第三章
淡い秋
第34話 落ちる果実
*
のどかside
外が夏さを失って、少し風が冷たくなったころ、おばあちゃんが倒れた。
それは急なことだった。
そのとき、おばあちゃんはすごく苦しそうに、胸を押さえていた。呼吸も上手くできててなさそうだった。
その後、救急車で搬送された。
私はその日、学校を休んで、ずっとおばあちゃんのそばにいた。昼も、夕方も、今の夜だって、ずっと。
翌日の朝には、だいぶ体調が良くなっていたみたいだった。
薬のおかげだろうか。しゃべることもままならなかったのが、声を発せられるまでになったのだから、薬の力はすごいのだと思う。
「のどか……学校にちゃんと行きなさいネ」とおばあちゃんが私に言った。
おばあちゃんの腕には点滴用の針が刺さっていて、何個もの薬を投与している。
その姿は痛々しかった。
「え……でも、おばあちゃんに何かあったら」
「大丈夫。景子(のどかのお母さん)が今から来るらしいから、だいじょうぶヨ」
「そう……なら、安心かな……。分かった、学校は行くけど、病院にも来るからね?」
おばあちゃんは優しく微笑んでしわしわの笑顔を私に向けた。
私は、一旦おばあちゃんのいない家に帰り、学校の準備をして、家を出た。
どこにいても、私の心は落ち着かない。
おばあちゃん……大丈夫だよね?
し、死んだりなんて、しないよね?
いやだ、いやだよ。私の大好きなおばあちゃんが死ぬなんてやだ! 絶対にやだっ!
いや、違う! 死ぬわけがない!
死んだりなんて、しないんだから!
学校に行くと、昇降口前に五人がいた。
その姿を見ると、なんだかほっとする。けど、なんだか、違う。
「あー、のどか、死んでなくてよかった」と創先輩が言った。
「え?」
「昨日のどか休んだでしょ? 今まで一回も休んだことがなかったから、心配したんだよ」と亮先輩が彼を見る。「ま、もちろん、俺も心配したけど、ね」と付け足した。
少し照れているような亮先輩がなんだか可愛らしかった。
「ふっ。ありがとうごさいます」
五人の目には、私が元気ないように映ったみたいだった。
「何かあったら何でも相談するんだよ?」と亮先輩。
「もし体調がだるいんやったら、一緒に筋トレしよう! 何でかわからないけど風邪ひかなくなるんだよ!」とキング。
「まっ、のどかは、普通の女子より強いから大丈夫じゃない?」と優弥先輩。
「ぎゅーしてあげる?」と純斗くん。
それぞれ違うみんなの優しさがとてもうれしかった。
よっぽど、元気ないんだな、私。みんなに心配かけるなんて、できない。
「大丈夫だよ、ありがとう」
授業中、母から一件のメールが届いた。
今日、おばあちゃんは詳しい検査をしたらしい。病名は、心筋梗塞だと判明した。前、私が調べて出てきた病気だった。
私はたまらなくなって、仮病を使い、みんなのいるであろう秘密の教室へ向かった。
中に入ると、そこには亮先輩しかいなかった。
「あれ、のどか? どうしたの?」
と少々驚いた様子だ。
まあ、びっくりするのも当たり前か。今は授業中なのだから。
「あいかわらず、問題児だね。優等生みたいな感じするのに」と私がぼそっと言って、読書をしていた彼の隣に座った。
「……」
私が黙っていると、彼が覗き込んできた。
眼鏡の奥の澄んだ瞳がすっと心に浸かってくる。
「どうかした?」
「い、いや。べつに?」
「嘘だ」
亮先輩は眼鏡を外した。
「今日ののどか、なんか変だよ?」
「そう?」
「うん。すごく」
なんか、心の中をすべて見透かされているみたいだ。
「なんでも聞くよ」
溶けるような優しい声に負けてしまった。
本当に優しい彼氏を持ったかもしれない。
「あのね」
「うん」
急に涙が込み上げてきた。
目の奥がキリキリとしはじめ、涙を我慢すると喉の奥が痛む。
「おばあちゃんがね」
「うん」
「心筋梗塞になっちゃったの……」
亮先輩はなにも言わなかった。
たぶん、言えなかったんだと思う。
「し、死んじゃうんじゃないかって……心配で、心配で……」
とうとう我慢していた涙が溢れ出てしまった。
「のどか……」
亮先輩は、私を引き寄せて、そっと包み込んでくれた。それはとても、温かくて……。ぬくもりって、こういうことなんだって思った。
私はそのあと、屋上へ向かった。
誰か来ないかなー、と考えながら、地べたに
「のどか」
誰かの声が聞こえた。
まさか、本当に来たのか、と思った。
驚きながら、後ろを振り返るとそこには優弥先輩がいた。
「なに? そんな驚いたような顔で僕を見ないでよー」と彼は私の隣に座る。
女の子が胡坐をかいて、男の子が体育座りをしている。
なんか……対照的で面白い。
「私ね、今、誰か来ないかなーって考えてたの」
「そうなの? じゃあ、その思いが通じた僕は、のどかの運命の人だったりして」
優弥先輩が真面目な顔で言った。
優弥先輩らしい発言だな、と心底思った。顔と口調は可愛いのに、発言はどこか俺様気質で、毒舌。
私は堪えられず、笑ってしまった。
「いや、何で笑うの?」
「ごめんごめん! なんか面白くって」と顔の前で手を合わせて謝る。
「でも、優弥先輩のおかげですごく元気が出たよ。ありがとう」
「僕、何もしてないよ」
ただ前を見て優弥先輩は言った。
これからの未来が見えているような、そんな……目だった。
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