第15話 やっぱり、ダメだ

 

 学校内での五人はアイドル的存在だということを知ったのはつい最近のことで、たまたまクラスメイトが話しているのを盗み聞きしたのだった。

 あの五人はこの学校内では『イケメン・ファイブ』と呼ばれていて、まさに高嶺の花的存在。それに、ファンクラブまであるのだという。

   

 そのことを聞いていた私の首には冷や汗が伝った。


 私、そんな人たちと今まで一緒にいたの……。全く知らなかったし、気づかなかった。いや、気づこうともしなかったのかもしれない。あの人たちが廊下を通るたびに女子たちが沸くのも、一緒にいると私に痛い視線が刺さるのも、そういうことだったのかもしれない。私はとっくの昔に、選択肢を誤ったようだった。


 



──問題児……かもね。屋上にいるか、秘密の教室にいるか、だね


 突然、亮先輩が言っていたことを思い出した私は休み時間に屋上へと向かった。屋上へと続く階段を一段ずつ上って行く。もう少しで着くというとき、屋上からなにか声がした。先輩たちの声ではない。女子の声だ。


「おいっ!」


 喧嘩でもしているのだろうか。金切り声が飛んできた。一気に私の体が硬直する。恐る恐るドアのガラスから様子を伺ってみた。


「──っ!」


 三人の女子で、一人の女子をいじめていた──いじめ現場だった。

 

 たしか、あの女子グループって……同じくらいクラスメイトじゃなかったっけ。

 

 リーダー核であろう中江が被害者の子の髪の毛をむしるように引っ張っていた。泣きながら首を横に振り、その子はなにかを中江らに訴えている。それを見て中江らは笑いあっている。

 次の瞬間、中江は被害者の女子を蹴った。

 蹴った。蹴った。蹴った。


「──っ!」


 いじめられていたときのことがフラッシュバックのように甦る。思い出したくもない、あの記憶。同じように蹴られたあの日のことを──。

 目からは涙が知らず知らずのうちに流れていた。

 

 すると突然、後ろから手が伸びてきて、私の目を覆った。


 なに、誰っ!? 

 やめてっ!


 盗み見ていたのがバレたのだ。きっと私も蹴られる羽目になる。


「大丈夫……」


 しかしそれは聞き覚えのある声だった。その声は私の心をやさしくやさしく包み込む。私は後ろにいるのが誰なのか、すぐに分かった。


「優弥先輩……」

「見なくていい。目を閉じていて」

 

 私は言われるがまま目を閉じた。

 優弥先輩は私の肩に手をのせ、体をゆっくりと回転させた。再び目を開くと、私の前には優しい顔をした彼がいた。


「大丈夫」

 彼はもう一度、私に魔法をかけるように言った。その呪文に私の涙はぴたっと止まり、心もだんだんと落ち着いていく。


 私の状態を確認した優弥先輩は「よし帰ろう」と言って私の手を引いた。


 いつもなら「泣いてやんの」とか「一人で帰ってこいよー」とか言いそうな彼が、私のことを慰めてくれている。

 

 これがきっと、本当の優弥先輩なんだ。 



 優弥side


 僕はのどかの手をとった瞬間、今まで感じることができなかった何かを感じられた気がした。


 のどかには笑顔でいてほしい。

 僕たちがそばにいられるときまで。  

 

 僕たちはのどかのことをずっと笑顔にさせられるようにしなくちゃ。

 ある意味それが僕たちの役目なのかもしれない。



 のどかside


 今日は日直だったので放課後に学級日誌を書いていて、気づけば教室にいるのは私一人だけになっていた。残る仕事は黒板を消すことくらいだろう。


 私は誰もいない教室が何となく心地よかった。ほかの物音は一つもしない。教室に響くのは私が消している黒板消しの音だけ。鼻歌交じりで作業をしていると「こんにちは」と女の子の声がした。クラスメイトかなと思い、後ろを向くと、一人の女の子がいた。


「あ、こんにちは」と私は焦りを隠しながら言った。


「今日あなた日直なの? 大変よね、日直」


 中江だった。

 ゆっくりと彼女は私の方へ近づいてくる。


 どうしよう……私、何かしたかな。私もあの子と同じように蹴られるかもしれない……。


 私は怖かった。

 ただただ、恐かった。


 先日屋上で見たあの光景がフラッシュバックするかのように私の脳内に写し出される。 同時に、昔の映像も……。

  

 やだ、やだ、やだ、やだ。


「のどかちゃん」

 その人は眠っている棘を隠すような声で言った。

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