54.ヒーローを探して!!

「しかしミャオちゃん、一体どうしちゃったんだろうね」


 嫌がるミャオをタケルから離し、一緒に部屋にやって来た優花が言う。ミャオは魂が抜けて化石のようになった父重蔵に無理やり預けたが、悲しそうに鳴くあの声がまだ耳に残っている。


「うん、本当に……」


 タケルはぼうっとして答えた。



「なんかまるで別の猫みたい」


 その言葉を聞いた時、タケルは思い切って優花に尋ねてみた。



「なあ、優花。ミャオのことなんだが……」


「ん? なに」


 ベッドに座った優花がにこっと笑って答える。



「目の色、変わってなかったか?」



「目の色? なんで?」


 意味が分からない顔をして優花が尋ね返す。タケルが言う。


「最初拾ってきた時って水色だったよな。でもさっき見たら、その……、真っ黒になっていて……」



 それを黙って聞いていた優花が答える。


「え? ミャオちゃん、最初からだったわよ」


「……は?」


 タケルは驚いた顔で優花を見つめる。優花もタケルの言葉や態度を見て驚く。タケルが言う。



「嘘だろ? あいつ、最初は澄んだ綺麗な水色だったはず……」


「えー、違うよ。ずっと黒色のままだよ」



(そう、なのか……?)


 ずっと水色だと思っていたミャオの瞳。

 それが本当は黒色だったとは。タケルは後で家族にも聞こうと思ったが、不思議と優花の言うことの方が正しと思えるようになっていた。優花が言う。



「タケル君、おかしなこと言うのね。大丈夫? 色々あって疲れてない?」


 心から心配そうな顔で優花がタケルに尋ねる。タケルはそれに頷いて答える。


「あ、ああ。そうだな。ちょっと疲れたのかも。でも大丈夫。さ、水着、選ぼっか」


「うん!」



 その後ふたりはネットの中に大量にあった水着の中から、優花はビキニ、そしてタケルはありきたりなデザインのものを選んで購入した。

 タケルは嬉しそうに水着を選ぶ澄んだ水色の目の優花を見て、色々と自身で処理しきれない感情を抱いた。






 翌朝、優花と一緒に大学へ行くために駅前で待っていたタケルのスマホに、友人の中島からメッセージが届く。


『すぐに大学の校門に来て!! たのふ!!』


 相当急いでいるのか誤字のままメッセージが送られてきている。



「おはよー、タケル君!!」


 冬の寒い朝。笑顔でやって来る優花を見ると、それだけで心が温かくなる。本当に可愛い優花。憧れで片思いだった優花。今は彼女だが、この先どうなるかは分からない。じっと見つめられた優花がタケルに尋ねる。



