裏世界ゲーマー:理解者
「やっぱり、夢じゃないんだ……」
寝て起きてみても、やっぱり自分の部屋じゃない、壁が迫ってくるような狭い部屋で目覚めるたびに、胸の内側から絶望が浸食してきた。
この、『日本』という見知らぬ国に来てから3日目の朝。
『大隈竜鬼』というのが、どうやらこの世界での“僕”の名前らしい。
本当に、どうしてこんなことになっちゃったんだろう?
僕は、知らない国の、知らない人種の、知らないお兄さんの体に乗り移ってしまった。
今の僕は17歳の高校生だ。3日前まで東邦の、10歳の、小学4年生だったはずなのに。全く、この状況の意味がわからない。どうやったら東邦に帰れるんだろう?
この世界には飛空挺も飛行龍も飛んでない。この国の人々は車輪の付いた『車』という乗り物に乗って生活している。
この国にも学校はあったけど、何を教えてくれてるのか、さっぱりわからない。この世界に住む人はみんな、肌の色が緑じゃない。それどころか、赤や青の肌もいない。多くの人が黒髪で、たまに茶髪や金髪の人を見かける程度だ。
なのに、人が話している言葉も、教科書や黒板に書いてある文字も、間違いなく東邦語だからさらに訳がわからない。
あぁ、もう何も考えたくない。それでもお腹はゴロロロロロとお腹は鳴る。
今日は四角くて薄いパンを食べただけ。お腹が空いても、食欲が湧かないから、食べ物が喉を通っていかない。
このままだと死んじゃうかもな……。それでもいっか。死んじゃえばいっか。
「リューウッキくん! 一緒にご飯食べよー!」
「レイカさん?」
こんな姿になってしまった僕に、肌の茶色い金髪ポニーテールの――王神嶺華というらしい――お姉さんは、昨日も今日も僕を家まで迎えに来てくれて、心配してくれた。
しかも昨日なんてお腹を空かせていた僕に、自分の持っていた食べ物――手の平サイズの三角形で、黒くてパリパリした皮で包まれた、中身が白くてモチモチとしたもの――まで分けてくれた、とっても親切な人。
きっと、僕が宿っているこの体のお兄さんの友達なんだろう。まだ僕が彼とは別人ってことについては話してないから、なんだか胸がズキズキと痛むけど。でも、たとえ話してみたところで信じてもらえるかな?
レイカさんに連れてこられたのは、学校の屋上だった。
「はーい。今日は天才料理人であるレイカちゃんが、とびっきり美味しいお弁当を作ってきたよー」
箱の中に仕切りがあって、よくわからないけど、いろいろな料理が入っていた。
『箸』と呼ばれている2本の棒が上手く使えないでいると、フォークを渡してくれた。
なんだかよくわからない料理の数々は、どれもこれも美味しかった。特にこの、昨日も食べた白くてモチモチとしたものが美味しすぎる。
「すごく……美味しいです。ありがとうございます!」
「そーでしょー? もう私、プロの料理人になれちゃうかもなぁ――なにこれ?」
財布に入っていた貨幣のようなお札は、これ1枚しか入っていなかった。
なけなしのお金だけど、今までいろいろと助けてもらったし、それに――
「あのっ、このお食事のお礼です。お金支払わないといけませんよね? えっとぉ、これで足りますか?」
レイカさんの顔は、なぜか喜んでいなかった。それどころか眉間にシワを寄せて、とても不気味な表情を浮かべていた。
「マジ? これ全部、冷凍食品詰めただけなんだけど……」
「はい。これはほんの気持ちです」
「あのさ、やっぱリューキ、もう1回頭の検査受け直した方がいいと思う。なんていうか、重傷だもん。あとこのお金はしまっときな。簡単にあげちゃダメだよ」
「そうですか……」
仕方なく財布に紙幣をしまう。どうやら[壱万円]と書いてあるお札は、この国では大金だったようだ。
「てゆーかさぁ、リューキィ、もう敬語ネタやめよー? さすがに笑えなくなってきたからさぁ」
「あっ、はい――じゃなくて、うん!」
