなんかないやん!」


 キングは赤い目をこちらに向けた。

 いや、バリバリ泣いてるがな。


「あはー。泣いてるよぉ」

 純斗くんはキングを指差して笑っている。


「う……」

「あーあ。のどかまで泣いてんじゃねぇか」と創先輩は少し焦っている。


 あの男らしいキングが涙を流して泣くなんて。

 そんな姿を見てしまったら、私だって、今まで我慢してた涙が言うことを聞かなくなる!


 私はぼろぼろと流れ出てくる涙を両手で拭った。


「のどかも良く頑張ったね」

 いつの間にかそばには亮先輩がいた。


「亮先輩……」

 そして優しく頭を撫でてくれた。


「あー……っと、僕ちゃんたちには、うん、ちょっと、眩しすぎる光景だな、うん」と優弥先輩は目を覆っている。


 創先輩はポケットに手を突っ込んで窓の外を眺めながら「オレたちの前でいちゃついてんじゃねぇよ」と言った。

 

「あ、泣いたらなんか腹減ったな」

 呑気な顔してキングが言うので、みんなが一斉にずこっとなる。


「あはは、じゃあ今日は、どっか食べに行く?」と亮先輩が提案した。


「おっ、いいねぇ」純斗くんがぴょんぴょんと跳ねている。「もちろん、みんなも行くでしょぉ?」


「もちろん! 行く!」

 私が大きな声で言う。

 他のみんなも頷いている。


「よし、決まりや!」


 その日の放課後、私たちは学校の近くにあるファミレスに行った。私は、学校の近くにファミレスがあるなんてことを今まで知らなかったし、見かけたことがなかったような気がする。新しくできたのかもしれない。ま、私の通学路じゃない方面だし。

 

 今日、普通に部活があった人もいたのだけれど、私のために欠席してくれたとか。なんか、申し訳ないような、でも嬉しいような。そんなことを考えながら、店の奥にある広めのテーブルに腰掛けた。


「あーあ。もう、お腹ぺこぺこだよぉ」と純斗くんがお腹に手を当てている。


 みんなはそれぞれメニューを広げて、食べたいものを選んだ。そして注文した。


「ふぅぅ。もう、お腹いっぱい!」


 気づいたときには、もう食べ終わった後だった。

 本当にみんなといるとあっという間に時間が経ってしまう。


 ピザにポテトにハンバーグ。なかなか自分でも驚くほど食べた。


「ほんと、よく食べたね」と隣にいた優弥先輩が笑いながら言う。


「まあ、わたし結構大食いなんでね」

「うん知ってる」

 

 冗談で言ったつもりだったのに、受け止められてしまった。

 がくり。


 しばらく経つと、ほとんどの人が眠っていることに気がついた。食べたあとにすぐ寝るって子どもかなと思った。よくもまあ、ファミレスで爆睡できるわ。なんか疲れることでもしたのかな。


 すると、起きていた隣の優弥先輩が体をこちらに向けた。そして、ぐっと顔を近づけてくる。


「ねえ! 僕ちゃん、当たったでしょ?」

 なにやら嬉しそうな顔である。


「え、なにが?」と聞き返す。

 

「えー、忘れたの? ひどいな。ほら、ってこと!」


 あの日屋上で優弥先輩が言っていたことを思い出した。


「あ、ほんとだ。確かに言ってたね、治るって!」

「ねえ? 僕はほんっとにすごい能力を持ってるんだからっ!」

 優弥先輩の声がその場に響いた。


「ちょっと、しーだよ! みんな起きちゃう!」


 心配している私に向かって彼はニタァとほほえんだ。


「大丈夫だよ、起きないから。特にキングなんてさ、頭叩いても、お尻叩いても……リコーダーをピーヒョロ吹いても起きないんだから」と言った。「逆に言うと、ここまで寝ていると起きるのには時間がかかるんだよね~」


