決意表明〈前編〉

「あっ、VIPのお客様ですねー。こちらへどうぞー」


 チケット発券所のスタッフに、ベルクコーチからもらった4枚の紙切れを見せると、一般の客とは異なる動線で案内された。

 どうやらベルクコーチからタダで貰ったチケットは、ただのチケットではなかったらしい。


 関係者専用通路という無機質な狭い廊下を歩き続け、異世界式リフトで上の階へと運ばれると、俺たちを迎えてくれたのは豪華な造りをしたホテルのロビーのような場所だった。


「すげぇ……」「すごーい……」


 彩り豊かな料理を乗せた皿が並ぶ中央のビュッフェからは、食欲を誘うような刺激的な香りが漂ってくる。見るからに金持ちっぽそうな身なりをした大人やその子供たちが、料理を皿に取り分けたり、個別のテーブルで食事をしていた。

 床一面が高解像度の立体映像ディスプレイになっている右手側のゲームエリアでは、立派な服を着た子供たちが、竜狩を模したARゲームのようなもので遊んでいる。


 館内にいるはずなのに、外から観客たちの騒々しい声や、打楽器のリズミカルな旋律が聞こえてきていた。

 どうやらサービスエリアを抜けた先は、スタジアムの観客席と直結されているようだ。


「ねっ! グラウンドでセイケイエンシュツが始まってるよ! 観に行こ!」

「ちょ――」


 はしゃぐアスラに手を取られて、ビュッフェエリアを抜けていく。

 だんだんと歓声の音が大きくなっていき。バルコニーのような場所に出ると、一気に視界が開けた。

 突如目の前に現れた絶景に、俺は圧倒されてしまった。

 壁のように競り立つ四階建ての観客席が、ぐるりと一周取り囲んでいる。スタジアムの席は無数のサポーターたちによって埋め尽くされていた。


「すご……」

「今日は龍玉ダービーだから満員だね」


 その数万人規模の観客たちは、自分たちの目の前で行われているショーに見入っていた。

 サッカー場くらいはありそうな真円形の茶色いグラウンドには、今まさに赤い溶岩の川が流れ込んできていた。それらは冷たい大気に触れて蒸気を噴き出しながら、茶色い岩肌へと固まっていき、ところどころに陸地を形成していった。


 まるで、まだ海が無かった古代の地球に降り立ってしまったような幻想的な光景だ。

 スタジアム内部に立ち入ったときの迫力は、家のテレビで試合の立体映像を観ていたときとはまるで次元が違う。全周囲の視界に圧倒的に広大な空間が広がり、大勢の人々が存在しているという強烈な実感がある。

 BGMや、応援歌や、雑談や、呼吸が、喧噪が、人々の声が重層的に反響し合い、それらが聴覚だけでなく触覚としても感じる。


 バルコニーかと思われた場所は、VIP客専用の観客席だったようだ。斜め下方向に30席ほどが等間隔で配置され、手すりの棒が立っている。

 フィールドとは本当に目と鼻の先と言えるくらいに近い。地上の蒸気口から噴き出す白い煙が俺の顔を撫でては消える。その煙は仄かに熱を帯びていた。


「そろそろ選手入場だよ。あっ! オオタカ選手だ! アオザメ選手もいる!」


 上方のスピーカーから打楽器による一連の重低音が流れると、赤土のフィールド内に何人もの戦士たちが走り込んできた。

 7、8人……いや、もっとだ。ざっと数えて十数人はフィールドに入っているだろう。


 先に入場していた赤いユニフォームメイルの選手たちが、それぞれの肩に武器を背負い、緑色のユニフォームメイルの選手たちを出迎えている。グラウンド上空、目線の高さよりも上に浮かんでいる円筒状のホログラムヴィジョンには、選手たちの挑戦的な眼差しが表示されていた。

 選手入場が終わると、今度はどことなく東洋的な旋律の円舞曲が流れてきた。


「あっ! ショーカンシだっ!」


 『召喚士』と思われる一人の女性が、中央の入場口からフィールドの中央へとゆっくり歩んでいく。肉眼では彼女の顔までわからなかったが、宙に浮かぶホログラムヴィジョンには、白塗りの顔に赤い紅を差し、濃い緑色の髪を結い、艶やかな和服を着た女性が映し出されていた。

