第20話 王家の金の力で備えておいてよかったという話

 姉ちゃんを弄ぶオープンに対し、剣を抜いた俺。

 だが、傍から見れば、俺は街中で刃物を抜いた暴漢だ。


「おい、喧嘩だ! しかも剣を振り回してやがる!」

「シャレにならねえ! 衛兵呼べ! 衛兵!」


 繁華街の住人達が指差してくるくらい、俺は危ない奴になっている。

 その俺に対し、オープンは姉ちゃんを盾にしながら後退った。


「懲りねえ王子様だ! また俺とやるんだな? そうなんだな?」

「アネットを放せ!」


 姉ちゃんを盾にされては迂闊に飛び込めない……!

 じりじりと間合いを詰めていくしか……。


「剣を向けられた以上……俺が殺しちゃっても正当防衛だよなあ!」


 オープンがせせら笑う。

 と、俺のはめている指輪が鈍く光った。

 ……これは……!

 気付いて、俺は呻く。


「……くっ! 動けない……!」

「バカがよぉ! 忘れたのか? 俺にはこういう魔法があるってことを!」


 俺の足元が氷で覆われていた。

 前にもオープンにかけられた凍結の魔法……!

 冷気が全身を包んでいくのを感じる。


「あ!」


 俺はそう声を漏らし、剣を取り落とした。

 指を、かじかんでいるかのように震わす。


 オープンが汚らしい笑みを浮かべた。


「同じ魔法に引っかかるってどんだけバカなんだ? 剣でも振り回せばなんとかなるとでも思ってたってわけか? さすが王子様だ」

「く、くそっ……!」


 オープンは抱きかかえた姉ちゃんの首筋に舌を這わす。

 姉ちゃんが怖気だって呻いた。


「ひぃ……」

「感じるか? お嬢様? うぇひひ……おい、間抜け王子? 俺の好きなことの一つに、身動きできない男の前で、そいつのオンナを弄ぶってのがあってなあ?」

「な!? お前、まさか……!」

「さあ、たっぷりお前の卑しいところを見てもらおうぜ、お嬢様?」

「いやあ……!」


 オープンは髪を掴んで、顔を引き上げる。


「おら! 口開けろ! 咥えなけりゃいつまで経っても終わらねえぞ!」

「ひ……そんな大きいの……どこから……」

「わんこめし特製のソーセージだ、これを味わったらもう二度と他のものじゃ満足できなくなるぜえ?」

「いや、いやあ……」

「嫌々言ってんじゃねえ! おらあ!」

「もごぉっ」

「ふへへ、美味そうに食うねえ、その気になってきたんじゃねえか?」


 オープンは俺の方を見て嬉しそう。

 ソーセージを咥える姉ちゃんを見せつけるようと近付いてきた。


「ほれ、もっと近くでお前が卑しく頬張る様を王子様に見てもらうんだよ!」

「おご、もが、もがあ……」

「さあ、王子様ちゃんよぉ!? なにか言いたいことあるんじゃねえか?」

「……ようやく近付いてくれたな」

「あ?」

「この距離なら捕まえられる」


 俺は、すっ、と歩き出して、無造作にオープンの腕を掴んだ。

 ぐっと捻る。


「痛てえ!?」


 突然のことに、オープンは姉ちゃんを手放した。

 姉ちゃんは口に無理やり詰められたソーセージを吐き出す。


「げほっ! ……よりによって魚肉……!」


 オープンは目を瞬いて、


「な、なんで動ける!?」

「この指輪に込められた魔法のお陰だ。デモンズレジスト。自分の選択した属性への抵抗を得られる指輪だ、そして俺は冷気属性への抵抗を選んでおいた。最初から、お前の冷気属性魔法は大して効いてなかったんだよ」

「なに!?」

「だから、凍り付きによる動けないという状態異常効果も俺には付加されていなかった。お前が油断して近くに来てくれるようわざと動けないふりしてただけだ」


 そこまで聞くと、オープンは目を剥いた。

 ふんぬがば、と力任せに俺の手を振りほどく。


「それがどしたぁ! それで結局、お前もわざわざ俺にぶん殴られる距離になるまで近づいてくれたってことだろうが!」

「俺は魔法はうまく使えないが、王子の身体能力はかなりうまく使いこなせるようになったんだぜ?」

「あ? なに言ってやがる!? もういいわ、死ね!」


 冷気属性魔法が通用しないと知ったオープンは、力任せに殴りかかってきた。


「……だから、こういうこともできる!」


 そう言って、俺は王子の体が覚え込んでいた騎士流の組み手を応用する。

 殴りかかってきたオープンの拳を躱しながら、大柄な相手の体の下に潜りこむ。

 そして、そこから一気に背を伸ばした。


「は!?」


 勢い余ったオープンが、俺の背に乗っかり跳ね上がる。

 そうして、オープンの体が宙を舞った。

一回転して背中から落ちるオープン。


「なっ」


 その口から、そんな体内の空気が漏れだす音がした。

 衝撃でしばらくまともに動けまい。

 俺はすかさずオープンを組み敷く。

 前腕でオープンの首を圧迫。


「げ」


 オープンはなにが起こったのかよくわからぬまま目を白黒、手足をばたつかせて、すぐに意識を失った。


「……俺の姉ちゃんに手を出すからだ」


 俺は立ちあがりながら、そう呟いた。


「……タカアキ……!」


 俺は姉ちゃんに後ろから抱き着かれる。

 姉ちゃんの、つまりアネットの弾力ある胸が押し付けられた。


「……来てくれたんだね。もう来てくれないのかと、怖くて……」

「俺が姉ちゃんを見捨てるわけねーだろ」

「本当に?」

「ああ、絶対一人になんかしねーから」

「……これからも? ずっと一緒に居てくれるの?」

「しょうがねーな、姉ちゃんは放っとけねーし」

「……そうだよ、わたしは放っといたら寂しくて死んじゃうんだからな。それ、よく覚えとけよ……」


 姉ちゃんは俺の背中に口を押し付けて、そうモゴモゴ呟いた。

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