第6話 災難だよ

 私はベンチに座り、お弁当のふたを開けようとした。


「今日の弁当の中身はなに?」と亮先輩が近づいてきた。「あ、待って、当てるから。うーん……唐揚げかな?」


「え、正解です、なんでわかったんですか?」


 そう、今日のお弁当の中身は〝唐揚げ〟だった。大好物だからすっごく楽しみにしていたのだ。


「ほんと? まさか当たるとは思わなかった……」と自分でも驚いている様子だ。少し照れ臭そうにくしゃっと笑っている。


 そして私がお弁当を食べ終えたとき、優弥先輩が私の方へ寄ってきた。


「はい、これ。忘れ物」  

 

 私が見上げて顔を見ると、彼は少し厚い唇を横にのばしてにっこりと笑った。渡されたのは、ペンケースだった。


「え!ありがとうございます。探してたんです」

「渡すの忘れてた」

 彼は唇をもっと横に伸ばし、白い歯を見せて笑った。


 お弁当箱とペンケースをバックに入れる。


「はあ……やっぱり痛いな……」


 私は右手で右足全体をさすった。この前転んだときに酷く痛めてしまったらしい。骨折はしていないと思ってはいたんだけれども、痛みが全く治まらないのだ。


「足、痛いの?」と心配そうに優弥先輩が言う。

「あ、その、転んだときに痛めちゃったみたいで……」

「なるほどね」


 すると彼は私の目の前に屈みはじめた。そして、私の右足をゆっくり持ち上げて動かしたりしている。


「え、え。何してるんですか」

「どう、これは痛い?」


 ゆっくり、私の右足を優しく曲げていく。


「うーん……痛く、ないと思います……あっ、痛いです」

「病院に行った方がいいんじゃないかな、一応ね」

「ですよね……行ってみます」




 病院から帰ってきた私はおばあちゃんに支えられながら家に入った。


「はい、下に気をつけて、転ばないでヨ」

「分かった……ていうか、骨折はしてなくて良かった」


 骨折まではいかないまでも、完全にヒビが入っていたのが病院で判明した。痛みを数日間耐えていた私はなんて鈍感なんだろうと思った。


 こんなギプスしている私が廊下を歩いていようと友達なんていないからそばに駆けつけつくれる人などいるわけがなく、私は一人で教室へ向かい、一人で席に着いた。

 きつい。普通に歩くことがなんと楽か。この時点でだいぶ息が上がっている。



「これを展開した式は……じゃあ、誰に答えてもらおうかな」と言って数学の先生が教室全体を見渡す。


 この声にクラス全員が下を向く中、私は間違って顔を上げてしまい先生と目があった。


「はい、のどか」

 その一言に、クラス中の人たちが安心モードに入ったのがわかった。


「はい……えー、2a²+13ab+15b²……です」

「うん、いいな。正解だ」


 なんなのよ……目が合った人を当てないでほしい……。


 なんか先生ってそういうところない?

 挙手する人がいないと、目が合った人を当てるって。先生あるあるだよ。まあ、今回はたまたま分かってたからよかったけど。


 気晴らしに外を眺めた。

 すると、どうやら校庭では3年生たちが男女合同で体育を行っているらしかった。


 あの人たちいるかなって考えながら、一人一人顔を確認して脳内の顔と一致させていくが、誰一人として一致する人がいなかった。

 変だな……三年生だと思ったんだけど。て言うことは、二年生なのかな?



 移動教室のため、一人で教材などを持ち教室を出た。今の私には、教科書をロッカーから取ってくるのも、取ってきた教科書を持って歩くことも容易ではないけれど、仕方がない。どうにかこうにか荷物を持つことができた。

 はあ、とため息をつくと、たまたま廊下に武がいることに気がついた。私は、武に気づかれないように横を通り過ぎようと試みた。でも、松葉杖の音がいちいち鳴ってうるさいんだよなあ……。


 気付かれませんように!話しかけられませんように!


「あれ。のどか、一人で大丈夫なの?」


 バレたー! 

 待ってました、という感じで武が話かけてきた。


「あ……大丈夫だと思う」

 語尾に、たぶん、と付け足した。


「骨折、辛そうだな?」

「ん……骨折というか、本当はヒビが入っただけなんだけどね」

「いや、それでも大変なものは大変だろ」

 武は、私が持っていた教材類を何も言わずに持ってくれた。


「あ、ありがとう」

 

 なんだ……やけに優しいじゃん……。逆に気持ち悪いほど、だけど。

 私はふふと笑ってしまった。


「なに笑ってんの」

「いや、なんか優しいなと思って」

 

 武は頭をポリポリと掻いて、早く歩けと言った。

 もう素直じゃないんだから。昔から武はこういう人だった。私が困っているといつも助けてくれた。あの空白の三年間がまるでなかったみたいだ。


「あ、そういえば、この前いた人と仲いいの? あの……男の人」

 私の歩くスピードに合わせて武も一緒に歩いている。


「この前の?」


 何のことだろうと思っていたら、ふと思い出した。


「あ、亮先輩のこと? 仲いいっちゃ仲いいって感じかな」


 ふーん、と言って武はそっぽを向いた。

 ふと周りを見ると同級生の女子たちが通りすがりに私たちのことをじろじろと見ていることに気がついた。


 あ……これはいけない状況では? 

 あんなブスが武くんの隣をなんで歩いてるの、みたいな感じだろうか。あの表情的にそんな感じがした。

 私は出来るだけ速く移動しようと思って、ペースを上げて松葉杖を動かす。


「おいおい。ゆっくりでいいって。転んでも知らないからな」と何も知らない武が隣で呑気に言う。


「う……」

 私はペースを落とし、できるだけ顔を上げないようにしながらと前に進んだ。




 もう校門にある桜は咲かなくなってしまったが、その代わりに緑に染まるようになった。


 おばあちゃんの車の中から私は外を見つめる。私がギプス状態になってから毎日おばあちゃんに送っていってもらっている。だいぶこの生活にも慣れてきた。


 学校に到着し私が車から降りるとおばあちゃんは中から、いってらっしゃい、と言った。私は軽く手を振りながら、おばあちゃんの車を見送る。


「のどか」


 ん? と思い、後ろを向くと、輝く五人組がそこにはいた。おはようございます、と私は少し頭を下げる。


 純斗先輩があまり無理はしないでね、と言って私のリュックを持ってくれた。


「まだ治んねえの?」と創先輩はいつものように冷たい。ポケットに手をつっこみながら私の近くにまで寄ってきた。


「見事にヒビが入っててですね。ヒビは治りにくいのですよ」と私が言う。「ま、こうなったのは誰だかさんたちのせいなんですけど……」

 私はキングと優弥先輩を睨んだ。


「え、わし? わしらのせい?」

 キングが指を自分の方に指し、目を見開いている。


 私は常々、自分は根に持つタイプだなと思うときがある。根に持っていても仕方がないとは思う。でも、許せないときだってある。

 とはいっても、今回は別に根に持っていると言うわけではないが、ただ言いたかったのだ。言って、先輩の困っている姿や表情を見てみたかった。たぶん、こう考えてしまう私はきっと変人だ。


 いじめているわけではない……。

 ただただ、見てみたかっただけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る