 その女性召喚士はセンターサークルの中央に立つと、手に持っていた荘厳な儀礼杖を新体操のバトンのようにクルクルと回し始めた。


『おいでなさい、尾獣竜〈アジャルディー〉』


 BGMの曲調がアップテンポなものに変わると、彼女の左右に巨大な樹木が生え建ち、スタジアムの屋根まで覆う勢いで新緑の枝葉を広げていった。

 それぞれの樹木の天辺に、上空から巨大な獣のような存在が一匹ずつ降り立つ。

 緑色の鱗に覆われたモンスターには、翼こそ生えておらず、お尻からは丸まったり伸びたりする尾っぽが生えていた。もう片方の木に降り立ったモンスターの鱗は橙色だった。


 どちらかと言えばリスのようにも見える獣型だったが、全身を覆う鱗や、口から覗く何本もの鋭い歯から判断して、一応コイツも竜なんだろう。

 キキキキキィッと甲高い声で鳴いたその二匹の尾獣竜が巨大樹から降りると、途端に巨大樹は消滅した。緑色と橙色という違いはあるも、大きさからモデリングからモーションまで、2体はそっくりだ。まるで1Pカラーと2Pカラーみたいだな。

 その2体の竜は召喚士の前に行儀良く鎮座した。召喚士は両手で持った発光する杖を頭の上へと掲げており、それらの動作によって竜の視線を集め、彼らの挙動を制限しているように見えた。


「なにこれ? 今日の試合は2体同時に狩んの?」

「違うよ。今日はカップ戦だから〈スクランブル〉じゃん」

「『スクランブル』?」


「両チームがごちゃまぜになって戦うんだよ。知らないの?」

「そんなのもあんのか……」


 ドラゴンキラーにも闘技場でのタイムアタックはあったけど、2チームに分かれて同時に戦うなんて戦闘方式は無かったな。まっ、そもそもドラキラは最大4人プレイのゲームだし、8人が連携して戦うなんて方式はないんだけど。どんなに似てるって言っても、やっぱり違うルールもあるのか。あとで調べとこう。


 召喚士がフィールドサークルの外まで駆け出ていくと、ブゥボオオオッと重く響く角笛の音が鳴らされた。

 プロ竜狩の試合を生で観て、まず俺が驚いたのが選手同士の衝突だ。両チームの選手たちが交錯するフィールド内では、味方と敵だけでなく、味方同士すらがぶつかり合い、転倒していた。


 額から血を流す選手、脚を引きずってフィールドのラインから出て行く選手、起き上がれずに仰向けになり、救護班の担架に運ばれていく選手たち。

 かと思えば、ピュロロロロロロッという高音の角笛が鳴らされ、一人の男性選手の頭上に黄色い円冠が浮かび上がった。彼は何か反則行為でもしてしまったのだろうか。


「試合は前後半の30分ハーフ。スコア[1-1]なら、ホームとアウェイの2体の竜が、各チームで召喚されて、より早く倒した方の勝ちになるんだよ」


「つまり、タイムアタックってことか。さっきから何人も入れ替わってるけど、交代は自由ってこと? 何人まで出れんの?」


「スカッドに登録されているメンバーなら何人でも交代できるよ。スタメンは8人だけど、最大で24人が出れるね」


 赤茶色のフィールドは絶えず足場を変化させていた。溶岩流によってチームメイトが分断され、煮えたぎるオレンジのエリアはダメージ床になるらしい。


「はいこれ、オウガも付けなよ」

「なにそれ?」


 アスラが差し出してきたのは、中世ファンタジー系RPGの頭装備にでもありそうな、装飾のされた金色のカチューシャのようなものだった。


「〈サークレット〉だよ。VIPルームにあったから借りてきた。これでプレーがよく見えるよ」


 試しにそれをおでこのあたりに嵌めてみる。


「うおっ……なんだこれ……」


 サークレットが起動すると、空中に様々な数字やらボタンやらが表示された。なるほど、つまりこのデバイスは、ARゴーグルみたいなものか。他の観客たちも空中に手をかざしたり、指で何かを操作するジェスチャーをしてたけど、これを操作してたんだな。


