第32話 夏祭り
「お、やっと来たか」
創先輩が向こうに手を振りながら言う。その方向にはだるそうに歩く亮先輩がいた。
「勝手に消えないでよ」と亮先輩が私たちの座るベンチに袋を置いた。「気づいたら後ろに創いないしさ」
そんな亮先輩を見て、にひひと笑う創先輩。
本当にこの人たちって仲良いんだなぁ。お互いをディスったり、バカにしたりしても愛みたいなものが感じられるんだよね。お互いを深く信頼しているように見える。
これってただの友情だけで育まれるものなのかな、なんて考えてしまう。本当に不思議な人たちだ……。
「はい、のどか」と亮先輩がりんご飴を私に手渡してくれた。
苦労して亮先輩が買って来てくれたりんご飴……一生とっておきたいくらい……。
「ありがとう」
私は彼にふっとほほえむ。と、亮先輩もふっとほほえみ返した。
「おい。二人だけの世界やめろ」
創先輩が私たちを睨んでいた。
創先輩、子どもみたいな顔してる。嫉妬するなんて、意外とかわいいなぁ。言ったら、拳が飛んできそうだけど……。
だいぶ暗くなってきて、提灯やらなにやらが点ってくる。
まわりを見れば手を繋いだりしている恋人たちがやたらと目に刺さってきた。
──のどかのこと……好きみたい
そういえば、あれからというもの、あのことについて亮先輩から話してくれることはまだない。
というか、あれは告白だったのだろうか。友達として、とか。この人たちのことだから、いろんな人に好きって言いそうだし。いや、それは純斗くんくらいか? 分からないけど。
七時半からは花火が打ち上げられるらしい。
さっきすれ違ったカップルが笑い合いながら言っていた。
「もう少ししたら花火があるらしいよ」
みんなの顔色を伺いながら言ってみた。
「あ、花火? あんの?」と創先輩がぼけーっと言う。
「えっ、わし、はじめての花火やわ!」とキングは金魚の入った袋を大事そうに抱えながら輝く目をこちらに向けた。
「え、はじめて?」
見たことも……ないのかな。そんなことってある? 本当、不思議な人だな。
「そ、そうなんだ。じゃあ、いい場所とらないとね! ちゃんと見れるように!」
私がそう言うと、純斗くんが私に抱きついて「のどか、ほんとにやさしぃねぇ」と言った。
「べ、べつに! 普通だよ?」
私たちはいい場所を探すために足を動かした。
「えぇ……」
けれど、いい場所というのはとっくに取られているものであり、ブルーシートやなにやらで先取りされていた。
「みんなごめん……いい場所、全部埋まってる」
私がテンションただ下がりになっている中、当の本人はけろっとしていた。
「そっかそっか! なんでのどかが謝っとるん? べつにええよー。テキトーにここら辺に座っとく?」
キングがその場にドスンと腰を下ろした。
私たちは花火が始まるまでその場に座って、おしゃべりで盛り上がった。
そんな瞬間でも、私は十分幸せだった。花火なんて必要ないくらい、素敵な夏祭りだと思った。
みんなの笑っている顔。
みんなの人それぞれ違う声。
もう、目を瞑っていても誰がしゃべっているのか、どういう顔してしゃべっているのか、分かるよ。
みんな、綺麗。
時間が近づくと人がどんどん集まってきた。
「そろそろかな」と前にいる優弥が肩を弾ませている。私の胸も弾んでいる。
すると、
ドンッ──。
と懐かしい音がその場に響いた。そして、ひゅるひゅるという音がそれに続く。
バンッ──。
夜空にひとつ、大きな花が咲いた。
「わあ……」
人々は息を呑む。
こんなに綺麗な花火、生まれてはじめて見たかもしれない。そう思った。
私の前にいる優弥先輩と純斗くんはお互いびくりともせずに花火に見いっている。斜め前を見ると創先輩は手に握るカメラそっちのけで花火をガン見しているし。ぷっと吹き出してしまった。
隣にいる亮先輩はどんな顔しているんだろう……。
私はゆっくり右を向いた。
そこには、赤や黄色、緑や紫に色を染める彼がいた。
なんて……なんて、かっこいいんだろう。
全然花火なんてどうでもいい。誰にどう思われたっていい。私はただ、亮先輩を見ていたい……。この瞬間の亮先輩をずっと、ずっと目に収めていたい。
すると、私の視線に気づいたのか、亮先輩が私のほうを見た。
ドキッ。
この瞬間が、止まってしまえばいいのに……。
すると、亮先輩の顔が徐々に近づいてくる。私の体は魔法をかけられたかのように動かなくなってしまった。
彼は私の耳に顔を近づけて、私の名前を呼んだ。
「好きだよ」
そして、そう言った。
耳から離れた亮先輩の顔が私の顔の前ギリギリにある。
こんなの反則だって……。もう、ムリ……もう限界……。
私は顔を亮先輩に近づけた。
そして、亮先輩の唇に、唇で触れた。
大きな花火が高く舞い上がった。
他の四人は綺麗な花火に釘付けで、私たちがキスなんてしていても気づかない。
唇から離れた後、亮先輩の顔をまじまじと見た。彼は目を大きくして驚いていた。
そんな彼に私は笑って見せた。
そうか。そうだったんだ。私はいつのまにか、亮先輩に心を奪われていたのだ。
キスをするとき、身体が勝手に動くような感覚がした。そう、まるで催眠術にでもかかっているかのように。
「亮先輩が、好き」
私はそう言った。
べつに大声で叫ぶでもない。普通に。
もしかしたら、聞こえていないかもしれない。でも、伝わっているはず。亮先輩は私の口を見た後、ふっと微笑んだ。
花火大会が終わった後、私たちは夏祭りの余韻に浸りながら、帰り道を歩く。
「いやー楽しかった!」
キングがるんるんで言う。
「ぼくちゃん、金魚捕まえならなかったのが心残りだよ。キングばっかり捕ってさ!」と優弥は少しへそを曲げているようだった。
「優弥が下手だっただけでしょぉ」と純斗くんが笑った。
亮先輩は何も言わずにただ会話を聞いて微笑んでいた。
キスをした後、別に喋った記憶はない。
とうとう、家に着いてしまった。
私は五人に見送られながら、玄関に入ろうとしたとき、亮先輩が私の名前を呼びながらこちらに走ってきた。
「亮先輩、どうしました?」
「公園で待ってるから。少し時間が経ったら、来てくれる?」
それだけ言って、また走って戻ってしまった。
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