第9話 統率もなく、無秩序で垂れ流される“音共”に

   *


 ――――――いつまで寝ているつもりだ


 ――――ふぅん。少しお前には刺激が強すぎたのか。


 ――俺がお前だけ守り立てたのだ、傷など何処にも負っておらんというのに。全く軟弱者のハレンチ女め。


「あ――――っつ!!」

「ようやく起きたか俗物めが、この俺をいつ迄待たせるつもりなのだ」


 腰に手をやり、私を見下ろした仮面の天使は、夕焼けを背景にして翼を開閉していた。

 起き上がった私が見渡したのは、山と積み上がったスクラップ。大破したバイクや車、その残骸と数え切れないだけの敵の亡骸だった。

 向こうに強大な斧を握ったままの、獣人の残骸が見える。瞳は落ち窪んでもうピクリとも動かない。


「ぁ…………」


 リッテンハイドの頭目が死に絶えた。それは同時に、この暴力世界の最低な秩序が、終わりを迎えた事を意味していた。

 ……まだ実感が湧かなかった。

 あれ程苦しみ、長く虐げられた私達の地獄が、新たなる力と脅威、圧倒的なる悪のカリスマによって塗り替えられたという実感が。

 ジークを殺した混沌の世が、たったの数時間の内に脆く崩れ去ったのだ。

 ――私の口が、ただ一言だけ言葉を発した。


「新たなる無秩序が、私達を襲う」

「……ほう、やはり良い声だな、俺の見立て通り」


 砂に沈んだボンネットに座り込んだギルリートが、その姿を逆光の影に染めるがまま、私に手を差し伸ばす。

 私は言葉を発しようとしたけど、どうしたって掠れるような声しか出なかった。そんな醜態を見てとったギルリートだったが、彼は先程までのように嘲笑する事もせずに、仮面の奥からじっくりと私を覗いた。


「俺が欲しいのはだ。神に選ばれしその美しき声で、世を照らし出す独唱者アリアとなり、奇跡の楽想を俺に聴かせるが良い」

「…………っ」


 驚いたまま何も言えないでいる私に、ギルリートは顎を上げて顔を斜めにした。そうして髪を華麗にかき上げながら、臆面も無く言い放ったのだ。


「この世界がお前を狂わせたというのなら、俺がその世界ごと破壊してやる」


 私が言葉を返せなかったのは、声が出ないからじゃなく、赤面するまま言葉に詰まった為である。

 ――この豪華絢爛たる王に魅せられて……


「行くぞ我が歌姫よ」


 私は手を引いて行かれるのだった。当て所もない荒野はもう殺風景じゃない。オレンジに光る砂粒が、緩やかな風に乗ってキラキラ瞬いた。無残に散った銀の喝采、赤い絨毯が私達の行手に伸びる――


 ――統率もなく無秩序に垂れ流されるに、導きのタクトを……

 名指揮者マエストロ


 彼は凄惨たる死骸の山に振り返って微笑する――――


Requiem永遠の aeternam安息を

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