 頭に付けたサークレットに付いたボタンを適当に押すと、竜の攻撃で当たり判定となる範囲が投影され、攻撃が当たりそうになるスレスレで選手たちが回避していくのがわかった。

 遠隔攻撃魔法によって生み出した氷塊に当たった橙獣竜は、その後ろ足を地面に固定されて動けなくなっている。


『イタチ、チーターは退場。ツキノワ、ミミズクが入れ。守備陣形[2-2-4]に変更』

『怒りモーション確認、[4-4]ブロック作れっ!』


 物見台のような塔の頂上には各チームの指揮官が立っており、彼らの指示はサークレットの骨伝導振動によって、鮮明に聞こえてくるチャンネルにも切り替えられた。

 どちらのチームもフォーメーションは異なるが、それぞれ秩序だった動きで連携攻撃や連携守備をしようとする意図が伝わってくる。


 サイドからのクロス攻撃に、中央から飛び出した剣士が反応して縦スラッシュ。猛攻に耐えきれず竜がダウンすると、交代して入ってきた近接物理アタッカー陣が猛攻をお見舞いしていく。

 高さ10メートルは超えるような――人間の脚力とは信じられないほどの跳躍で竜の頭へと斬りかかり、クリティカル判定で竜をダウンさせるアタッカー。


 魔術師が体操選手のような優雅な舞をしながら空中に術式を描くと、スタジアムの上空から直径20メートルほどはあろうという巨大隕石が落ちてきて、竜の頭上へと衝突する。


「これが、プロ竜狩? 俺たちが普段プレーしてるのとは、まるで別もんじゃねぇか」

「今まで生で試合観たことなかったの?」

「うん……」


 家の立体テレビ画面とは、高さや広さの感じ方が段違いだ。こんな広いフィールドで、こんなにダイナミックなプレーが行われていたとはな。

 それにしても、ジャンプ力が人間離れしてるのは何なんだ? 異世界とはいえ、大人になるだけで、あんなに10メートル級のジャンプが出来るようになるとは思えないんだけど。しかも、10メートル超えのジャンプをしたときの衝撃を、よく膝だけで吸収できるよな。普通、靱帯ブチ切れるだろ。


「あぁぁ! わたしも早く〈エンハンスアーマー〉着れるようになりたいぃ!」

「なにそれ?」


「知らないの!? 選手仕様のユニフォームメイルだよ! こんな、わたしたちが着てるようなレプリカじゃなくてさぁ。めっちゃジャンプできたり、めっちゃ重い武器振り回せるようになるんだよ!」


「へぇ、パワードスーツみたいだな」

「なにそれ?」


 ってことは、選手の身体能力を底上げするような機構が、あの鎧に組み込まれてるのか。すげぇ、マジで、未来のスポーツじゃん。

 あの驚異的なジャンプ力も、高度からの着地による衝撃吸収も、選手たちの着ているなんちゃらアーマーが可能にしているのか。

 それから俺たちはハーフタイムを挟んで前後半の試合を堪能した。後半は赤いチームの召喚士が赤色と紫色の2体の翼竜を召喚し、またそれぞれ混戦しながら狩っていた。

 前半は[4-3]、後半は[4-2]、合計スコアは[8-5]。前後半とも制したレッズが勝利したらしく、赤いユニフォームメイルを着たサポーターたちは大騒ぎして喜び合っていた。


