第6話 この俺を誰だと思っている

   *


「殺風景な世界だ」

「……っ……ぁ!!」


 凄まじい衝撃によって瓦解していくリッテンハイドのアジト。崩落が崩落を呼美、瞬く間に瓦礫の山と変わっていく悪の根城。


「大方の事情は、そのの中から聞き及んでいるぞ」


 天使の纏う黒の暴風に守られた私は、高い砂煙を上げて沈んでいったスクラップの山に立ち尽くしていた。

 すると天使――ギルリート・ヴァルフレアは、顎に手をやり、みずぼらしい私の姿に鼻を覆う。


「それにしても汚い女だ、臭くて堪らんぞ……チッ」

「……っ」

「なんだ? 何故私を救ったのか、だと?」

「――――っ!」


 目を点にしている私の心情を読み取り、ギルリートは私の感情を、ジークにしか伝わらなかった筈の私の意志を、いとも簡単に読み解いていた。


「この俺が虐げられる貴様ら民に同情したと? 自惚れるな、下民とは王の為に虐げられるものだ、それにちっとも同情なんかはしない。俺はただがあったからそうしただけだ」

「……ん……」

「俺の欲しいモノが何かだと? ふぅむ、高貴なるこの俺が、こんな魔物のクソみたいな世界にわざわざ召喚されてやったのはだな――」


 その時、広大なる瓦礫の方々より、荒々しい男達の怒声が起こり始めたのに気付く。


「――てめっ!! テンメゃあああ!!」

「俺達のアジトが、リッテンハイドの城が! 一体何をしやがったコスプレ野郎、火薬か!?」

「アリエルさんを捜せ! 俺らに楯突くたぁ、あの人が黙ってねぇぞ!」


 汚れ果てた男が数十名、瓦礫の山より這い出しながら得物を持ち始めた。その頭数は続々と増していき、いつしかゴミの山を走るオフロードバイクの轟音は、私達を中心にして無数に旋回していた。標的は無論、未だ爆心地に佇んでいる高貴の男……と、その隣に居る私だ。


「オンラァアアア!! 無茶苦茶に拷問して無茶苦茶に殺してやるからなこのキザ男がぁああ、覚悟しやがれぇえ!!」

「醜い奴らだ、なんなんだその正気を疑うような容姿のセンスは。鉄のマスクにカラフルモヒカン、袖無しジャケットに巨大なピアス……美的感覚を疑うしかない」

「はぁアアアアイカすだろうがクソタコがぁあ!!! 天下のリッテンハイドである俺様達に向かってぇ!! ここいら全部俺達が締めてんだぞ、俺達に歯向かう奴がどうなるか、教えてやるゼェ!!」


 鎖を振り回したモヒカン男の一人が、バイクの上から目にも止まらぬ速度の鉛の塊を投げ放っていた。その背後からも、二の手三の手となる屈強な男達の猛接近する面相が見て取れる。


「汚い。臭い。穢らわしい」

「――ハ、ェ????」

「薄汚い生物ほど生命力が高いと言うのは本当らしい。ゴミに埋もれても元気一杯では無いか」


 我が身を守ろうと、頭に手をやってうずくまっていた私だが、男達がポカンとするような声を上げて、ジリジリ這い寄る事も辞めた事に気付く。


「ナジャアア?!!! ん?!! んぇえお? ナンッナンッじゃあああ???!」

「アンリャああああ???? お母ちゃん、俺空飛んでるぞ!! アヘェあ夢見てんのか?!」

「貴様らこそ覚悟するがいい。下賤風情がこの俺と同じ目線で語り、許可もなく息を吸うとは万死に値する」

「はりゃァ?! あろろろっ! 何が起こって、つぁっ」

「くっはははは、やはりこの世界には“”という概念さえ無いようだなぁ」


 手近に雪崩れて来た廃車のボンネットに優雅に腰掛けたギルリート。顎に手をやった彼を中心にして波状に広がり、周囲の男達に絡み、吊し上げていく暗黒の濃霧。その奇怪なる力――“魔法”という未知に、その場に居た者は肩を竦ませるしか無いようだった。

 だがしかし、取り巻きの男達は口々にし始める。


「何だぁあ?!! 闇? 黒い霧を操っていやがるってのか??!」

「ヒィいいい、アリエルさんと同じだ、お前もそうなのかコスプレ野郎」

「ふぅん……だと? 不潔極まるこのブサイクめが。この俺と同じ高みに居る者など、そう滅多に居る筈が無いだろう」

「なんで“奇跡の恩寵者”がこんな所にっ! アリエルさんミテェなキテレツな力を使う奴が居るんじゃあ、どうする事もっ」

「“奇跡の恩寵者”……なるほどな、魔導が常識に無い世界に置いて、それを用いる者をそう呼んでいる、と。ククッ、なればあの獣人、奴は一体何者なのか」


 考え込んでしまったギルリートを背後から襲うバイクの奇襲。一足早く気付いた私は声を上げようとしたけれど、私の声はやっぱりうまく発する事も出来なかった。


「ひゅういいいやっほほおおお死ねぇええ――ッん?! お、お、おオッっんベェエエエ!!!」

「貴様らの跨るその獰猛な機械仕掛けも、俺にとっては未知だがなぁ」


 私の心配など無用だったようで、天使の翼が押し開いて男を薙ぎ飛ばしていた。運転手を失ったバイクが大地に墜落し、タイヤが空転する。


「ククッ暗黒魔法『闇映しカオスミラー』」

「うなな!? 次はなんだぁ??」


 仮面の向こうで赤い眼光が滾ると、彼の眼下に集った闇が形を成し始めた。


「仕組みはよくわからんが出来たぞ。バイクというらしいな、この乗り物は、どれ……」

「ハリャアア――!! 俺のバイクを一瞬でコピーしやがったぁあ!!」

「なんだぁこの不要な装飾。お前らのセンスは本当に救いようが無いな。ここはこうして、こうしてだな。シートは俺という王にふさわしく、もっとこう華美に……」


 闇の二輪車のシルエットを好きに変えていったギルリートは、やがて出来上がった彼仕様のバイクに跨り、ドルンとマフラーを吹かしてから、拾い上げた私を後ろに乗せる。


「アンダァああコスプレ変態貴族野郎! 俺らと走りで勝負するってのかよ!」

「そこまでコケにされてたまるかアホンダラぁあ! こちとらバイクに命賭けてんじゃぁああ!!」

「勝負だと……違うなぁ、遊んでやると言っているんだ」


 男達の額にビキリと青筋が立ったのに私は気付いた。走る事に心血を注ぎ続けている彼ら暴走族に対し、その挑発は余りに危険過ぎる。それにギルリートの口振りから、彼はバイクに乗るのは初めてと言うでは無いか。いくら魔法というものを使えるからと言って、彼らの土俵で戦うのは危険過ぎる。


「案ずるな女……」

「っ……?」


 私の不安を見てとったか、ギルリートは背後に振り返り、ニタリとその口元を微笑ませた。


「この俺を誰だと思っている。蛮族に出来て俺に出来ぬ事など、一つとしてある訳が無いだろう」


 朽ち果てた水も文明も無い荒廃世界。砂を巻き上げ激しいエンジン音がもつれ合う。その中で、疾風はやての如く抜け出していった闇のバイク。ギュッと王の背を掴む。

 振り返ると、追い立てて来るバイクと車が砂塵を巻き上げている。顔を真っ赤にした男達に喚き立てられながら、私はこれより狂気のカーチェイスに巻き込まれていくのだと悟った。

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