 すると、店員さんが、そろそろ閉店時間です、と言いに来た。


「あ、分かりました。すいません」と私がぺこりと言う。


 もうそんな時間になってしまっていたのか。 

 本当に先輩たちといると時の流れが早い。


「じゃあ、そろそろ帰らないとね。あーあ、こうなったら起こすの本当に大変なんだよ」と言いながら、優弥先輩は亮先輩の身体を揺らした。が、全然起きない。


「本当だ、どうしよう……あっ! どうだ! じゃあまず、キングを起こそう」

 

 私は、椅子に大の字におっかかりながら寝ているキングの側に立った。


「だから……キングは一番起きないって……」

 優弥がため息を吐きながら椅子から立った。


「キングー! キングさーん!」と激しくキングの身体を揺らした。


「……ん、ナニ……ナニ、何や!?」

 叫びながら勢いよく立ち上がったキングはまだ視界がはっきりとしてないようだ。


「が、あ、え……起きた!?」

 優弥先輩の開いた口が塞がらない。


「ねえキング、頼みがあるんだけど、みんなを運んでくれない?」


 私は、腹筋が一番割れている、一番の筋肉マンのキングに頼めばみんなを運んでくれるかと思ったのだ。すると、キングは「んんん~」と伸びをした後、しゃがみ込み、私の脚に手を回し、軽々と私をお姫様抱っこをした。


「よし、じゃあ行きますか」とキングは言う。


「ええ、ちょ! ちょっと待って! 運ぶのは私じゃないよ!」

 私はキングのムチムチの腕をペチペチと叩く。


「コヤツ、寝ぼけてるよ」と優弥先輩が言った。「運ぶのは、寝ている人たち」


「あ、そうなんや」とキングが、飼い主に冷たい扱いをされた犬のような顔をした。


 結局、私たち三人がああだこうだとガヤガヤしていたら寝ていた残りの人たちがちらほらと目を覚ました。


「ったく、何だよ騒がしいな……」と創先輩がウトウトと目を擦っている。


 言っている口調は素晴らしくキツイのに、やっている行動が赤ちゃんなんだよ、と私は心の中でつっこむ。


「んん~? ここはどこぉ? 私はだれぇ?」

 純斗くんも目を擦っている。


 出ました! ばぶばぶ第二号! 初めてこの世界を見た赤ちゃんのようです、まだうまく目を開けられていない様子、電気が明るすぎるのでしょうか!


 勝手に私の脳は実況者と化してしまった。


「どっかでそのセリフ聞いたことあるな~」と真剣にキングが考え始めたので「もう閉店なんだって。だから早く出ないといけないの。ほら、早く荷物持って! ちゃんと目を開けて、ほらほら」と私はみんなを叩き起こした。


 だが、ばぶばぶ第三号と言ってもいい人が一人いることを忘れていた。

 頑張って目を開けようとしているのになかなか瞼が重くてうとうとしている亮先輩だ。


「ちょっ、亮先輩?」

「ん?」

 いつもの大きい目が少し細ばっていて、なぜかより魅力的だった。そして、その目にかからんとする前髪もまたよかった。

 そんな顔を見た途端に私の胸がきゅっと縮まったのを感じることができた。

 か、かっこよすぎだろ、私の彼氏さん……。


「さ、さぁ、帰ろ?」

「うん」


 静かな夜の町に響き渡る笑い声。

 空を見上げると、星がチカチカと輝いていた。

 今まで生きてきた中で、今見ている星が一番綺麗な気がするのは気のせいだろうか。


 気づいたら家に着いていた。

 私は、後ろを振り返る。


「じゃあね、みんな、送ってくれてありがとう。今日は楽しかったよ」


 こうして五人に見送られるなんて、なんて私は幸せ者なんだろう、と改めて思える瞬間だった。今まではどん底だった人生だったけど、神様はちゃんと人に幸せを平等に分けているのかもしれない。一生懸命に、がむしゃらに頑張れば絶対に報われるときが来る。


 それがどんな形で舞落ちて来ようとも……。

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