 試合終了後に「もったいないから」という理由でビュッフェの料理を食べると、食べ終わる頃にはスタジアムにいた観客たちは全員帰ってしまっていた。

 ナイターの照明は半分ほど消されており、グラウンドキーパーのような数十人の人たちが整備作業をしている。


「わぁ……もう真っ黒だねぇ」


 先ほどまでの溶岩地獄はどこへやら、フィールドへの投影はオフになっており、そこには無数の黒いパネルが敷き詰められた空間が広がっていた。


「試合が終わるとこうなっちゃうんだぁ」


 人が見てないのをいいことに、アスラは2階のVIP席から柵やら何やらを跳び越えて、1階の一般席にまで下りていってしまった。


「おい、どこ行くんだよ!」


 追っかけていくともうアスラは、観客席とグラウンド内を分ける手すりに登って座り、今にもグラウンド内に入ろうとしていた。


「入ったらヤバいって! 怒られるぞ」

「いーじゃん、もう試合終わったんだし」


「いや試合終わったからって――」

「君たち、グラウンド入ってみたい?」


 俺たちの騒ぎを聞きつけたのか、杖のような棒を握った薄いブルーの作業着を着たゴブリンおじさんが、笑いながら話しかけてきた。


「いいのっ!?」

「本来なら整備中でダメなんだけど、清掃用の機械が故障して作業が中断しててさ。10分くらいなら入ってきてもいいよ」


「やったー!」

 待ってましたとばかりにアスラが手すりを飛び越えていく。


「すみません」

「こんなとこ、普段は入れないからね」


 手すりから着地した黒いパネルは思いのほか柔らかく、わずかな弾力性が感じられた。踏んだ感触としては、竜剣道場の畳風マットが一番近いかもしれない。いや、もう少し固めかな。

 フィールドサークル付近に駆けていったアスラは、お土産用に買ったであろう真っ赤な大剣を前に構えると、横斬り、縦斬り、ローリングからの溜め斬りを繰り出していった。


「さぁあ、アオクマ選手! 竜の攻げきをよけて、かかんに攻め上がったぁ! そして強れつな一げきをおみまいするぅ! たまらず竜はダウゥン!」

「相手よっわ」


「さすが東邦代表のエースストライカーだぁ! きってきって、きりまくり、何体もの竜を倒しまくっているぞぉ!」

「妄想の中だと、最強だなお前」


 そう毒付きながらも俺の手足は、ピクピクと痙攣していた。

 さっきまで満員の観客たちで埋め尽くされていた観客席を見回す。ナイターの照明に照らされながら俺は、自分がプロ竜狩選手としてこの場に立っている姿を想像した。


 充満する白煙、轟く雄叫び、揺らめく篝火。

 フィールドには一体の竜が召喚され、俺の背後には精鋭であるチームメイトが武器を手に取っていた。


 俺は、見上げるほどにデカい赤翼竜の懐まで駆けていくと、その口から吐き出された火炎放射を横ステップと縦ローリングによって躱す。

 頭には攻撃が届かないから、まずは腹部をメッタ斬りにする。

 そうしているうちに、仲間が後方から援護射撃してくれて、たまらずに赤翼竜は頭を垂らして倒れる。近接武器を手に持ったアタッカーたちは、我先にと襲いかかり、竜の頭に刃先を向けると、斬って、叩いて、突き刺していく。

 そして気絶状態から目を覚ました赤翼竜は、バックステップで俺たちから距離をとると、目を真っ赤に光らせながら、俺たちの方へと飛びかかってきた――


「私、絶対にこのフィールドでプレーするんだ! 絶対にプロ竜狩選手になって、必ずこの舞台に立つんだ!!」


 その爛々と輝く瞳は、未来を見据えていた。

 光しか見えていないその女の子に、俺は意地悪な質問をしてみることにした。


「もし再起不能の怪我をしたり、実力が通用しなくなったりして、プロ竜狩選手になれなかったら?」

「そしたら、人気プロ竜狩選手と結婚して、子供をプロ竜狩選手にする!」

「そっか……」


 べつに、プロスポーツ選手の子供が、親と同じようにプロ選手になれるとは限らないんだけどな。


「オウガ! わたしたち、絶対にプロになろうね! 将来は、いっしょのチームでプレーしようね!」

「そうだな……」


 俺の口から、思ってもみないような言葉が飛び出てきた。

 まさかコイツに感化されるとは。


「だから一回、ペアは解散しよ! わたし、オウガを追い越すために、頑張って練習するから!」

「追い越す前に、追いつけよ」

「そんなの、すぐだよ! すーぐ!」


 結局その夜、俺たちは20分間もフィールド上で遊ばせてもらった。

 この夜の出来事は一生忘れられないだろうなと、なんとなく思った。

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