「まぁだ記憶戻ってないのぉ?」
「うん、そのことなんだけどさ……。僕、実は記憶が残ってるんだ。でもそれが、この世界とはあまりに違いすぎて、本当に意味不明で……」
「どこまで思い出せたか、話してみてよ」
やっぱり、このお姉さんには僕の事情を話してみよう。信じてもらえなくてもいい。何か話してみれば、元の世界に帰るためのヒントを教えてもらえるかもしれないし。
それから僕は、僕の覚えている限りの記憶を話した。自分の本当の名前、自分の住んでいた国、民族、それと、僕がこの“彼”と入れ替わってしまったことを。
「はぁ~? 名前はオオカミ・オウガ?」
「トーホー? ワウラに住んでるの? って、どこそこ?」
「ちょっと待って『ハーフリング』って何?」
「なぁにぃ? 魂が入れ替わっちゃったぁ?」
「似た設定のゲームあるかなぁ……」
レイカお姉さんは、手に持った『光る薄い石板』のようなものを指で操作していた。
「どうですか? 見つかりそうですか?」
「うーん、わからん! でもなんか、聞いた感じアレだよねー、すごくアレっぽい。なんって言うんだっけぇ、異世界……転生だっけ? 転移だっけ? どっちか!」
「イ世界テンセイ? テンイ?」
「だーかーらー。ゲームみたいな世界に飛んでっちゃうの、主人公が、この世界から」
「それだっ!!」
レイカお姉さんから教えてもらった情報を頼りに、僕は学校の図書館へと向かった。
聞くところによると、物語のジャンルは[異世界転生]もしくは[異世界転移]というらしい。
「あー、その設定だと、[異世界『転移』]の方になるんじゃないかなぁ。別世界の主人公の体に乗り移っちゃうんですよねぇ?」
「そうです! そうです!」
眼鏡をかけたお姉さんは、図書館の本棚を回ってきて、30冊くらいの本を机の上に並べてくれた。
「だいたい、こんなところかな。好きなだけ選んでください」
「あの……全部借りたいんですけど、それって――」
「いいですよー。ウチの学校、そのあたりユルユルなんで」
重い本の塊を抱えて家まで持ち帰り、机の上に広げて、片っ端から読み漁る。
どの物語の主人公たちも、物語最初の部分で死んだり、殺されたり、あるいは知らない路地に入ったり、寝て起きたら別世界に飛ばされていた。
主人公たちが飛ばされた『異世界』は、僕の住んでいる世界の特徴にだいぶ近かった。
エルフやドワーフ、オーガ、ゴブリンなどが出てくるし、何よりどの話にもドラゴンが登場する。
でもおかしい。どの物語の中にも、僕が住んでいた世界の地名が出てこない。それどころか、どの物語世界も、それぞれ異なる世界を描いているように読めた。
「見つけた……。世界を飛び越える方法……」
借りてきた物語に出てくる主人公の半数以上が、この方法で異世界へと飛び立っていた。だからこの方法は、この世界で最も一般的な、もしくは手軽な飛び立ち方なんだと思う。
うん、きっとそうだ。明日、僕も試してみよう。
「とりあえず僕は、この『トラック』っていう乗り物にぶつかればいいんだ!」
† † †
翌日、朝はちゃんと起きて、昼過ぎまでは学校に行って、学校帰りに『トラック』が走ってそうな大きい道路を探した。
降りしきる雨に打たれながら道路の脇を歩いていると、黒い車輪が僕に水飛沫を浴びせかけてきた。
「たしかに、あれに轢かれたら死んじゃうよね」
僕はちゃんと元の世界に戻れるのかな?
もしかしたら別の世界に飛ばされちゃったりして。でもまた、その世界も嫌だったら、また死んじゃえばいいよね。何回か転移か転生すれば、元の世界に戻れるかもしれないし。
でも、あの大きくて固い乗り物に、猛スピードで跳ね飛ばされたら痛い……よねぇ、きっと。全身の骨が折れて、内臓も潰されて、血もいっぱい出ちゃうはず。死ぬまでの時間が長いとヤダなぁ。一瞬で死ねたらいいけど、万が一、病院に運ばれて助かっちゃったらどうなるんだろう?