「あれれ? どうしたのかな?」


「え? あ、ああ、優花が可愛いって思って……」


 それを聞いた優花が満面の笑みを浮かべて言う。



「やだ~、本当のことを~、でも嬉しっ!!」


 そう言ってタケルに抱き着く優花。

 冬の寒い朝、急ぎ足で電車に向かうサラリーマン達がそんな熱々のふたりをちらりと見て過ぎ去っていく。

 抱き着かれたタケルが慌てて先程の中島の件を思い出して優花に言う。



「そうだ、中島からなんか早く来てってメッセージがあって……」


 そう言いながらタケルがスマホを開いて見せる。


「うーん、何だろうね? ちょっと気になるね。急ごうか」


「ああ」


 そう言うとふたりは早足で電車へと向かう。




「あ、いた!! 中島ーーーーっ!!」


 電車を降り、駅から大学へ早足で歩いて来たタケルと優花の目に、校門にいる中島と元カノの理子の姿が映った。


「あ、一条君。遅いよ……」


 泣きそうな顔の中島。

 寒さが厳しい中、中島と理子は何かのビラを配っており冷え切った手が赤くなっている。タケルたちに気付いた理子が笑顔で言う。



「あ、先輩。おはようございます! 先輩たちもこれ、お願いしますね!!」


「ん? なんだこれ……、って、おい!!!」


 理子から手渡されたビラは、ハロウィンの夜に黄色のアヒルをしていた人物の情報を求むビラであった。



『ハロウィンの夜のヒーロー、探しています!!』


 そう書かれたビラには、黄色のアヒルの着ぐるみを着た人物がチンピラを投げ飛ばす絵が描かれている。タケルが理子に尋ねる。



「理子ちゃん、これって……」


 冷えた手にはぁと息を吹きかけながら理子が答える。



「ええ、私のヒーロー様を探す為です。絶対に見つけますから!!」


 童顔でメガネっ子の理子。子供っぽいと思ってはいたが、やると決めたら行動力は凄い。タケルが中島の隣に行き小さな声で言う。


「な、なあ、何とかやめさせられないのか、理子ちゃん……」


 中島も青い顔をして答える。


「む、無理だよ……、僕もほぼ強制的にビラ配りさせられているし。それよりもう話しちゃったらいけないの?」


 凄まじき理子の執念の前に中島は既に白旗を上げている。



「いや、それはやっぱり無理だ……」


 タケルとしてはこれ以上面倒ごとは増えて欲しくないし、未だに心のどこかで中島とヨリを戻して欲しいと思っている。男ふたりでぼそぼそと話しているのを見た理子が言う。



「ちょっと、一条先輩。なにサボってるんですか!! ちゃんと協力してください!!」


「あ、はい……」


 元々非モテだったタケル。理子のような可愛い女の子に言われると、ほぼ無条件で反射的に反応してしまう。



「こ、これ、お願いします……」


 自分を探すビラを自分で配る。

 なんとも滑稽なその姿を見てタケルが溜息をつく。同じくビラを手にした優花が隣に来て言う。



「困ったわね……」


「ああ……」


 それでもミスコングランプリの桐島優花と、今評判の天才柔道家の一条タケルがいると知れるとあっという間に人が集まり、大量にあったビラもすぐに配り終えることができた。理子が笑顔で言う。



「ありがとうございました!! 手伝ってくれて助かりました!!」


 タケルが疲れ果てた顔で答える。


「いいよ。それより、もういいんじゃない? こんなこと……」


 それを聞いた理子の顔が真剣になる。



「私のヒーロー様が見つかれば、もういいんです! それとももうするとか?」



(うっ)


 理子はこんなビラ配りをしながらも、やはりタケルのことを疑っている。中々証拠をつかめない理子も彼女は彼女で必死である。



「そ、そうだね。理子ちゃんがそれで気が済むのなら……」


 短時間の行動だったとはいえ、もしかしたら証拠を掴まれて見つかるのも時間の問題ではないかとタケルが思う。理子が優花に言う。



「桐島先輩もありがとうです!!」


「え、ああ、いいわよ。これくらい……」


 優花ですら躊躇う理子とのやり取り。コスプレと言って騒いでいたのは彼女であり、中島を今の状態にさせた負い目もある。理子が尋ねる。



「桐島先輩はハロウィンってどんなコスしたんですか?」


「ハロウィンのコス? 白と黒のメイド服だよ!! メガネかけてめっちゃ可愛いんだから!!」


 大好きな『コス』と言う言葉を聞いて、一瞬優花の頭の中がコスプレのことで埋め尽くされる。しかし隣で驚いた表情のタケルを見てすぐにそのに気付く。理子が頷いて言う。



「そうですか~、桐島先輩もハロウィンにコスをしていたんですね。メイド服の」



 しまった、と言う顔をする優花。

 非常に大切な自分達の情報をつい漏らしてしまった。理子がスマホを取り出してちらりと見てから言う。



「実はもう私のSNSにアヒルさんの情報が数件書き込まれていて……」


 それを黙って聞くタケルと優花。



「ハロウィンの夜にアヒルさんとが一緒に走っていたって書かれているんですよ」



(やばっ!!)


 着実に理子の執念がタケルたちを追い込む。優花がスマホの時計を見て乾いた声で言う。



「あ、ああ、もうする講義が始まっちゃう!! さ、さあ、行こうか、タケル君」


「お、おう。じゃあな、また!」


 そう言ってふたりは逃げるようにその場を去る。




「二郎君」


「あ、はい……」


 理子が去り行くふたりの背中を見て言う。



「こうなると一条先輩がアヒルさんじゃないって言うことの方が、難しくない?」


 中島は改めて元カノの行動力と言うか、執念の凄さに驚いた。

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