「痛いのは、ヤダなぁ……」
飛び降りにしようかなぁ。でも『トラックに追突される』ことが一般的な方法らしいし――
「なにしてんのリューキ……?」
天の声が聞こえてきたと思ったら、声の主はレイカお姉さんだった。傘を差して、こんなところに何をしに来たんだろう?
「こんなところで、何をしようとしてたの?」
「えっ……僕、異世界に転移しようと思って……お家に、帰ろうと思って……」
暗い顔をしたお姉さんが僕に向かって駆けてきて、僕を抱きしてきた。
冷たくなった体が、急に熱くなっていく。熱い血が体中を回っていくのがわかる。
「大丈夫だから……。君は、私がなんとかするから」
それは、僕が一番言ってもらいたかった言葉だったのかもしれない。
背中を擦ってもらえて、とうとう眉間が熱くなってきた僕は、お姉さんの肩に掴まりながら泣いた。震えながら必死にしがみついた。
「ねぇ、ウチに来ない?」
レイカお姉さんと歩いて、連れてこられたのは、縦に長くて四角い塔みたいな建物だった。
建物に濡れたまま入り、魔法で動いているような箱の中に入ると、高層階にまで上がっていった。
僕のウチも30階だったけど、ここも同じくらいの高さがある。
「どうぞー」
開けてもらったドアから玄関に入ると、僕の濡れた頭から服から、水滴がポタポタと垂れて水浸しになってしまった。
「ごめんなさい……。ご迷惑でしたよね……」
「そんなことないから! ほら、濡れてると風邪引いちゃうからお風呂入っちゃって! あっ、ウチのことも覚えてないか」
廊下を歩いていくほど、胸の内側から懐かしい気持ちが溢れてきた。なんだろう……? すっごく見覚えがあるような……っていうか――
「ここ! 僕んちだっ!!」
部屋の大きさ、配置、間取り、置かれている家具などに、強烈な見覚えがある。
「ウソ……。なんで……? 僕んちがこんなところにあるの??」
ベランダに出て夜景を見ても、暗くてよくわからない。けど、風景はやっぱり違う。似てるけど、なんか違う。
「何か思い出せそう?」
「わからない……。でも、僕んちにすごく似てる」
部屋に戻って洗面所に入ると、バスタブの形から位置から、何もかもがそっくりに思えた。
「お風呂も一緒だ! 家の部屋の配置が、ウチと全部同じなんです!」
「そっかぁ……。それは良かったね。はい、バスタオルと着替え。パンツは買ってきたのきたよね?」
シャワーを浴びて着替えて出てくると、僕の部屋だった場所にレイカお姉さんがいた。
この部屋も、元の世界の僕の部屋に、すごく似てる。
「お姉さんと竜鬼さんは、どんな関係だったんですか?」
「うーん、親友以上、恋人未満の関係って感じかなぁ。もはや私の弟だったような気もするし……」
「仲が良かったんですね」
「今日はベッド用意できないから、このベッドでお姉ちゃんと一緒に寝る? 嫌かな?」
棚の上に見覚えのある姿を見つけて、僕は思わずそれを取り上げてしまった。
「ああっ! 〈ティラノレウス〉!!」
「今度はどした?」
間違いない。この赤い翼竜は、竜狩に出てくるやつだ。僕は戦ったことないけど、少年竜狩では定番中の定番だよね。
「ティラノレウスって、この世界でも召喚されてるんですか?」
「召喚? ってか、ゲームのモンスターだけど」
「ゲーム?」
大剣を振り回す鎧を着た剣士。鋭い牙の生えた口から炎を吐く赤い翼竜。そして彼らの激しい戦闘シーン。
レイカお姉さんが両手で魔法板のようなものを操作していくうちに、やたらと見覚えのある映像が流れてきた。
何もかもに見覚えのない世界で、やっと僕の知ってるものが出てきた。
「これっ、竜狩だっ!!」
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